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ブラーボとその男は言った

 男が起き上がらないので、全員がパラパラと演奏を止めた。僕が彼の横に屈み、(ほお)を軽く張りながら声を掛けた。

「おい、大丈夫か?」

 しかしギャングは白目を剥いて転がったまま何の反応も示さなかった。お客たちもざわつき始める。これはまずい。僕はドラムの男に聞いた。

「よくこんな風になるのか!?」


「いや、見たことがない!」

 彼の方も随分ずいぶんと慌てていた。カナが駆け寄ってギャングの胸や首筋に要領よく触った。それから小さな声で言った。

「ニシオ、落ち着いて聞いてね。彼、心臓発作を起こしてる。このままだと死ぬわ」


 大きな声を出してしまいそうになった僕の手を彼女がしっかりと取り、言葉を続けた。

「ステージからお客の目を逸らして。出来るだけでいいから」


 僕はまずドラムの男に言った。

「手分けして医者を探そう。そうすりゃ大丈夫だ」

 タカ・ロンは僕の視線を捉えて素早く頷き、心臓を指差した。この男は事態を正確に把握しているようだ。カナの周りを任せる。


 僕はドラムの男と店の出口に駆けて彼の方を外に走らせ、それから振り向いて客たちに叫んだ。

「誰か医者はいないか! 誰か! 誰か! 誰か!」


 皆がこちらを向くように、気の触れたように繰り返した。それを必死に続け、あと少しでこっちの方がぶっ倒れてしまいそうになったとき、ステージの方で物音がした。そちらを向くと、倒れていたギャングがステージの端に座っていた。カナがその背中側、心臓の辺りから手を離して引っ込めるのが見えた。


 僕はあごから垂れる汗を拭いた。まったく冗談じゃない。だけど死んでしまわないで本当によかった。安堵あんどの息が身体の芯を通って出ていった。


 これが、その晩に起きた事件の前半分だ。


 ドタバタ騒ぎとその晩すべての出演が終わり、僕たちは客席で軽い食事をとっていた。遅い時間で、テーブル席のお客は皆帰っていったみたいだ。


 僕は言った。

「まったく、どうなるかと思ったよ」

 さすがのタカ・ロンも肩で大きく息をついた。

「あなたも途中で倒れないでよ? あれけっこう大変なんだから」

 そうカナが言う。僕はあのギャングのような男のスタイルを思い出した。

「僕はとても、あんな風にはできないよ。釣った魚を丸呑みするみたいな演奏だった」


「俺は兄さんの、ソテー料理のような演奏の方が好きだよ」


 僕らのテーブルの横に見知らぬ男が立っていた。彼は痩せてひたいが広く、鼻に載せた真っ暗な色のサングラスは剽軽ひょうきんな手品師のような印象を与えた。しかし、彼が着ているやたらに高級そうでピッタリとしたスーツは、その顔の周りの雰囲気と互いにバラバラのコードを奏でてるような感じがした。


 僕は怪しむような顔にならないよう、気をつけながら話した。

「ギグ、聴いていてくれたんですね。どうもありがとう」


「ああ。ブラーボ」

 男はゆっくりと拍手をした。乾いた音が不気味に響いた。

「そして、そちらのお姉さん。⋯⋯あなた、何か特別なお医者さんなの?」


 どうやら男は、先ほど倒れた楽器吹きの方に起きたことを見ていたようだ。カナはしらばっくれた。

「なんのこと? わたしはお医者じゃないわよ?」


 店の中はシンと静まった嫌な空気だった。こういうのは、あまり良いニュースの前触れじゃない。それからやはり、まるで相手を憐れみながら不吉な報せを届けるように男が言った。

「誤魔化さないでおくれな。アンタ、うちのボスの具合を診てくれやしないかな」


 その不穏なフレーズをテーブルの料理の上にドスンと残すと、靴音と床の軋みをさせて男は店の壁際までゆっくりと歩いた。彼は通りに面した窓の枠に手をあてて開けようとしたが、それはめ殺しの明かり取りだった。


 それに気がつくと、男は手を振り上げてドンドンと窓を叩いた。僕らは固まったまま、それを見て、その音を聴いていた。やがて窓を叩くのが何か充分に達したみたいに、男はゆっくりとこちらに振り向いた。

「乱暴はね、したくないんだ。ほんとに」


 男が言い終わるのと同時くらいに、店の入り口からサングラスの男たちが数人入ってきた。服装や体格に多少のばらつきがあり、サングラスを掛けているという共通項があった。目の前で起きていることの異常さに、僕は唾を飲んだ。最初の、僕の演奏を褒めた男がバッと手を広げて言った。


「大丈ー夫、大丈夫⋯⋯大丈夫。乱暴はしない。しないよ。よっぽどこちらの意に沿わないことにさえならなければね。これは強盗でも弱いものイジメでもない。⋯⋯そうだ。タバコ、吸いたい人は吸いなよ」

 男は自分のポケットに手を入れた。

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