虐殺の流星
01
デウス公国首都、エヴァンゲルブルグにおけるクーデターの鎮圧から1ヶ月が過ぎようとしていた。
クーデター軍を裏から煽動していた地下組織、“自由と正義の翼”はついに歴史の表舞台に立った。
だが、散発的なテロ活動や戦闘が行われる以外は、不気味なほど沈黙していたのである。
各国の軍隊や官僚組織に潜入していた“自由と正義の翼”のスリーパーセルや工作員は膨大な数に上った。
組織の存在が露見するや、原体から離反した彼らは、デウス公国北端、北海を臨むハーケン半島に立てこもる。
これには、連合軍もデウス軍も容易には手を出せなかった。
各種の戦争機や爆撃機、弾道ミサイルや対空兵器はもちろんのこと。
デウス海軍から離反した空母とその護衛艦が海上を守っていたため、うかつに攻撃をかけることは相応のリスクを覚悟しなければならなかったのだ。
それに加えて、“自由と正義の翼”は各国政府に要求を突きつけていた。
『今こそ我々は、13年前の償いを要求する!』
13年前の弾道ミサイルの撃ち合いが多数の犠牲を出した、世に言う“悪魔の花火大会”の謝罪と責任者の処罰。
そして賠償金の支払いなどだ。
条件によっては血を流さずにすむかも知れない。テロに屈するわけには行かないが、政治決着が可能ならばそれに越したことはない。
そんな事なかれ主義が、連合軍と各国政府に蔓延していたこともある。
連合国の関心が、テロリスト集団に過ぎない“自由と正義の翼”よりも、デウス国内の利権にあったこともある。
連合軍はハーケン半島を遠巻きに包囲するばかり。
“自由と正義の翼”も、ハーケン半島に立てこもったまま。
時間だけが過ぎていたのである。
2018年12月24日
デウス公国北部の都市、イノケンタス。
マルキースホテル、第二大会議室。
「その条件では我が国は同意できかねます。
失礼する」
「お待ちなさい。
会議の引き延ばしを図ろうとしても無駄ですぞ。
我々だけがデウスと講和して、貴国は戦争状態のままということになっても一向にかまわんのだからな」
「はったりはやめることだな。
デウス国内の利権配分は、連合国の総意によって決められることは決定事項だ。
我々が同意しなければデウスも従わないぞ!」
「それならあなた方を抜きにしてデウスと交渉をやりなおすまでだ!
デウスサイドにしても、ごね得はごめんだろうからな!」
大会議室の中のやりとりは、議論を通り越して醜いのの知り合いの様相を呈していた。
“会議は踊る。されど進まず”という言葉がある。
今のこの大会議室の状況こそそうだろう。
デウス公国と連合国の間に休戦協定が結ばれてから1ヶ月以上。
肝心の講和の条件は全くまとまらなかった。
戦後処理と利権の配分をめぐって、各国の利害関係がさっぱり一致しないのだ。
「緒戦デウスの驚異にさらされて血を流したのは我々だ!」
ユニティアを中心とする、デウスに領土を侵犯された国家は、自分たちは犠牲を払ったのだから取り分が多いのも当然だと主張する。
「馬鹿な!デウスを軍事的に屈服させられたのは、我々の尽力によるところが大きかったはずだ!」
一方、デウスを侵攻する段階になって参戦した国々は、自分たちの取り分が少なくなりそうなことに不満たらたらだった。
小国の代表が席を蹴り、会議が中断することが何度も起きる。
そんなことが繰り返される内に、とうとうクリスマスになってしまったのだ。
「みなさん、会議中失礼します!
会議を中止してただちに避難して下さい。この町が攻撃される可能性があります!」
会議室に入り込んできたユニティア軍の武官が、大声で呼びかける。
だが、各国代表の反応は鈍かった。
「攻撃?“自由と正義の翼”は半島に立てこもっているのだろう?」
「この町の警護は万全と聞いている。どうやって攻撃してくると言うのだ?」
テロリスト集団ごときが、国家の代表である自分たちを害する力を持っているわけがない。持っていられては困る。
そんなバイアスじみた考えに、各国代表は凝り固まっていた。
なにせ、自分たちの国の軍や官庁にテロリスト集団の潜入分子が多数存在していたという事実は、ただでさえ彼らの面子を丸つぶれにしていたのだ。
せめて、“自由と正義の翼”が各国にとって驚異にはならないと思い込みたかったのだ。
「いいから、念のため避難をお願いします。
ユニットA、避難路の確保はいいか?
ん…?
ユニットA応答せよ。ユニットA聞こえるか!?」
武官が無線に向けて必死で怒鳴る姿に、のんびり構えていた各国代表もさすがに嫌な予感を覚える。
「おかしい。携帯が通じないぞ…」
「メールもSNSもだめだ。どうなってる?」
その場にいる全員が、理屈でなく危機感を覚えた。
映画やドラマでは、無線や携帯が使えなくなるというのは、怖ろしいことが起きる兆候なのはお約束だ。
そして、自分たちがテロリストでも、可能なら外部との連絡を遮断してから攻撃を実行する。
「みんな、とにかく避難しよう。ここは危険と思った方がいい」
イスパノ王国代表の一声で、列席する者たちは腹を括る。
不穏な兆候を感じたら、とにかくその場から逃げて場所を移すのは、テロから身を守る手段としては正しい。
だが、避難のためにホテルの外に出た各国代表たちは、自分たちの判断が遅きに失したことを悟った。
上空から、燃えながら白く光るものが落下してくるのが見えたからだ。
地上から上空に向かって放たれていく無数の光は、恐らく迎撃のための対空ミサイルだろう。
だが、軌道計算が正確になされていない対空迎撃は、字義通り下手な鉄砲だった。
白く光る落下物は、必死の迎撃をあざ笑うかのように悠々と進み続ける。
「神よ…」
誰ともなくそんな祈りが聞こえる。
祈るくらいしかできることはなかったのだ。
まばゆい光を放つ落下物はやがて視界いっぱいに広がり、そして世界がホワイトアウトした。
ハーケン半島、リシュロン衛星通信基地。
「偵察衛星“ガンドル”イノケンタスへの落下を確認」
「マルキースホテルを中心として、半径5キロ四方被害甚大の模様」
基地のコマンドルームでは、“自由と正義の翼”のオペレーターたちの報告が飛び交っていた。
「しかし、すごい威力だな…。まるで核じゃないか…」
「あの衛星の予備動力源であるリチウムポリ窒素電池は、一気に出力させると小型の核なみの爆発を起こす。
衛星自体も耐熱性が高いから、大気圏突入しても燃え尽きることがない。
デウス軍は最初から兵器としての運用を想定していたってわけだ」
“自由と正義の翼”の幹部の一人である、ユニティア空軍大尉、ヘンリー・ニコルソンの言葉に、レンバウムがスクリーンから目を離すことがないまま相手をする。
デウス軍が、宇宙に兵器を置くことを禁ずるヨークトー条約を破っていたのは、レーザー衛星“レーヴァテイン”だけではなかったということだ。
まあ、衛星のコントロールが乗っ取られ、それが自国領であるイノケンタスに落下させられるとは予想外だったろうが。
「それで、これでやつら衛星が乗っ取られたことに気づいたろう。
コントロールを奪い返される心配は本当にないんだな?」
いつも慎重な気質の、デウス国防空軍中佐であるアウグスト・バロムスキーが心配そうに問う。
「ご心配なく。
仮に衛星のシステムに逆ハッキングをかけたとしても、暗号を解いて侵入するまでに早くても八日はかかる。
その間に我々の作戦は全て終了しているとも」
レンバウムがしつこいぞとばかりに太鼓判を押す。
この衛星ジャックこそが、デウス政府と軍のシステムのバックドアとは別に、レンバウムがしかけておいたわなだった。
おおざっぱに言えば、いわゆる眠り爆弾だ。
打ち上げられてから今まで、デウス軍の任務を忠実にこなす衛星だった。
だが、2018年12月24日をもって、内蔵された秘密のプログラムが目を覚ます。
それまでのコマンドもプロトコルも暗証コードも全てを無効化。
新しいIDとパスワードを持つレンバウムの指示だけに従うように細工がされていたのだ。
その効果は絶大だった。
耐熱性能の高い衛星は、落下の軌道を比較的自由に選択できる。
弾道ミサイルと違って最初から軌道上に浮いているわけだから、発射時の角度と速さから軌道を読み取ることも不可能だ。
“ガンドル”が逆噴射をかけて減速し、突入コースに入ったと知った連合軍は往生際悪く迎撃を試みた。
だが、無数に放たれた対空ミサイルのどれ一つとしてかすりもしなかった。
結果、“ガンドル”は狙い通り落下。イノケンタスの市街はマルキースホテルを中心として、半径4キロががれきの山と化した。
「さて、第二の矢を放つとしようか。
レンバウム、“ガルドル”落下までどれくらいかかる?」
「軌道修正と減速に1時間と言うところだ。
ゴーサインをくれればカウントダウンを開始するよ」
ニコルソンの問いに、レンバウムは今度はスクリーンから目を離し、目線を向ける。
そして、“ゴーサインをくれれば”とエクスキューズを立てる。
それに応じて、バロムスキーがパイロットピットに繋がった電話をスピーカーモードにする。
「いいんだな。カウントダウンが始まったら取り消せないぞ」
『くどいよ。それは俺に確認することじゃないだろう』
「いや、君が決めてくれ。今なら落下目標の変更もできる」
電話から聞こえる声に、バロムスキーが混ぜ返す。
ニュースでは、あれだけの大惨事にもかかわらず、イノケンタスの状況がほとんど報道されていない。
「詳細不明です」「当局より公式な声明はまだありません」
という報道が繰り返されるばかりだ。
なにより、肝心のイノケンタスの映像がほとんど出てこない。
おそらく、連合国とデウスが衛星の落下の情報を隠蔽しているのだろう。
それに加え、報道管制もなされているに違いない。
彼らはあくまで戦争はすでに終わったと言い張りたいのだ。
「もう少し、衛星落下のインパクトが強い場所にターゲットを変更し、連合国とデウス政府に政治的ダメージを与えるべきかも知れない
前哨戦とはいえ、これではこちらのメッセージが多くの人間に伝わらないだろう」
ふたつめの衛星の落下が大きく報道されれば、イノケンタスの災害の真相を隠蔽した各国政府の面子は丸つぶれになる。
それがバロムスキーの言い分だった。
電話の相手が少し考え込むのが伝わって来る。
“なにをためらっている。さっさと決めろ”そう胸中で言っているニコルソンと、“やめてもいいのだぞ”と内心で囁いているバロムスキー。
二人の考えを推し量り、考えているようだった。
だが、結局彼の考えは変わらなかったらしい。
『予定通り進めてくれ。ターゲット変更なしだ』
「了解、“ガルドル”落下地点は変更なし。ターゲット、アキツィア共和国、フューリー空軍基地」
電話の声に応じたバロムスキーが、衛星落下の指示を下す。
レンバウムが衛星にコマンドを送信し、ついでパスコードを入力する。
スクリーンの中で、カウントダウンが開始される。
「懸命な判断だ、アールヴ。いや、“深紅の飛龍”」
ニコルソンが皮肉交じりに電話に呼びかける。
電話の相手、アキツィア自衛空軍二等空尉、“深紅の飛龍”ことジョージ・ケインは鼻を鳴らして電話を切った。
“自由と正義の翼”が放つ第二の矢が、フューリー基地に向けられようとしていた。




