始まる巻き返し
04
2018年11月6日
デウス公国東部、連合軍占領地域、ニアフリント
「お見受けしたところ連合軍の軍人さんのようだが、信用していいものかどうか…」
「信用しないのは勝手だが、その場合貴国は世界の地図から消滅することになる。
そのあとは核戦争か、連合軍とデウス軍の残党による100年戦争か。
とにかく確実にそうなる」
ビジネスホテルの一室。ケン・クーリッジ一等陸尉は、ゲオルグ・フラーと名乗る男と対峙していた。
二人とも制服でなくビジネススーツ姿だが、市井の商売をしている人間ではないのは、その雰囲気からまるわかりだった。
クーデターの渦中にあるデウス軍にいい解決策があると申し入れたところ、送られて来たのはこの男だった。
切れ者ではありそうだが、それだけにこちらの言い分を簡単には信用する気はないらしい。
「では問おう。
他人の善意に甘えるほど危険なことはない。
あなた方、いや、あなたが我々と協力して得るものは?」
「簡単な話です。
わがアキツィアは開戦以来ユニティアの横暴に振り回されてきた。
このままクーデターに連合軍が介入すれば、ユニティアはひとり勝ちを狙おうとするでしょう。
“デウスを打ち破ったのはユニティアの軍事力だ”と臆面もなく主張してね。
我が国を含む連合国は、意味もなく戦わされてなんら得るものがない結果になります。
その事態を防ぐためには、今エヴァンゲルブルグで起きているクーデターをデウス自身の手で鎮圧することが必須条件です。
おわかりかな、この理屈?」
ケンの返答に、フラーは考える顔になる。
ともあれ、ケンは嘘はついていない。
だいぶ単純化して説明したが、ユニティアがクーデターに連合軍を介入させたがっているのは事実だ。
そして、ユニティアが介入を狙う理由は、この戦争で得られる利益を独り占めすることに他ならない。
アキツィアの立場としては、デウスのクーデターがデウスの自力で解決され、しかる後に連合国との和平が成立することを望む。
賠償金にしても領土の割譲にしても、全てはそれからなのだ。
そうなれば、ユニティアはデウスの利権独占を既成事実化することはできない。
「猶予はどのくらいだ?」
フラーは時間がなくては対策は取れないと言外に滲ませる。
「引き延ばせて後3日というところだ。
ユニティアも前回の拙速な作戦を反省しているから、無理なごり押しはしてこない。
だが、細かいところのつめやら指揮系統の取り決めやらを話し合う期限は、11月9日というところだな」
ケンは最大限の譲歩を伝える。
これで不可能なら、デウスの自浄作用にもはや期待することはできないと断じていた。
「わかった。あんたの話に全面的に乗らせてもらう。
それで、俺たちはどうすればいい?」
フラーが話に食いついたことにまずは満足したケンは、コーヒーを口に含むと切り出す。
「これは、こちらの独自の情報網を使って調べた、おたくの軍の過激分子たちのリストだ。
一見すると、跳ねっ返りどもが勝手に増長して、自然発生的にクーデターも辞さずとなっていったように見える。
だが、こちらの情報分析ではどうも違いそうだ。
軍の中でも政治や軍の体勢に不満を抱いていたやつらを選び出して、作為的に煽動していたやつがいる。悪意を持ってな」
「悪意とは?」
「わからないか?
戦争が泥沼化し、デウスと連合国が両方とも滅ぶことだよ」
身を乗り出して聞いてくるフラーに対して、ケンは冷徹に返答する。
そして、一枚の写真が添付された資料を差し出す。
「俺たちが調べたところ、一番くさいのがこの男だ。
空軍飛行隊指揮官のアウグスト・バロムスキー中佐。
軍人仲間たちとSNSで活発に会話を交わしたり、勉強会や飲み会を主催したりしている。
一見すると、不満を抱えた軍人たちに同情的なだけ。
とくに彼自身がなにかしてるようには見えないが…」
「実は彼が軍の過激分子を煽動して…。
というよりは、軍の不満を抱えた連中をあおり立てて過激分子に仕立て上げた?」
先回りするフラーに、ケンは「その通りだ」と答える。
「手口は巧妙だが実にわかりやすい。
不満を抱えた人間は、耳に心地良い言葉を囁かれると簡単に操られてしまうものなんだ。
プライドをくすぐって、その次に被害者意識をあおり立てる。
そして対象が自分を悲劇のヒーローだとうまいこと思い始めてくれたら、最後は英雄扱いして持ち上げるんだ」
ケンはコーヒーのおかわりを入れながら説明していく。
“あなたは悪くない。悪いのは世界であり国であり、そして堕落した政治家たち”
“あなたの不遇は、全てあなたの価値を正当に評価しない愚か者たちのせい”
“あなたは正しい。だから、正しいことを行うのに手段を選んではいけない”
“なにが正しいのかわからない愚か者たちには、言いたいことを言わせておけばいい。
結果は必ず手段を正当化する。正しくあり続けて、迷わないで“
“あなたが倒れようとも、その心は生き続ける。いつか必ずあなたが真の英雄であったことが理解される”
そんな甘い毒を耳から流し込まれると、不満を抱えた人間はたちまち被害者意識と偏執的なヒロイズムに凝り固まってしまう。
耳に心地良い言葉を真実と思い込み、逆に厳しい言葉を間違いだと否定し始める。
そうなったらもう心地良い言葉を囁く者の言いなりだ。
犯罪だろうとテロだろうと、それが正義、あなたは英雄、と持ち上げられてためらうことなく手を染めてしまう。
「それを実にうまく、しかも本人が表に出ることなくこなしていたのがバロムスキー中佐だったってわけさ。
あこぎなもんさ。
どこから資金が出てたか知らないが、やつはいくつもの風俗店や飲食店のオーナーだったんだ。
やつの店を利用していた軍人たちを、きれいなお姉ちゃんたちを通しておだてて煽動し、過激分子に仕立て上げていたってわけさ」
「なんてこった…」
フラーは頭を抱える。
想像力を働かせてみて、容易に理解できたのだ。
自分もデウスの軍人だからわかるのだ。
現在20代から40代のデウスの若手たちは、“フランク・レーマ戦争”の敗戦、そして戦後の金融恐慌や経済破綻などを目の当たりにしてきた者たちだ。
表面上はお行儀良く振る舞っていても、自分たちは被害者であり、もっといい生活ができてしかるべきだというルサンチマンを心の奥には少なからず抱いていた。
その不満を理解し、“世が世なら、あなたはもっと評価されている”“あなたは悪くないのだ”と囁いてくれる人間がいたら、その人間を盲信してしまうのはあり得る話だ。
飲み屋や風俗店のコンパニオンたちに英雄扱いされて持ち上げられ、“この国を、私たちの生活を救って”と囁かれればどうなるか。
「それで、クーデターも許されると考えるようになっちまったってわけか…」
フラーが頭を抱えるのを、ケンは冷静に見つめる。
とくにデウスのことに関して感慨があるわけでもないのだ。
要は、ケンにとってはクーデター軍の馬鹿どもが排除されればなんでもいいのだから。
「さて、前置きが長くなったが本題に入ろう。
バロムスキー中佐の周辺を洗って、彼の協力者をつきとめてもらいたい。
こちらの情報網じゃさすがに限界がある。
デウス軍の現役の軍人であるあんたらに任せるしかない。
それとこれは確証がある話じゃないんだが、デウス政府と軍のシステムに何らかの介入がなされている可能性がある。
あるいは、政府や軍内部にもクーデター軍の内通者がいるのかも知れない。
なにせ、クーデター分子の動きはあまりに鮮やかで正確だった。
なにか手の込んだイカサマがなされていると見た方がいい」
ケンは腹の内をみなまで言わなかったが、聡明なフラーは言葉の意図が読めた。
「そうか。そのイカサマを逆手に取れば、クーデター軍を出し抜けるってわけか!」
コンピューターがハッキングされているなら、それに偽情報を入力してやればいい。
内通者がいるのなら、怪しい人間に偽情報を与えればいい。
泥棒は入り込んだ先に警察官が待っているとも知らず、のこのこ盗みに現れてくれるというわけだ。
「それと、クーデターを煽動しているやつらの動機と背後関係をこちらなりに調べて見た」
そう言ったケンは、A4にプリントされたデータを見せる。
「銀行口座や資材の外注先はほとんどヴェステンレマ共和国の資本か。
これだけ見れば、ヴェステンレマの国粋主義者の可能性を勘ぐるが…」
フラーは即答を避けた。
ヴェステンレマ共和国に、かつての国の栄光の復興、“フランク・レーマ戦争”の復讐を掲げる国粋主義者の地下組織があるのは知っている。
マフィア的な活動を行っていることも。
だが、彼らにはクーデターの煽動などという大それたことができるとは思えない。
「察しがいいな。
ご想像の通り、その線はミスリードを誘うフェイクだ。
こちらで調べたバロムスキーとその協力者の共通点を洗い出してみた。
そこから類推する形で、該当する者たちを洗ってみたんだ。
推測の域を出ないが…」
「おいおい、これ確かか!?
これが本当なら…話はデウス軍の跳ねっ返りだけの次元の問題じゃないぞ」
フラーはデータの先を読んで狼狽する。
話は、彼が想像していたよりはるかに厄介で怖ろしいものだったのだ。
「大変遺憾だが、いくつかは裏が取れてる」
ケンはたんたんと説明する。
天気の話でもするような調子で。
「わかった。事実は冷静に受け止めないとな。
さっそく取りかかることにする。
また連絡をくれ」
「了解だ。
頼むぞ。クーデターが長引けば、やつらの思うつぼだ。全てが終わる」
書類や記録媒体をまとめてその場を辞するフラーを、ケンは静かに送り出す。
そして、窓の外を眺める。
その方向には、彼の故郷であり、仲間たちがいるアキツィアがある。
いや、厳密に言って今まで仲間だと思っていた者もいるが。
「まさかお前が…。
なんて説明すればいいんだよ…」
ケンはコーヒーをさらにおかわりしようとして手を止め、冷蔵庫からビールを取り出す。
そして、まだ日が高いにもかかわらず、故郷の方向を見つめながらあおっていく。
その表情は、先ほどまでのポーカーフェイスではなかった。
予想がついたからだ。
この後、悲劇が最悪の形で幕を上げると。




