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ずっと俺だったよ  作者: いーおぢむ
9/26

消えた少女




家に居るのが辛かった。

居場所なんて、何処にもなかったから。

日が暮れるのが嫌だった。

家に戻らなければいけないから。

夜が嫌いだった。

また明日、イゥに会えるまでの時間がとても長く感じるから。

イゥと一緒にいる時間が、私にとってはとてもかけがえのない時間だった。


イゥがいてくれるなら他に何も要らないし、一緒にいられるなら何も望まない。イゥが笑っててくれるなら何だってする。


だけどあの日、気付いてしまった。

イゥの妹が白怒の日の犠牲になってしまった "あの日"。


今のままじゃ、イゥの笑顔を守れない事。


大切な大切なたった一人の友人だったイゥには、レイとエイという弟妹分のような可愛い友人ができて、それは私にも当てはまって、それでまた気付いた。きっと彼は…イゥは、もう私が傍にいなくても一人じゃない。あの子達がいてくれる。


イゥ、私がアナタの存在に救われたように、今度は私がイゥの心を救う番。




***




「カエルム、何してるの」

「…こいつの波動の色を観てた」

「波動の色?」

「ああ。生き物全てに波動がある。その色で、そいつがどんな状態か、多少は分かる」

「へぇ。カエルムにはそれが見えるんだ」

「多少。因みに、初めて会った時のお前の波動の色は暗めの紫っぽかったな」

「どんな波動なの、それ」

「個々の本質によって同じ色でも全く違う状態を表すからな。一概には言えないが、あの時のお前の紫の波動を言語化するなら "寂しい" だ」

「……」

「どうだ?」



「当たってんだろ」と言わんばかりに、ニヤリと笑うカエルムがウザいので、ナナは華麗にスルーしたが、ナナの中でセプテムは「凄い!!」と叫んでいるのだから口に出ないようにもう一人の自分を諌める。



美しく映える夜。宿屋の一室、その部屋にあるベッドの一つでスヤスヤと寝息を立てるトヴァの隣に腰掛け、トヴァの髪をといているカエルムに、何となく目覚めたナナが問う。



「俺のはいいから、トヴァのを教えてよ」

「…あの男の事を考える時のトヴァの色は暖かくて、柔らかい色の波動だ」



カエルムの言葉に、ナナは静かに耳を傾け続ける。



「けど、激しい色も混じってる」

「…それってどんな色なの?よく分からないんだけど」

「説明し辛れえ…。ただ一つ言える事は、トヴァにとってあの男の存在がでか過ぎるって事だ」

「あの男って?」

「こいつの故郷にいる奴だ」



自分と会うまでのトヴァとカエルムの事を知らないナナは、二人がどうやって知り合ったのか、トヴァの言う男がどんな奴なのか勿論知らない。


ただ、" 知りたい " と思った。



「知りたいって顔だな」

「…そりゃ、トヴァの事は色々知りたい」

「おい、俺はどうした」

「興味ない」

「てめえ…「でも、…カエルムを知る事はトヴァを知る事にも繋がるとは、思う。だからカエルムの事も、」

「も?」

「…知ってあげてもいいよ」

「何で上からだ!」



カエルムがナナに突っ込めば、その声に寝ているトヴァが寝返りをうつ。やばい、と口を押さえたカエルムだったが、寝返りをうった後に目を擦りながらゆっくりと起き上がったトヴァに、起こしてしまったと溜め息を吐いた。



「……」

「…」

「…お、おーい。トヴァ?」



カエルムは起き上がったのに喋る事もなく、ただぼーっとするトヴァの目の前で手を振ってみる。けれど、トヴァは以前ぼーっとしており、これは寝惚けているな、と判断したその時だった。



「…トヴァ?」



トヴァは両手でカエルムの手を優しく握ると、それを自分の頬へと持っていく。



「…っ!おいトヴァ、「私は…」



真っ赤な顔で何してるんだと言おうとしたカエルムだったが、トヴァが漸く口を開いた為、押し黙る。

…すると、トヴァの目から一筋の涙が彼女の頬を伝った。

カエルムとナナは驚いて目を見開く。



「…私は、あの人を…彼を、一人にしてしまった」

「…え」

「大切な彼を、孤独にしてしまった」



"彼" とは、イゥのことを言っているのだろうか。そう思った二人だったが、次のトヴァの言葉に衝撃を受ける事になる。




「…私の息子にも、辛い思いをさせてしまったわ」

「……は?」

「…え、トヴァって子供いるの?」

「んなわけねーだろ!」

「じゃあ、夢の話かな?」



セプテムがそう言ってカエルムへ向けていた視線をトヴァへと向けると、トヴァは窓の外を眺めていた。仄かに月に照らされたその切な気な横顔に魅入ってしまう。そしてまた、トヴァは静かに口を開いた。



「彼を愛した事も、彼の子を産んだ事も、その愛する二人を苦しめた事も、何一つ忘れてはいけないのに。未だ、統合されてはいないのね…」

「…お前、誰なの?」



カエルムには以前、トヴァが別の誰かに重なって見えた経験があったが、ナナにとってはこれが初めてだった。まるで何者かがトヴァに乗り移ったようだと思ったナナが掛けたその言葉に、トヴァは反応をみせる。



「……私、私は…、


ソーリス・ルクス・イシュッタ...」


「!?その名前っ、おい!」



カエルムは、言い終わる前に突然電池が切れた人形のようにパタッと倒れたトヴァを支えた。



「何その体勢、何かムカつく」

「言ってる場合か」

「…ていうかカエルム、何か知ってるんでしょ?そういう顔してた」



トヴァではないトヴァと、そんなトヴァが口にした名前らしきもの。そしてそれを聞いた時のカエルムの表情と反応を、ナナは見逃さなかったのだ。



「…俺とトヴァが旅に出る前、トヴァが言った。自分には二つの名前がある、その名前が、トヴァ・イシュッタ...なんちゃらだってな。長かったから全部覚えてねーけど」

「!…同じ名前、どういう事…?」

「俺が知りてえよ…」



今の出来事など無かったかの様に寝息を立てるトヴァを、カエルムはきちんとベッドに寝かし、毛布を掛けてやる。



「明日、トヴァに聞いてみる?」

「……」

「カエルム?」

「…ああ」



" 知りたくない " なんて、何故そんな事思う?

気になってるくせに、知りたいと思っているくせに、俺はどうして聞きたくないと思うのか。



「…とりあえず、眠いしまた寝るよ。おやすみ」

「ああ、俺も寝る」



そうは言ったものの、ナナが寝て暫く経っても、カエルムは寝ようとは思えなかった。未だベッドに腰掛け、眠るトヴァを静かに見つめている。



「トヴァ…」



ボソリと呟く様に名前を呼んだカエルムは、トヴァの頬を軽く手の甲で撫でた。



「お前は一体…」



" 何者なんだ "


そんな事、本当はどうだっていい。ただ俺は……



「……お前の傍にいたい」



ただそれだけ叶うなら、他に何も望まないと神に誓えるくらいに、今の俺にはトヴァが全てだ。












「——…エ、……カエ、朝だよ」

「……ん」



カエルムが眠たげにやっと薄っすら瞼を上げれば、優しい微笑みを浮かべたトヴァがカエルムの髪を撫でていて、漸く自分の今の状況を理解したカエルムは、勢い良く身体を起こした。



「私が魘されてたから心配して、ずっと傍にいてくれてたんだって?」

「…あ、あぁ」



違う。トヴァは全く魘されてなどいなかった。


…けど、本当の事なんて――



「…それより、それ、誰から聞いたんだよ」



聞かなくても分かるが、取り敢えず聞いておく。



「ナナ」



やっぱりな、ナイスフォロー。



「…で?そのナナは今何方に?」

「ここに居るけど?」



丁度今帰ってきましたとばかりに窓枠に片足を掛けて室内に入ろうとしているナナは、平然とした顔でそう答えた。



「ぅおっ、お前ちゃんとドアから入れよ!」

「同じようなもんでしょ」

「ちっげぇだろ!」



朝から騒々しい。



「食堂開いてるか見て来たんだ。開いてたから行こう?俺お腹空いた」

「ん。そうだね、行こうか」

「いや、食堂って室内だろ?何で外から帰宅してんだよ」

「…天気も確認しておいた?」

「何で疑問系だ」

「そんな事より早く行こうよ、トヴァ」



ナナは窓を閉めてからトヴァの傍まで歩いて来ると、彼女の手を優しく掴んだ。そこでトヴァは気付く。ナナの手が、傷だらけだということに。手の傷に気付いてしまえば、そういう事に敏感になる。ナナの顔をまじまじと見れば、何箇所かに擦り傷の様な物も確認できた。それが古い傷ではなく、ついさっきできた傷の様だった為、トヴァは眉を寄せた。



「トヴァ?」



そんなトヴァの異変に気付いたナナが首を傾げれば、トヴァの手を掴んでいるナナの手の傷に、掴まれていない方の手でそっと触れた後、そのまま額や頬の傷にも静かに触れる。ナナはビクッとして目を見開いた後、どこか暗い表情になった。



「言いたくないならいいよ。その傷、どうしたの?」

「……」



ナナはバツが悪そうにトヴァから目をそらすと、そのままカエルムをちらりと見る。その視線はカエルムへこの状況を打開する為の手助けを望んでいて、それに気付いた彼は何故か、助け舟を出してやる事にした。



「トヴァ、俺も腹減った。早く行こうぜ」

「……ん、分かった」



着替えるから先に行って良いと言われたカエルムとナナの二人は、トヴァの言葉に従った。何を話すわけでもなく、ただ暗く浮かない表情をしたままカエルムの数歩後ろを歩くナナに、カエルムは溜め息を吐く。



「言えばいいだろ、何で言わねえんだよ」

「…その口ぶり、カエルムは知ってるみたいに言うんだね」

「大体予想はついてるけどな。本人から聞いたわけじゃねえし」

「…嫌味な奴」

「お前に言われたくねえよ!」



カエルムがそう突っ込めば、ナナはくすりと笑った。



「…トヴァには、笑ってて欲しい。俺の事で、迷惑掛けたくはないし、それに…」



言葉に詰まるナナを待つが、中々次の言葉を発さない彼にカエルムは頭を掻く。



「取り敢えず、はっきりさせようぜ。お前は、お前を狙って追い掛けて来た奴等を追っ払ってんだろ?」

「…気付いてる癖に、"追っ払う" なんて言うなんて、優しさなのか嫌味なのか分かんない」



軽く肩を竦めれば、カエルムは優しさに決まってんだろ、と言わんばかりの視線をナナへ投げつける。



「…やっぱ、血の臭いってどうやっても魔人とか魔獣には気付かれちゃうよね」



セプテムは両手を頭の後ろで組み、仕方ないといった風に軽く息を吐いた。



「トヴァには言わないでよ」

「何かしら気付いてると思うけどな」

「うん。けど、言わないでよ」

「しょうがねえなぁ…」



お気楽そうに見えるのに何処か真剣な表情のセプテムに、カエルムは面倒臭気に返事をした。


一方その頃、食堂へ行くべく身支度を終えたトヴァは、ベッドの端へ腰掛け、窓の外をぼーっと眺めていた。

支度が終わったのなら早く二人の待つ食堂へ行かなければと思ってはいるのに、立とうという気が起きない。



「…何、やってんだろ。早く二人の所に」



自分に言い聞かせ、ベッドから立ち上がり、ドアの方へ行くべく後ろを向いたその時だった。ガンッ!っという何かが何かに強く打ち付けられた音と共に、ブワッと室内へ入って来た風に振り向けば、ナナが閉めたはずの片上げ下げ式の窓が開いており、窓枠に両前足を掛け、顎を置いて深紅のような瞳で此方を見つめる黒い狼がいた。魔獣だ。余りに突然の登場に、流石のトヴァも一瞬ビクリとしたものの、直ぐに何時もの彼女へと戻る。



「…誰?」



魔獣は答えない。ただ此方をじっと見つめているだけ。



「…用が無いなら行くけど。待たせてる人がいるから」

『貴女が、"トヴァ" 様ですか?』



初めて反応を示した事と、会った事もないのに何故か自分の名前を知っている魔獣にトヴァは警戒心全開で眉を顰める。



『これは...、驚きました。私の主も人間であるにも関わらず、魔獣と意思疎通が可能ですので...』



その言葉に、「しまった」とあからさまに困惑した様子を見せたトヴァに対し、『ああ、大丈夫ですよ。想定範囲内ではありましたから』と微笑むが、警戒心もあるからか、トヴァにはとても胡散臭く感じられた。



「…魔人にならないの?なれるんでしょう?」

『魔人姿の方がお好みですか?ああ、申し遅れました—— 』



魔獣は魔人になると、



「【モーント】と申します。以後、お見知り置きを」



そう言って右手を左胸に当てて頭を下げる。それは先程の嫌味な発言をした人物がするものなのかという程に秀麗なお辞儀であり、トヴァもつられて軽く頭を下げた。



「…確かに私は、トヴァだけど。何故、赤の他人が私の名を知っているの」



警戒心全開なトヴァに対して、モーントはそんなトヴァの態度など意にも返していない様に振る舞う。



「貴女は私の主にとって、とても大切な方ですからね」

「…意味が、分からない。答えになってないし」

「すぐに分かりますよ。取り敢えず、私と共に来て下さい」



そう言うと、まるで貴族の男性が女性をダンスに誘う時のような美しい振る舞いで、手をトヴァへと差し出す。大抵の女ならば、この男の美しい顔と行為に頬を染めて手を取るだろうが、トヴァは無表情でそっぽを向いた。



「言ったでしょ、待たせている人がいる。それにどこの誰かも分からないような人物についてなんていかない」

「名は名乗りましたが」

「そういう問題じゃない」



嫌悪感を露わにしてスッと立ち上がったトヴァは、目の前のモーントをスルーしてドアへ向かって歩き出す。…しかし、それは彼がトヴァの腕を掴んだ事によって妨げられた。



「放して」

「私の態度が癇に障ったのならトヴァ様の気の済むまで謝罪しましょう。けれど、私はどうしても、貴女を私の主の元へ連れていかなければならないのです」



そう言ってトヴァを見つめる彼の瞳は真剣で、そんな彼の瞳から目が離せなかった。けれど、どんなに彼が真剣だからと言って、二人に何も言わず姿をくらます事なんて出来るわけがない。



「…せめて、待たせてる二人に行き先を告げてから行く」

「そんな事、しなくても大丈夫ですよ」

「そんな事…?どういう意味」

「ああ、すみません。悪く取らないで下さい」



モーントは眉を下げて謝ってから、テレパシーを窓の外へ送る。モーントに手を引かれ、窓際から外を覗けば、四匹の魔獣が綺麗に並び、敬意を表すかのように頭を下げ、座っていた。



「彼らがトヴァ様のお連れ様に伝言を」



だから心配は無用だと、モーントはトヴァに優しく笑いかけた。



「…そんなに、緊急なの?」

「ええ、結構な具合に」

「…本当に、二人に私の行き先を伝えてくれる?」

「勿論です」

「カエルムは青い髪に銀色の瞳の男の子、ナナは銀髪に翡翠色の瞳の男の子、この二人が私の連れ」

「承知致しました。では——…」



トヴァが窓から外へ出ると、次に出て来たモーントがトヴァをヒョイッと簡単に姫抱きにした。勿論、トヴァは慣れないその格好に抵抗するものの、「口、閉じていないと舌を噛みますよ。今から走るので」と言われてしまえば、感情を抑えて押し黙った。




***




あれから何度も何度も、自分の命より大切な彼女が心の臓を射抜かれる場面を繰り返し、繰り返し夢で見る。

助けたくて、助けたくてどうしようもないのに、伸ばした手は、張り上げた俺の声は、何一つ彼女には届かない。

何度も何度も、彼女の背に突き刺さった矢と、血に染まり床にうつ伏せで倒れる彼女を、見るだけしか出来ない俺は、爪が食い込むくらい強く拳を握っていたらしく己の掌の痛みを感じ、そして大量の汗をかいて目を覚ます。

掌には案の定血が滲んで滴っていて、それが何度も続くものだから、流石にモーントは黙っていられなくなったらしい。



「…もう我慢の限界です。私がその娘を連れて来ます」

「いや…、自分で探し「それ、どれくらいかかると思いますか?私ならすぐに見つける事が出来ます。連れて来ることが出来ます」

「…モーント、俺は、」

「陛下が苦しむのを黙って見ている事はもう出来ません。最初はただの悪夢だと思っていました。しかしそれがあまりにも続いているようなので、陛下に故意に悪夢を見せている魔力持ちでも近辺にいるのかと幾晩も見張り、警戒しましたがそんな輩はいませんでした」

「……」

「奇妙なんですよ。貴方はとても外面が良いのに、貴方を恨んでいる者がいるとは思えない」

「…お前、"優しい" とか、もっと他に言い方ないのか」

「誰の仕業でもない、ただの悪夢でもない、毎日続く同じ夢…」

「あ、無視?無視なんだ?」

「黙って私の話を聞いて下さいね。…つまり、陛下が見ている夢は普通ではないんですよ。私は陛下から夢の内容を聞いたことがないですから、それがどんな悪夢なのか知りませんが。私にも分かる事は、それがその娘に関係しているという事だけ」

「……」

「陛下、御許可を」




"これからは俺が傍で、ルクスを守るよ"


"ふふ、プレーナは今迄も守ってきてくれたわ"


"足りない。俺は昔、お前に守られてばかりだった、だから…"


"そうね、貴方は泣き虫だったものね"


"…っ、む、昔はな!"


"ふふふ、大好きよ"


"……俺は、愛してる。これからもずっと一緒だ。俺より先に死ぬ事も、後に死ぬ事も許さない、永遠に共に"


"まあ怖い!でもそうね、約束するわ、貴方を一人にはしない。絶対に"


"…約束だぞ"


"ええ、誓うわ"




「……モーント…ッ、頼む」

「"頼む" ですか…。"探せ" とか、"許可する" とかでいいんですよ」



モーントはそう言って困ったように笑って溜め息を吐いた後、魔獣へ姿を変え、窓から外へ飛び出し、一度だけ高く遠吠えした。すると、何処からともなく素早くモーントの前へ集まった四匹の魔獣達。リールがモーントの次に絶対的信頼を置いているこの四匹の魔獣は、基本モーントの指示で動いている。



『陛下の御許可が下りた。トヴァという少女を探しに行くぞ』




***




「…それで、攫ってったってか?」



後から食堂へ来るはずのトヴァが一向に姿を現さず、僅かな嫌な予感を頼りに部屋と戻った結果、そこに彼女の姿は無く、開け放たれた窓から入る穏やかな風にカーテンが揺れているだけ。その状況を見て固まるカエルムとナナだったが、ナナに至っては顔色がみるみる青ざめていくのが分かった。



「おい、ナナ「許さない。絶対あいつらに決まってる」



あいつらとは、ナナを追っている者達のことを指しているのだろう。絶望したかの様に青ざめていた顔が一気に変化する。殺意のこもった目で開け放たれている窓を睨み付けるように見る。



『大丈夫ですよ。貴方方の大切なトヴァ様は、戻るべき場所へと戻ったのです』

「…っ!?誰だ!」



声だけ聞こえ、その声の主に対してカエルムがそう問うと、窓からスルリと侵入してきたのは紅い毛を靡かせる、狼のような魔獣。



『驚かせてしまいましたね、申し訳ありません。私は【マルス】と申します』



そう言って頭を下げる魔獣だが、カエルムとナナは警戒を解く事は一切しなかった。寧ろ頭を下げたマルスと名乗る魔獣を余計に警戒していると、頭を上げたマルスが口を開いた。



『兎も角、トヴァ様は安全な場所にいますので、ご心配には及びません。私はこれだけ伝える為に貴方方を待っていたので、これで帰らせて頂きますね』



言って、再び頭を下げてから、窓の外へと姿を消す寸前に、「待てよ」というカエルムの怒り心頭な声にマルスは動きを止める。



「何か?」

「"何か?" じゃねえだろ、トヴァを返せ、今すぐに」

「?言っている意味が分かりませんね。トヴァ様はトヴァ様を待つあの御方の元へと帰っただけです」

「…"あの御方"?」

「そうです。あの御方が居る場所が、トヴァ様の居るべき場所なのです」

「は?誰だよ、そいつは!!」



カエルムが声を張り上げた瞬間、彼の前へと歩み出てきたのはナナで、俯いた顔をゆっくりと上げたその翡翠色の双眼の射抜くような鋭さと冷たさにマルスはピクリと反応を見せる。



「…いいから返しなよ。


返す気がないなら———















——キミも、殺しちゃうけど」



瞳が夕焼け色に変わり、その目元と口元は三日月のように弧を描いた。




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