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ずっと俺だったよ  作者: いーおぢむ
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奇跡の二人



間に合って欲しかった。

けれど、僕の手は届かなかった。

結局トヴァは一人で全てを背負って、カエルムとかいう少年と二人で行ってしまったんだ。

…僕には、トヴァの重荷を何とかしてあげられる力も、引き留める力も、何もなかった。


トヴァの家からの帰り道、レイは涙を流し、その涙を乱暴に拭った。



「…"俺"、強くなるから。だから待ってて……、トヴァ」



レイが俯いた顔を上げれば、その瞳は何かを決意したような鋭い光を宿していた。




***




―――待ってて……、トヴァ




「…レイ?」



突然歩みを止めて振り返り、小さな声で呟いたトヴァに、辛うじてその呟きを聞き取ったカエルムは首を傾げる。



「何でアイツの名前が出てくんの?」

「…声が聞こえたような気がした」

「何、もう恋しくなったとか?」



カエルムは不機嫌そうな顔をして尋ねる。



「かもね。レイは本当に私の弟みたいな存在だったから」

「…あっそ」



カエルムは両手を頭の後ろに回して興味無さ気だったが、トヴァをちらりと見やった後、その態度は打って変わった。

トヴァが時々、今すぐにでも消えてしまいそうな程、儚い存在に見えることがある。一緒にいるのに、遠く遠く、手の届かない程遠くにいるように感じることがあるのだ。


その"時々"が、今だった。


カエルムはトヴァの手を握ると、彼女の瞳を真っ直ぐ見つめた。



「カエ…?」

「でも、もう決めたんだろ?」



カエルムの瞳は真剣で、私の決意をきちんと理解してくれている事が、その瞳からも握られた手からも伝わってきた。



「ん」



頷いてカエルムの手を握り返せば、彼は微笑んだ。

思い返せば、カエルムと一緒にいるようになってから今日まで、私は彼の存在に助けられてばかりだった。

私が家を出て行く事を伝えた時も、カエルムは何故か自分の事みたいに喜んで、私と一緒に来てくれると言ってくれた。彼は、私の家の人達が嫌いらしかった。



「カエ」

「何だよ?」



前を歩いていたカエルムは、こちらを振り返った。

カエルムは、私の旅の目的を知っている唯一人の存在。あの時からずっと、唯一の私の光。



「おい、黙りかよ」

「…カエ、カエは私の光だよ。ずっと傍にいてくれて、ずっと私の味方でいてくれて…。大好きだよカエ、本当に大好き。私みたいな厄病神と一緒にいてくれて、本当にありがとう。ごめんね」



トヴァがそう言うと、カエルムは最初、何を言われたのか分からないと言うように目をぱちくりさせていたが、暫くすると顔が真っ赤になった。トヴァの言葉を何度も反芻し、漸く理解する事ができたといったような感じだ。



「ばっ、ばか!恥ずいこと言うな!」

「でも、本当のことだし」


「…っ!


… …つーか、厄病神って何だよ」


「?そのまんま」



トヴァが首を傾げると、カエルムはさっきまでの照れた顔を怒りの表情に変えてトヴァに詰め寄った。



「あのなぁ...、あんまり意味分かんねーこと言ってると、ぶん殴るぞ」



カエルムは、人差し指をトヴァの額に強く押し付けて怒鳴った。



「…本当のこと、言っただけ。殴られるのは、別にいい。慣れてるし」



その言葉に、カエルムは一度大きく目を見開くと、大きな溜め息を吐いた後、トヴァをぎゅっと抱き締めた。



「…カエ?」

「比喩みたいなもんだよ!本当に殴るわけねえだろ!」

「そっか」



カエルムはトヴァを抱き締めていた両手をトヴァの肩に置いて距離を取ると、目を閉じて二度目の大きな溜め息を吐く。



「…あ~っ!俺だってお前のこと...、


...その、す、好きだよ!だからお前の事を悪く言うのがお前自身でも嫌なんだよっ!


俺は俺の意志でトヴァと一緒にいるんだよ!だから感謝しなくていいし、これ以上自分のこと卑下すんな!!」


「...…」

「...それとついでに言えば、...俺が...、そのお前の背負ってるモン一緒に背負ってやる...から、だから......、だあああ!くそっ!とにかく分かったか!?」



―――何て、言った…?


"好き"だって……

私のこと、"好き"だって…

それに背負うって、一緒に背負ってくれるって…



「トヴァ!?」



カエルムの言葉にフリーズしていたトヴァの、大きく見開かれた瞳から、ぽろりと一筋の涙が伝った。



「…カエ、ありがとう。本当に、ありがとう」



トヴァがカエルムの首に顔を埋めると、彼は再び顔を真っ赤にした。カエルムはトヴァを安心させるようにトヴァの頭をポンポンと軽く叩く。



「...ほら、行くぞ」



トヴァの手を掴んで歩き出したカエルム。暫く歩くと、手を繋いで歩いているこの状態が結構恥ずかしいのではないかと感じ始め、慌てて手を離した。そんな様子にトヴァがクスクスと笑っていると、通り過ぎ様に聞こえたある話に強く惹かれた。



「人工魔人って、超怖くない?」

「怖い怖い!夜とか一人で出歩かない方がいいね」



人工魔人(じんこうまじん)


少し前からニュース番組や新聞などで注目されている事件だ。簡単に言ってしまえば、人間と魔獣を合体させ、人工的に魔人を作るという人体実験の事である。

攫われた人間が非道な人体実験の末、異形の姿と成り果て、その死体が発見されたり、人を襲ったりと、時折ニュースになっていたが、最近はその頻度がとても増えたように感じる。



「...…」

「...?トヴァ?」



またもや突然歩みを止めたトヴァは少し俯いていて、あまりにも彼女が黙り続けるので、「もしかして、強く振り払い過ぎたか?」と焦るカエルム。

「怒ってるのか?」と尋ねれば、トヴァのその瞳を見て、ゾッとした。


どこか虚ろで、冷徹な瞳。


そしてそんなトヴァの姿に重なって一瞬見えたのは、トヴァにそっくりだが大分大人びたトヴァだった。


……いや、トヴァに酷似した"誰か"だった。



「トヴァ!」



咄嗟に名前を呼べば、ハッとしたように視線を俺へと戻した。

今のトヴァの瞳にはしっかりと俺が映っている。



「…大丈夫か?」

「ん、ああ。なんだろう…、何かボーッとしたかも」

「トヴァ…」

「ん?」

「…いや、なんでもね」



さっき一瞬見えた"トヴァ似の誰か"のこと、言うべきかどうか。




***




気持ちの良い暖かく柔らかな微風の吹く昼間、青空の下で美しい音色が優しくゆったりと響く。

芝生のような草叢に胡座をかいて座り、琵琶を演奏するリールの周りには、彼の演奏を聴きに来た数匹の魔獣達がいた。目を細めて気持ち良さ気にしている魔獣や、音色の心地良さに眠ってしまっている魔獣など様々だ。しかしリールが琵琶を演奏しながら歌う時や、弾き語りをする時には、その場にいる魔獣達は皆視線をリールへと向け、真剣に聞き入るのである。

それは常にリールと共にいる従者も例外ではなかった。これがリールと、彼の従者の晴れた日の日常だ。


リールが演奏を終えると、魔獣達は次々に歓声を上げる。



『今日も凄く良かったよ!』

『リールの演奏は世界一だ!』

『ずっと聴いていたいくらい!』

「はは、ありがとう。また明日、晴れたら宜しくな」



本日の演奏を聴き終えた魔獣達が自分達の住処へ帰って行く。リールは魔獣達の姿が見えなくなるまで、聴きに来てくれた感謝を込めて手を振り続けた。その後、リールの従者をしてくれている魔人の【モーント】に琵琶を預け、少し転寝でもしようかと魔獣達の去った草叢に横になれば、眠気は存外すぐに襲ってきて。


———チリーン...


ああ、やっとまた逢えるのか。

眠気に意識を手放す寸前に聞こえた、聞き覚えのある透き通った鈴の音を耳にして瞼を閉じ、俺は意識を手放した。






———————————————————




「久しぶり、また会えたな。凄く嬉しいよ」

「同じ知らない人に会う夢を二回も見るなんて不思議」

「はは、確かにな」



またあの時の夢と同じ場所で同じ人に会った。私と同じくらいか少し上くらいの歳の少年。プラチナブロンド色の髪が微風に揺れ、軽く笑っただけなのに男の子の美形がそれを引き立てる。



「…でも、」

「ん?」

「前にも思ったけれど、私はアナタと会うの初めてじゃない気がする。初めてなんだけど」



トヴァのその言葉にリールは目を見開く。自分と同じことを感じていたトヴァに驚きを隠せなかった。



"ああ、幸せだ"



と、リールの心の中で何かが揺れた。それはリールの感情なのか、"別の何か"なのか分からなかったが、同時に途方もない切なさも込み上げてくる。



「……俺も…、」



何故か込み上げてくる嬉しさと切なさで震える声。振り絞った声はちゃんと彼女へ届いただろうか。



「…ねえ、何でそんなに辛そうなの?」

「…え?」



リールは自分が今どんな顔をしているのか分からなかった。トヴァに言われて片手で自分の顔半分を覆う。



「…っ、」



しかし、その手は歩み寄って来たトヴァに寄って優しく退けられ、リールの美しいラピスラズリの様な瞳が、トヴァの美しい金色の瞳と交差する。



「…アナタがそんな顔をするのは嫌、とても辛い。これも、何故かは分からないけど……」



そう言って眉を八の字にして微笑んだ彼女に、俺の瞳から何かが零れ落ちるのがわかった。彼女はそれを指で優しく拭ってくれる。



「ねえ、アナタの名前は?」

「…俺の名前は、【リール】」

「私の名前、覚えてる?」

「忘れるわけ…ない。アンタの名前はトヴァだろ」

「正解」



そう言って笑ったアンタの顔を、俺はずっと見ていたいと思った。

アンタとずっと一緒にいたいと思った。



"トヴァの笑った顔を見る"



たったそれだけの事のはずなのに、そう強く思ってしまう程に、俺も俺の中の何かもが彼女に惹かれた。

…いや、俺の中の何かは、もっとずっと昔から彼女を知っていて、彼女に惹かれているような気がした。



「……カエ?」



リールは、ハッとしたように空を見上げて呟いた彼女の体が透けていることに気付く。



「トヴァ!」



咄嗟にトヴァの手を掴めば、トヴァは再びその視線をリールへと戻す。握られている自分の手が透けているのを見た。



「もう起きる時間みたい」

「トヴァ!俺はアンタともっと…っ!」



――ずっと一緒にいたい。



「きっと、また会える。だからそんな顔をしないで?」

「トヴァッ!」



彼の辛そうな顔と、私の名前を呼ぶ悲痛な声が遠退き瞼が重くなる。次に目を開けた時、きっとカエがいつもみたいに「よく眠れたかよ」って笑ってくれる。けれど、彼のあの辛そうな表情が脳裏に焼き付いて離れなかった。そして思い出す度に、私と私の中の何かは、胸が張り裂けそうな思いをする。




***




「…か……、殿下」

「っ!!」

「大丈夫ですか…?」



どうやら俺はかなり魘されていたらしい。起こされて少しボーッとすれば、夢の中の出来事が鮮明に思い出された。



「…っ、トヴァ!」



…会いたい、会いたくて、会いたくて堪らない。

またすぐにでもアンタの笑顔が見たくて、声が聞きたくて、触れたくて堪らない...っ!



「…殿下、ハーブティーでも淹れましょうか?落ち着きますよ」

「……すまない」



リールの従者であるモーントはハーブティーを淹れながらリールに問う。



「…"トヴァ"って、以前に話して下さったあの夢の中の少女ですか?

また同じ夢を?」

「……ああ、夢の中でまた会ったんだ」

「…もしかしたら、それは只の夢じゃないのかもしれませんね」

「夢じゃ…ない…?」

「テレビでやってたりするじゃないですか。夢で見た事が現実に起きる"正夢"とか」



モーントのその言葉は、リールの中にストンと落ちてきた。確証などないのに、「ああ、そうか」と、あの夢が正夢だと納得できてしまった。


それに彼女も言っていたのだ。



"きっと、また会える"



モーントがハーブティーの入ったティーカップをリールの眼の前に置く。ティーカップを持ち、香りを味わう為に口元へカップを寄せれば、ハーブの香りに心が静かになるのを感じた。



「少しは落ち着きましたか?」

「ああ。ありがとう」



モーントはそれは良かったというように肩を竦めた。



「殿下はいつも思い出すとその少女の話しをしますし、殿下がそんなに入れ込む程の少女なら私も一度は御拝顔してみたいものですね」



空になったティーカップをテーブルへと戻し、琵琶の手入れを始めたリールに、今度はハーブティーを啜りながら読書をするモーントが言った。普段、モーントは読書をしながら会話をする時、目線を本から逸らすことなく会話をするのだが、この時は違った。




「お前が俺以外に興味を示すなんて珍しいな」

「その言い方だと第三者が聞いた場合に誤解を生むかもしれないのでやめてくれませんか?あくまで貴方が私の主人だからです」

「誰も男が男に興味を、なんて思わないだろう」

「どうですかね。世界は広いのでどんな奇天烈な者がいるかなんて想像もつきません。現に今、私と言葉を交わしている人物とかね」

「…お前、遠回しに攻撃するの得意だよな」

「何がです?攻撃しているつもりはありませんが」



にっこりと笑顔でそう言ってきたモーントに、リールは顔を引きつらせた。言い合いでは絶対にモーントには勝てない事を、リールはきちんと自覚している。



「話は変わりますが、そのトヴァという少女、お望みであれば捜させますが?」

「…いや、いい」

「何故です?すぐにでも会いたいのでしょう?」

「こちらから手を加えずとも、その時が来れば会える気がする。……なんて、さっき取り乱した俺が言うのも変だけどな」

「まぁ…、殿下がそう仰るなら」

「…つーか、その呼び方はやめろと何度言えば分かる!」

「殿下は殿下でしょう。私は何も間違ってはおりません。それに私が仕えた時に、"好きなように呼んでくれて構わない"と仰ったのは殿下でしょうに」

「ぅぐ…っ」

「それに今だけですよ、殿下。殿下はそう遠くない未来、"陛下"と呼ばれるようになるのですから」

「…いや、そういう意味じゃねーよ」



リールは、再びにっこりと笑うモーントの黒い笑みに大きな溜め息を吐く。

やはり口ではモーントを負かすことは出来そうにない。



「何にせよ、楽しみです。トヴァ様、どんな者なのか」

「本当に珍しい…」

「もしかしたら殿下の妃におなりになるお方かもしれませんので」

「バッ!何をっ!」

「殿下、美しい御顔がまるで林檎の様ですよ?」



黒い笑みを浮かべ続けながらリールを揶揄うモーントと、そんな従者にいつも通り感情的になるリールであった。




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