ギャング・ガッタ・レディ
男はポケットからソフトパックを出して一本咥えた。周りのサングラスの一人がそれに火を点けた。その様子を見ながら僕も自分のを一本取った。カナは箱を手に取りかけてやめた。タカ・ロンは喫煙の習慣がない。
一服吸い込んで吹き出すと、僕はいくらか落ち着きを取り戻してきた。男が僕の顔を見て、薄く笑いながら頷いている。──そうだろ、そうだろ。タバコは美味いだろ──そんな感じだ。それから男は言った。
「そちらの女性。あー⋯⋯」
「カナよ」
彼女はきっぱりとした声で言った。
「カナさん。じゃ仮にだ。俺の見間違いがどこかにあったとしよう。けれどもさ、『見間違いじゃなかった』と試させてくれないかな。
俺たちのボスのところへ来て、あの倒れた男に緑の光を当てたように、最初から最後までやってみてくれないかな。
それで何も起こらなかったら⋯⋯うん。そりゃこちらの見間違いだ。また送り戻してあげよう。礼だってするさ。ただそれを、どうかそれを、一つ試させてくれないかな」
男は手下たちを見回して言った。
「立場もあるしさぁ」
男の言ってることは一応筋が通っている。カナの都合が考えられてないという、ただ一点を除いては。カナは言った。
「すぐにもう一度は出来ないものなのよ」
「嘘⋯⋯かどうかは分からんな。じゃあ必要なだけ、うちの屋敷で時間を使ってくれ。要るものは揃える」
この男は割に知的だ。仮にカナが嘘と本当とどちらを言っていたにせよ、男の言った通りにして彼らを満足させるしかなさそうだった。僕は言った。
「状況から察するに、あなたの希望が推し通るしかなさそうだ。本当は全員が無事に帰って眠りたいと思ってるさ。けど、大怪我を賭けてあなた方の隙を突くような博打もしたくない」
しかもそれは事実上ほとんど不可能なことだろう。男はまた大きく頷いた。僕は続けた。
「二つ質問があるんだけど」
男は頭を傾けて促した。
「言われた通りやって結果がどうでも、カナは街に帰してもらえる?」
「イエス。約束しよう」
「じゃあ、一緒に誰か連いていってもいい?」
男はほんの短い時間考えてから言った。
「部分的なイエスだ。一人ならいいよ」
「よし、僕を連れて行ってくれ」
僕は言った。タカ・ロンが僕を見て口を開きかけたが、男が割り込んで言った。
「君達二人がナイトの役を押し問答しても、その若い兄さんの方が結局は勝つと思うね」
僕はタカ・ロンに言った。
「そういうことに、しといてもらえないかな」
タカ・ロンはじっと僕の顔を見ていたが、やがて言った。
「すまん。頼む」
男がまた手を上げて言った。
「よーし決定だ! 落着だ! 出かけよう、荒事にならなくてよかった!」
仕方ない。僕とカナは荷物と楽器を取った。彼女の荷物もほとんど嵩がなかった。僕は言った。
「出演の穴がどうにかならないかな」
僕らの挙動を見守っていたリーダー格の男がピンと指を指して上着の下に手を入れた。そこからずいぶんと分厚い財布を出し、札の束をカウンターに置いた。そして言った。
「なんとかすることが俺には出来ないが、これで誰か、なんとかしておいてくれ」
店を出るときに、カウンターの裏でマネージャーたち店の何人かが固まって震えてるのが見えた。裏口は真っ先に外から押さえつけられたらしい。僕は言った。
「迷惑になってすまない」
禿頭のマネージャーが震える声で言った。
「いいや、あんた達悪くないのは見て分かってるけどよ」
もしこれが僕の最後に聞いた街の人間の言葉になるとしたら、なかなか暖かくて良いと思った。
外には大きくてピカピカのセダンが二台止まっていて、僕とカナは別々に乗せられた。僕の方の後部座席にリーダー格の男が乗って、部下の運転で先頭を走った。少し行って男が聞いた。
「ところであんた、三つ目の質問をしなくていいのかい?」
僕は疑問の顔で続きを待った。なんのことか分からない。男は言った。
「一緒に来たあんたが無事に帰れるか、聞かなかったけどいいのかって」
僕はハッとなった。男は笑った。
「ハハハ! 安心してくれ。帰すさ。あんたも中々クールな方だったが、ちっと満点じゃなかったな」
「次は気をつけるよ」
僕はほとんど無意識に冗談を言って自分で驚いた。男が力強く肩を叩いた。
「それでいいんだ。ビクビク小さくなってもしょうがないものなんだよ。こっちだって悪いことしてるみたいで嫌だしね」
さすがにそれについては、僕は何も言わなかった。