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ずっと俺だったよ  作者: いーおぢむ
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【閑話】カエルムの決意




トヴァが俺の所へ頻繁に遊びに来るようなって数週間が経った。まぁ、毎日来るわけではなかったが、それでも以前より来る頻度は明らかに増えた。だからと言って、今日も来たから明日も来るなんて事はなく、本当にトヴァの気分次第なので、俺は今日もトヴァが気に入っているという木の下で、あいつを待っている。思えば、最初にトヴァと出会ったのも、この木で、木の上であいつが眠っている時だった。眠っている時もあれば、読書している時もあったし、ただボーッと景色を眺めている時もあった。

そもそも人間が、こんな鬱蒼とした茂みを越えた先にあるこの場所まで入り込んで来た事なんて初めてだったから、俺以外の魔獣も最初は警戒していたが、来ても何もせず、ただ一人である程度の時間を過ごして帰って行くだけのトヴァを気にしなくなっていった。


でも俺は違った。人間なんて信用できたものじゃないからだ。


俺の目の傷痕だって、友人である魔獣を捕獲しようとした人間につけられたものだ。だから、例え何もしない人間だったとしても目についたし、姿を見るだけでも苛々した。それがこんな風になるなんて、先の事は本当に分からねえなぁ。




———にしても、遅い。遅過ぎる。




『今日は来ないんじゃない?』



その声に振り向けば、声を掛けてきたのは友人の【サクラ】で、俺と同じく猫型の魔獣。俺とは対照的な桃色の短毛に、俺と同じ銀色の瞳を持ち、耳と尾の先に紅い焔を宿している。

基本、俺達魔獣に名前なんて物はないが、まぁ個体識別程度に呼び名はある…が、皆んなが皆んな好き勝手に呼ぶ為、ある魔獣にとっては【シロ】と呼ばれている魔獣が、他の魔獣には違う名前で呼ばれているというのが普通だ。

現に、俺が【サクラ】と呼ぶこいつだって、他の奴からは【モモ】だったり、【ハナ】と呼ばれている。

ただ何故かこいつは、【サクラ】以外の名前で呼ばれた際に、いちいち「私はサクラだわ」と訂正している変わり者だが。


呼び名なんて何でもいいだろうに…。

因みにこいつは俺を『アオ』と呼ぶ。



『そんなの分かんねえだろ』

『だっていつもこのくらいには来てるじゃない』



サクラの言う事は正しい。多分、トヴァは今日は来ないのだろう。でも何故か、足が動かない。戻ろうと思えない。待っていたい。



『なんか、アオ、最近あの人間にべったり過ぎじゃない?』



…確かに、それは否めない気がする。

けど、あいつと話していると楽しい。あいつが笑うと何故か俺も嬉しくなるし、元気がないと調子が狂う。

それに、あいつは俺の知らない事をたくさん知っていて教えてくれるから、この場所で生きてきて、此処しか知らない俺の狭い考えや世界を広げてくれたから、あいつといると何処にでも行けそうで、何でもできる気がしてくるんだ。



『ほら、もう戻りましょ?』



サクラはゴロゴロと喉を鳴らしながら擦り寄ってきたが、カエルムは尻尾で地面をターンと叩き、否定を示した。トヴァが来ないので少しムカムカしていた所為か、思ったより思い切りやってしまったらしく、サクラは吃驚している。



『機嫌悪いわね、当たらないでよ』

『…悪かった』

『まぁ、そんなに待ちたいなら、気の済むまで待ってみれば?先に戻るわね』



くるりと背を向け、去って行ったサクラに少しも視線を向ける事なく、いつもトヴァが歩いて来る方向だけを見つめ続ける。

それからまた数時間待ってみていると、此方へ歩いて来る見知ったその人物に、思わず駆け寄ってしまった。



『トヴァ!!』

「カエ、どうしたの」

『どうしたのじゃねえよ!遅過ぎるだろ!』

「…え、もしかして待っててくれたの?」



…しまった。俺としたことが、ダサ過ぎる。



『べ、別に!偶々だ!』



ああ、くそっ!恥ず過ぎる!!


トヴァの顔を真っ直ぐに見ていられなくなった俺が顔を逸らせば、頭上から聞こえてきたクスクスという笑い声に、ちらりと彼女の顔を窺ってしまった。すると、目を細めて柔らかく笑うトヴァを目にしてしまい、その表情に魅入ってしまう。



———ああ、やっぱり、こいつが笑うと嬉しい



そう感じていると、トヴァは俺を抱き上げ、たまにしてくる頬擦りをしてきて。



「もふもふ〜」



こういう時、俺はどういう反応をしていいか分からず、されるがままになっているのだが、どうやらそれがトヴァには嬉しいらしい。



「今日はね、大事な話があるんだ。前から話しておこうとは思ったんだけど」



頬擦りを止めてそう言ったトヴァに首を傾げれば、少し申し訳なさそうに眉尻を下げて口にしたその彼女の「もう少しで此処に来られなくなる」という言葉に、目の前が真っ暗になった。

理由を問う俺の声が震えていた事に、トヴァは気付いてしまっただろうか。

何でも、魔力を持つ人間や魔人は十六歳になると、その魔力についてきちんと理解し、コントロールする事ができるようになる為に、学園に入学し、二年間学園で生活しなければならないと決まっているらしい。

俺の大嫌いな、人型に適用される社会の一部だ。こういったような面倒臭い柵があるのに、魔人になりたいという魔獣の気持ちが全く理解出来なかったが、…今なら分かる気がした。

二年間もトヴァに会えない。逆に考えれば、二年間待てばまたトヴァに会えるのか。そう考えて聞けば、学園を卒業後、此処へは戻って来ず、そのまま働くつもりだと言った。

こいつの家庭環境が家庭環境なだけに、そうした方が断然良いと理解できるのに、トヴァと全く会えなくなる事を絶対に認めたくないと俺の中でもう一人の自分が叫ぶ。

先程から何も言わずに抱かれたままになっている俺を心配したのだろう。「カエ?」と俺を呼ぶトヴァの声に胸が痛くて苦しくて堪らなくなった。



『…トヴァは、お前は俺と会えなくなっても平気なのかよ』



気付けば、そんな事を口にしていた。だってそうだろ?俺はこんなにも辛いと感じているのに、トヴァからは少ししか寂しさが伝わって来ない。

まさか俺からそんな事を言われると思っていなかったのか、トヴァは目を見開いた。



「…カエは、私と会えなくなるのが寂しいの?」

『…...』

「...何だかんだで、人間の私が来るの、我慢してくれてるんだと思ってた…」



……は?


え、そんな風に思ってたのか?

俺はそう思われるような態度でトヴァに接してしまっていた?

自分では分からないが、それは大いに間違いで、寧ろ俺は———



『お、俺は…!お前がしてくれる色んな話も、お前がよく歌ってる歌も、全部…っ、全部好きなんだよ!お前が来てから、お前が色んな事を教えてくれたから…、トヴァが俺の世界を広げたんだ!

なのにっ、それだけの事を俺にしておいて、置いていくのかよ!!』




捲し立てるように一気に言ってしまった自覚はある。フーフーと肩で息をして、怒りで興奮してしまった自分を抑えようとしていると、少しの沈黙の後、トヴァが何かを思い付いたような顔をした。




「…カエ……。えっと…じゃあ、一緒に行ってくれる?」



それから、魔術学園入学に関する仕組みや、決まりなど、また様々な事を教えてもらった。そして、魔力持ちの俺なら、魔人にさえなれれば、入学する事が可能だという事も教えてもらった。


"魔術学園へ入学する"


それは、この場所しか知らなかった俺が、この先も此処でずっと生きていくのだと、それが当たり前なのだと確信していた自分が、外の世界へ出るという事。

全部が未知のものなのに、世界がキラキラして見えるのは気のせいだろうか。


そして、その隣にはトヴァがいるというのだ。


こんなに面白そうで楽しそうな道が目の前に用意されたのに、進まない理由があるか?



『絶対魔人になってやる』



自信満々にそう言ったカエルムに、トヴァは彼の前足を優しく握って、「じゃあ約束」と本当に嬉しそうに微笑んだ。

そんなトヴァの頬に今度はカエルムから頬擦りをすれば、トヴァは「ありがとう」と優しく抱き締める力を少し強くした。





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