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飛龍の離反

06


 『エヴァンゲルブルグのクーデターの鎮圧を確認。

 ミッションアボート、コールオフ。

 繰り返す。ミッションアボート、コールオフ』

 デウス公国北部上空。

 連合軍作戦司令部から入った通信に対するパイロットたちの反応は様々だった。

 ユニティアのパイロットたちは、デウスを徹底的に叩く機会を逸したと悔しがっていた。

 だが、他の国のパイロットたちは、出なくてもいい犠牲が出なくて済んだことにほっとしていた。

 だが、エスメロード・ライトナー一等空尉は別の疑念に支配されていた。

 (私はなにかを忘れている…なにかが思い出せない)

 前世の記憶が蘇って来ているのに、肝心の子細がはっきりとしないのだ。

 これから怖ろしいことが起きるのがわかっているのに、それがなんなのかがわからない。

 焦りだけが強くなっていった。

 『ニアラス、オープン回線で妙な通信が繰り返されています。

 暗号通信のようです』

 「こちらも確認した。解析できるか?」

 リチャードからの通信に、エスメロードは暗号通信を聞き逃していたことに気づく。

 よほどぼんやりしていたらしい。

 パイロットとしてはまずい兆候だ。

 『やっています。

 “自由と正義の翼は解き放たれた”を繰り返しています。

 どういうことでしょう?』

 その瞬間、エスメロードは頭に雷が落ちたような錯覚を感じた。

 前世の記憶の詳細がやっとはっきりしたのだ。

 前世で自分がプレイしていたフライトシューティングでは、ここでカメレオンが正体を現す。

 デウスとユニティアの間を立ち回り、戦争を泥沼化させることを試みた組織。

 それが“自由と正義の翼”だ。

 だが、その存在をデウスと連合国に突き止められるに及んで、武力による直接行動に出る。

 その一発目は…。

 「連合軍全部隊!データリンクを切れ!ウィルスが送られてくるぞ!」

 考える前にエスメロードは無線に叫んでいた。

 だが、反射的にデータリンクを切ったフレイヤ隊以外は対応が遅れた。

 『ウィルスだ!システムがハングアップするぞ!』

 『いかん!機体制御が…!予備パイロットに切り替える!』

 それまで整然と編隊を組んでいた連合軍航空隊は大混乱に陥る。

 データリンクをジャックして送り込まれてきたウィルスは、戦闘システムばかりか、操縦系統まで手当たり次第に浸食している。

 何機かの機体はフライバイワイヤの回復が間に合わず、錐もみ状態になって墜落していく。

 そしてそんな中、さらに混乱を強める事態が起こる。

 『おい!お前たちどこにいく!?編隊に戻れ!』

 『キングバード隊どういうつもりだ!?聞こえないのか?』

 連合軍のいくつかの飛行隊が、勝手に編隊から離れて離脱し始めたのだ。

 (“自由と正義の翼”はスリーパーセルによってデウス軍を煽動していた。

 そして、スリーパーセルが送り込まれていたのがデウスだけでなかったとしたら)

 嫌な予感がした。

 それはつまり、アキツィア自衛軍の中にも裏切り者がいる可能性を示唆していたのだ。

 『ニアラス、悪いがここでお別れだ』

 エスメロードの嫌な予感は当たった。

 ジョージが氷のように冷たい声で無線に告げると、編隊を離れ、アフターバーナーを吹かして遠ざかり始めたからだ。

 「待てアールヴ!編隊に戻れ、さもないと撃墜する!」

 『ま…待って下さいニアラス!』

 アフターバーナーを作動させてジョージのF-15Jを猛追するエスメロードのF-15Jに、リチャードのF-2が必死でついていく。

 

 「アールヴ、これが最後の警告だ!

 編隊に戻れ。さもないと撃墜する!脅しじゃない!」

 『強がりはよせ。今の君に俺は撃てない』

 ジョージは冷徹に言い返しながら高度を下げ、複雑な山岳地帯へと入っていく。

 エスメロードは持てる技量の全てを出し尽くし、狭隘な山岳地帯を抜けていく。

 「逃がすもんですか!ターゲット、ロックオン!」

 ジョージのF-15JをHUDに捉え、99式空対空誘導弾の安全装置を外す。

 だが、引き金を引こうとして、どうしても指が動かなかった。

 こんな時なのに、ジョージの肌の感触、ジョージの胸板の感触が脳裏の蘇って来てしまう。

 (一回くらいならなんて…相手をしてやるんじゃなかった!)

 エスメロードは猛烈にジョージに抱かれたことを後悔していた。

 “女は抱かれると腐る”と前世でどこかの芸能人が言っていたのを思い出す。

 情にほだされて引き金が引けないとはこのことだ。

 エスメロードは、ジョージをロックオンしながらミサイルを撃てない情けなさと惨めさに、我知らず涙を流していた。

 『甘いな、ニアラス!』

 エスメロードがためらったのは時間にすれば一瞬だったが、致命的だった。

 ジョージはフルスロットルの状態のまま、狭隘な警告を針の穴を通すように抜けていく。

 ミサイルを発射するタイミングを完全に逸してしまう。

 「ちくしょう!」

 エスメロードはコンソールを拳で思いきり叩いた。

 許せなかった。裏切り者であるジョージも、それを撃つことのできない自分も。

 『ニアラス!二字方向より新たな機影です!

 イスパノ空軍のようですが…』

 最悪の事態は重なる。

 イスパノ空軍のIFFを発する、ダッソー・ラファールで構成される飛行隊が急速接近してくるのだ。 

 状況からして、やつらも“自由と正義の翼”と見ていいだろう。

 そうでなければ、自分たちの内輪もめに介入してくる理由が見つからない。

 『こちらイスパノ空軍ティブロン隊!

 フレイヤ2、援護する。離脱せよ!』

 『了解した。感謝する』

 無線から聞こえる低く冷徹な声に、ジョージが短く応える。

 「くそっ!こんな時に。キッド、交戦するぞ!」

 『キッド、コピー!』

 エスメロードは取りあえず目先の驚異を排除することにする。

 (私はなんて嫌な女)

 ジョージを撃つことはできないが、見ず知らずの部隊なら裏切り者という理由で撃つことができる。

 そのダブルスタンダードがたまらなく嫌だった。


 『各機、フレイヤ2を援護する。

 “自由と正義の翼”の大義と力、世界に知らしめるぞ!』

 イスパノ空軍第3多目的航空師団第19航空隊、通称“ティブロン隊”1番機、アントニオ・モラレス中尉は豪放な調子で部下たちに告げる。

 今こそ13年前の“悪魔の花火大会”のツケを、利子をつけて取り立てるとき。 

 その考えに勇んでいた。

 自分の父親と兄を、薄汚い政治ゲームのオッズテーブルに乗せ、勝手にサイコロを振ったやつらは、今ものうのうと生き延びている。

 やつらが恐怖に怯えながらくたばるまでは死ぬわけにはいかない。

 コンソールに貼り付けた妻の写真をはがし、飛行服の胸元に押し込む。

 家庭より大義を選ぶと決めた身だが、情けないことに後ろ髪引かれる思いはある。

 中途半端な情は捨てなければならないのに、撃ち滅ばさねばならないものを引きずりすぎている。

 だが、戦闘が始まれば、そんなことを考えている余裕もなくなるだろう。

 自分たちの大義を理解しない者たちは、国家だの民族だのくだらないものと心中すればいいのだ。

 そう胸に刻み、スロットルを全開にする。

 前時代的なシャークマウスのノーズアートが描かれた4機のラファールが、フレイヤ隊に肉薄していった。


 「ちっ!良く動く!」

 『注意!敵にロックされている!』

 フレイヤ隊とティブロン隊の交戦は乱戦の様相を呈していた。

 ティブロン隊は攻撃こそ大人しいものの、機動性と加速力はさすがクローズドカップデルタ翼のラファールならではだった。

 先んじて放った99式は、全てかわされていた。

 シャークマウスで視認性が上がってしまっていることなど知ったことかとばかりに、すさまじいマニューバで押してくる。

 『だが!』

 エスメロードは、敵が放ったミサイルに対するカウンターの形で99式を放ち、1機を撃墜していた。

 腕に自信があるのと、恐らくは攻撃の精密さを重視しすぎているのだろう。

 ミサイルを放ってから回避機動に入るのが遅い。

 これでは撃ちっぱなし式ミサイルのメリットを活かせない。

 『もらった!FOX-2』

 リチャードが、エスメロードをロックオンすることに気を取られていたラファールを04式で仕留める。

 2人とも、早々に敵部隊の弱点を見抜いていた。

 腕は立つものの、ほとんど一度に一つのことしかできない。

 あのすさまじいマニューバをこなしながら撃ってこれればさすがなのだが、攻撃と回避を同時に行うのは荷が重いらしい。

 「FOX-3」

 『くそ!被弾した!』

 『隊長!脱出を!』

 20ミリガトリングガンを浴びて主翼から煙を吹き始めた敵1番機に、さらにエスメロードは04式を撃ち込んでやる。

 なんとか直撃は免れたが、近接信管によって右エンジンから火が出始める。

 「邪魔をするな!FOX-2!」

 1番機を守ろうとするラファールを、エスメロードは目障りだとばかりに99式で撃墜する。

 『敵1番機、逃げていきます』

 「ちっ!深追いは危険だ。ひとまず帰還するぞ!」

 エスメロードはそう言ってF-15Jをフューリー基地の方向に向ける。

 傍らにジョージの愛機の姿がないのが哀しくて仕方なかった。

 (ジョージ…大馬鹿…!)

 心の中でジョージを罵倒しながら、エスメロードはバイザーの下で涙を流していた。

 今気づいたのだ。

 自分はジョージを男として愛していると。

 それだけに悔しかった。

 自分は情にほだされて脱走者を撃つことができなかったのだから。


 その日、正体を現した“自由と正義の翼”のスリーパーセルたちが次々と各国の軍を離反していく。

 エヴァンゲルブルグのクーデターが鎮圧されれば戦争は終わる。

 そう思っていた人々の期待は、完全にぬか喜びに終わるのだった。



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