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インタヴュー ラジェンデ

05


 2020年9月5日

 イスパノ王国南部、ラジェンデ


 マット・オブライアンの取材は佳境に入りつつあった。

 デウス戦争当時の関係者にインタヴューを行うたびに見えてくる、隠蔽された真実。

 そこにいた者だからこそ聞くことのできる、生々しい体験談。

 伝えなければならない。ジャーナリストのプライドがあるならば。

 すでに“引き返せない”ところを全力疾走しているマットに、他の考えはなかった。


 「アントニオ・モラレス。

 元イスパノ空軍第3多目的航空師団第19航空隊1番機。

 “自由と正義の翼”に参加していたと思われるパイロット。

 彼は第二次フューリー空軍基地攻防戦と呼ばれる戦いで、“雷神”によって撃墜される。

 脱出は確認されず、死亡扱いとされた」

 すでにここにいない人間のプロフィールを照会するのは妙な気分だ。

 マットはそう思う。

 だが、非公式ながら、“自由と正義の翼”の潜入分子であり、“雷神”と二度矛を交えたとされるパイロットのことは、調べておくべきと考えたのだ。

 近親者や縁者を探した結果、彼には妻がいたことがわかった。

 アンジェラ・モラレス。

 なんと、彼女は偶然にも“雷神”の旧友だった。

 マットにとって、アントニオ・モラレスと“雷神”の両方を知る女性の存在は嬉しい誤算だった。

 悲しみに沈んでいるであろう未亡人に対して厚かましいとは思いながら、マットはアンジェラに取材を申し入れた。

 アンジェラは意外にも取材を受け入れてくれたのだった。

 「もう2年になるんですね…。

 あの日、衛星がデウスとアキツィアに落下した日、私は偶然落下地点のフューリー基地にいたんです。

 二度私の前からいなくなってしまった夫を探して」

 アンジェラはそう言って哀しそうな顔になる。

 悲しみが女を美しく見せることもあるのだろうか?

 マットは不謹慎にもそんなことを思ってしまう。

 「失礼ですが、よくご無事でしたね?

 フューリー基地だけで数百人。周辺の住民も入れれば、千人単位の死者が出たとうかがっています」

 「基地の兵隊さんが、衛星落下の知らせを聞いて、私を基地の地下壕に収容してくれたんです。

 それでもすごい衝撃でした。

 地下壕の天井や柱の一部が崩れて、何人もの方が亡くなったんです。

 私が生き残ったのは、ただいた場所が良かっただけでした…」

 アンジェラは当時の様子を思い出しているようだった、握り合わせた両手が震えている。

 本当にどういうことなのか。

 マットは思う。

 彼女の話が本当なら、ちょっとした核爆発なみの破壊が起こったことになる。

 それが、燃料の火災によるものと報道されていたとは。

 「差し支えなければですが、ご主人のことをうかがえますか?」

 マットの質問に、アンジェラは一度深呼吸して切り出す。

 「優しくて気さくで、一方でとても男らしいところもある素敵な殿方でした。

 でも、それは全て仮面だった。

 “自由と正義の翼”のスリーパーセルである正体を隠し、誇りあるイスパノの貴族、そして優秀で忠実な空軍のパイロットという表の顔を演じるための…」

 アンジェラの目に涙が浮かぶ。

 無理もない、騙されていた一番の被害者は彼女なのだ。

 「それまで裏から暗躍していた“自由と正義の翼”の存在が露見したとき、各国の軍に潜入していたメンバーたちが一斉に離反したとされています。

 “雷神”の相棒であった“翼竜”もその一人だったと聞いています。

 ご主人が“自由と正義の翼”のメンバーとなった経緯はなんだったのでしょう?」

 「“フランク・レーマ戦争”の末期、“悪魔の花火大会”と呼ばれた弾道ミサイルの撃ち合いをご存じでしょうか…。

 当時は戦争の趨勢はすでに決し、講和の条件が話し合われている間でのこと。

 互いに講和の条件を少しでも有利にするための、下品で野蛮な恫喝の応酬でした。

 国益という名のエゴのために、何の意味もなく多くの命が犠牲にされたんです。

 彼の父親と、まだ幼かった妹たちも…犠牲になりました…」

 今ならわかる、とアンジェラは語る。

 みなの前でこそ、復讐を捨てたように振る舞っていたが、実際には怨念と憎しみにとらわれ続けていたのだ。

 いずれ世界に、自分が見た地獄をそのまま見せてやるために。

 「だが、そんな彼の前に“雷神”が立ちはだかった。

 私が聞いた話によると、二度交戦して、二度敗北したとか」

 「え…?

 “雷神”と二度戦っていたんですか?

 それなら…ひどい姿になって帰ってきたのもわかります。

 私は軍での彼女をよく知りませんが、すさまじい実力を備えたエースだったと聞きます。

 あの人の実力でかなう相手ではなかったんでしょうね…」

 アンジェラは冗談めかして言って、無理に笑う。

 マットも、つられて笑う。

 「それで、彼は怪我を押してまた戦いに行った。そういうことですか?」

 「はい…。

 “今は身体のことだけ考えて”“そんな状態で戦えるわけがない”。

 私はそう言ったんですけど、彼には届かなかった。

 病院から姿を消して…。

 あんな身体でエースである“雷神”に挑んで…。

 そして落とされた…」

 アンジェラはそこで言葉を句切る。

 どう話したものか迷っているように。

 「実は、衛星が落下した衝撃が収まった後、地上に出たんです。外の様子が知りたくて。

 基地の滑走路からも、戦闘機同士の戦いがはっきりと見えました。

 素人目にもわかった…。

 “雷神”とその仲間たちの強さの前には、私の夫など赤子も同然でした…。

 まあ…あの時現れた部隊があの人の部隊だったというのは…後で“雷神”から聞いた話だったんですが…」

 アンジェラの言葉に、マットは記者の立場を忘れて同情していた。

 自分の夫が怪我を押して無謀な戦いを挑み、そして命を落とした。

 そう知らされた時の彼女の心境はいかばかりであったろう。

 「お気の毒です。

 旦那様と同じ男としては、耳が痛くなる話です。

 男という生き物は、時に驚くほど身勝手で意地っ張りになる。

 彼は、あなたの愛情に背を向けて…。多くの人間を裏切り…。

 堅実な生活より、復讐と男のロマンを選んだ…。

 ひどい話です…」

 そう言って、ジャーナリストとしては余計なことをしゃべりすぎたか、とマットは思う。

 だが、アンジェラは笑顔になる。

 「そうですね。

 おっしゃる通り、男っていうのは勝手な生き物です。

 堅実な生活より復讐と男のロマンを選んだ。

 正にその通りです。

 私の考えが間違っていなかったことがわかりました」

 「でも、あなたは今でもご主人を愛してらっしゃるんですね?」

 マットの唐突な質問に、アンジェラは一瞬目を丸くし、注いで頬を赤く染める。

 「おっしゃる通りです。

 どうしようもない人だったけど…私にとっては愛してやまない夫でした。

 今でも悲しみはなくなりません。

 でも、“雷神”に対する恨みや憎しみはないんです。

 むしろ、彼女ほど強いパイロットに撃墜されて、彼も多少なり満足だったんじゃないでしょうか。

 私は、優しくて逞しい夫だったころの彼との思い出を抱えて生きて行くつもりです。

 きっと彼も、あちらでそれを望んでいると思います」

 アンジェラはそう言って力強く微笑んだ。

 強い女性だ。

 それがマットの印象だった。

 冷静に考えれば、彼女にはなんの落ち度もない。

 愛していた夫に一方的に騙され、置き去りにされたのだ。

 立ち直れなくなってもおかしくないだろう。

 「オブライアンさん。

 あの戦争の真実をきっと明らかにしてくださいね。

 “自由と正義の翼”の存在が隠蔽されたお陰で、私の夫の死に様までが歪曲されていたんです。

 イスパノ軍に最後まで所属して、ゲリラ化したデウス軍のクーデター分子の残党と戦って戦死したと…。

 遺族保証金を払って頂ければいいというものではありませんの。

 例えどんなに不名誉で愚かな人生だったとしても、私の夫がどう戦い、どう死んだのか。

 それを多くの人に知ってもらいたいんです」

 マットは必ず。と応じて、アンジェラと握手を交わす。

 アンジェラが今も左手の薬指につけている結婚指輪が、まぶしく見えた。


 アントニオ・モラレス。

 現在や未来よりも過去、愛よりも復讐と意地を選び、全てを捨てて戦いに身を投じた男。

 皮肉にして、彼のことを誰よりも知り、誰よりも思っていたのは、裏切りにあった妻だった。

 異国の空で撃墜されて帰らぬ人となった身にとって、それがせめてもの救いだったかも知れない。


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