美酒
03
2018年7月5日
フューリー空軍基地では、戦勝を祝して宴会が行われていた。
まあ、明日に響かないように少しだけだが。
「かんぱい!」
みんなが一斉にグラスをぶつける。
勝利の美酒に、みな高揚しておしゃべりになっていた。
「爆弾がすぐそばで弾けた」「ミサイルアラートががんがん鳴っていた」「敵を撃ち落としてやった」
それぞれの戦闘経験を肴に、酒を傾ける。
「エスメロード。
今日の戦いは見事だった。元教官として鼻が高い」
空自の青い制服に身を包んだジョージが、ジョッキ片手に同じく制服姿のエスメロードに声をかけてくる。
「当然じゃない。
私に惚れた?結婚する?」
酒で楽しい気分になっているエスメロードは、赤い顔でそんなことを言う。
「おお、いいね。結婚しよう」
「ご冗談。まっぴらごめんよ」
調子に乗るジョージに、エスメロードは肩をすくめて即答する。
「あら残念」
とジョージは、わざとらしく渋面を作る。
周りから笑い声が上がる。
「冗談はさておいて、教官の教えが良かったからやれた。
教わったのがあなたでなかったら、私は初陣であそこまでやれなかったでしょう」
少し真面目な顔になって、エスメロードは言う。
「ふふ。嬉しいことを言ってくれる。
まあ、君はいろんな意味で教え甲斐のある訓練生だった。
苦労もさせられたが、教えていて楽しかったよ」
ジョージも真面目な顔で返す。
周りにいる者たちも、すこし懐かしそうだ。
エスメロードの同期生や先輩たちもいる。ジョージに怒鳴られ、尻を叩かれて飛び方を覚えた日々を思い出しているのだ。
「ところで、教官と言えばジョージも上も大変ね。
本来なら教官は、戦時でも後方で訓練生の育生に励んでもらうのが理想なのに」
エスメロードが眉をひそめながら言う。
デウス軍の侵攻で国土の7割が占領されているとはいえ、教官であるジョージを前戦に送り出すのはうまい手とは言えない。
熟練した教官は貴重な存在だ。
彼らがばたばた死ねば、後身を育成する者がいなくなってしまう。
「実はだな…。
上からは教官を続けて欲しいと打診されたが、拒否して前線勤務を願い出たんだ。
恥ずかしい話だが、奨学金の返済に追われててな」
ジョージがばつが悪そうに答える。
「そうだったの…」
エスメロードはなにも言えなくなってしまう。
ジョージは戦火で両親をなくし親戚に引き取られたが、その親戚も経済的に余裕がなかった。
大学に通いたければ奨学金を申請するしかなかったのだ。
そして、奨学金とは結局は借金だ。
いつかは返済を迫られる。
その返済の為に、ジョージは傭兵パイロットという因果な商売を選んだ。
「前戦で危険手当つきの報酬をもらえば、その分返済が楽になるか…」
「そんなところだ」
ジョージはビールを飲み干しながら答える。
戦時の危険な最前線では、傭兵にとっては実入りのいい任務が多い。
困難な任務ほど報酬は高くなるから、かき入れ時というわけだ。
(これが…傭兵という商売の現実か…)
つい最近まで貴族のお嬢さんだった自分には想像もつかない苦労をジョージはしている。
それを知って、エスメロードはやりきれない気分になった。
「ところで話は変わるが。
エスメロード、最近なにか心境の変化でもあったのかい?」
暗い話題は無粋だとばかりに、ジョージが話を変える。
「どうして?」
「だって、貴族のお嬢さんの暮らしを捨てて、実家の稼業の手伝いもやめて傭兵になった。
どうしてそういうことになったのか、気になっててな」
エスメロードは一瞬言葉に詰まる。
前世の記憶が蘇った。自分はいつの間にかフライトシューティングゲームの世界に転生していた。
(そんなこと言えるわけないわよねえ…)
エスメロードはこっそり嘆息する。
悪酔いしたのかと言われるのがオチだ。
「私にも愛国心はある。
なにもせずにはいられなかった。祖国のために戦いたかったのよ」
「ほう」
ジョージは、全く信じていない調子で相づちを打つ。
まあ、嘘くさいのはわかっていた。わかっていて言ったのだ。
「感心する振りをして頂かなくてけっこう。
単にじっとしていられなかったのよ。
デウスのやつらが攻めてきたとき、丸腰でいるのがいやだった。
侵略者どもを返り討ちにしてやりたかった」
エスメロードはそう答える。
(うそは言っていない)
そう心につぶやきながら。
「なるほど。
わかる話だ。俺だって、やつらの戦車がこれ見よがしに走ってる街なんてごめんだ。
大人しく占領政策を受け入れるより、戦いたいと思うよ」
ジョージはお変わりのビールをあおりながら答える。
「そうですとも。
デウスはいつまでも攻勢に出ていられない。必ず息切れする。
私たちの手でやつらをたたきつぶしてやりましょうよ」
エスメロードもビールのおかわりを注文しながらうそぶく。
「お話し中だが」
突然後ろから声をかけられ、エスメロードは飛び上がる。
そこにいたのはシュタイアー一佐だった。
「あ、一佐」
エスメロードは反射的に敬礼する。
飲みの場では敬礼は不要なのだが、シュタイアーの仏頂面に、身体が勝手に動いていたのだ。
(怒ってらっしゃる)
シュタイアーの指示を無視して、勝手に陸自の部隊と連絡を取ったことは報告書に正直に書いた。隠して後でばれるよりはましと思えたからだ。
それが、陸自と仲が悪いシュタイアーを怒らせたのは想像に難くない。
(まあ、彼個人の好き嫌いの問題でもないが)
エスメロードは思う。
こちらの世界では、陸海空軍の統合運用という発想がそもそもない。
それぞれ縦割りの指揮系統の元で、上からの命令だけ聞いていればいい。そんなシステムなのだ。
おかげで、技術水準こそ高いのに、宝の持ち腐れに見える。
(イージスアショアがあるのに、陸自だけの所管で、空自海自とリンクしてないってなんなのよ?)
空と陸の現場指揮官が直接連絡を取り合って協力すれば効率がいいのに、それさえ越権行為となりかねなかった。
「声をかけられた理由はわかっとるな」
「は。
陸自と勝手に連絡を取ったことは、命令違反とは理解しています」
そう答えたエスメロードは、どやされることを覚悟した。
今日の戦闘で自分はジョージとともに爆撃機5機撃墜の戦果をあげたが、それはそれ。
命令違反を戦果で相殺できるとは限らない。
「よろしい。理解はしているな。
私は面子をつぶされる形になったが、よく考えてみると悪くない手だ」
だが、シュタイアーから帰ってきた反応は意外なものだった。
「エスメロード・ライトナー一等空尉。
明後日までに、君の考える現場指揮官レベルの協力に関して、簡潔にレポートをまとめて提出せよ。
そうすれば、今回のことは不問とする。いいね?」
「は…はい!頑張ります!」
エスメロードは、今度は心から敬意を込めて敬礼をしていた。
今までシュタイアーを頑迷な空自の軍人と思ってきた。その評価が今ひっくり返ったのだ。
(これはもしかすると。戦力でまさるデウス軍を戦略とアイディアで圧倒するチャンス?)
エスメロードは興奮がこみ上げてくるのを感じる。
今日の戦闘でデウス軍がやけに手応えがなかったのは、練度が低かったことももちろんある。
だが、一番の原因は空軍のみが突出してきたことにあると思えた。
もし、デウス軍の地上部隊が航空隊と連携して攻めてきたら、はるかに手こずったはずだ。にもかかわらずそうしなかった。
現場レベルの直接の連携という発想自体ないからだ。
アキツィア軍が三軍の統合運用に成功すれば、圧倒できる可能性が高い。
「エスメロード、おめでとう。
俺たちはしょせん傭兵だが、軍に貢献するチャンスじゃないか」
「ありがとう。
よし、やる気になってきたわよ」
ジョージとエスメロードは、笑顔でジョッキをぶつけ合うのだった。
「なあ、誰か景気づけに歌えよ」
誰ともなく、そんな声が上がる。
「じゃあ、私が」
エスメロードは、カラオケのリモコンを操作する。
こちらの世界にも、そういった文化はある。
Doasinfinity の「夜鷹の夢」を熱唱する。
パイロットとして、共感せずにはいられない歌詞。
テンポのいい曲。
いつの間にか、みな聞き惚れていた。