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条約破棄の日

01


 2020年10月28日


 トリジア連邦の北端の街ミーナス。

 元アキツィア空軍第5航空師団第11飛行隊、通称“フレイヤ”隊2番機。

 ジョージ・“アールヴ”・ケインは白い息混じりに語り始める。

 「順を追って話していく。

 俺が“龍巣の雷神”と初めて飛んだのは、デウス軍の軍事侵攻が始まったすぐ後だ」

 「覚えています。

 驚きましたよ。いくつもの敵と一度に戦わないために、アキツィアと不可侵条約を結んだはずだった。

 それを一方的に破棄して軍事侵攻を開始したんですから」

 インターネット放送局“ライズインフォ”記者、マット・オブライアンはメモを取りながら応じる。

 どんな強大な軍事国家も、周り中が敵だらけになればいずれ息切れする。

 敵は少ないに限る。

 本命の敵に的を絞るために、別の敵となり得る国と不可侵条約を結ぶのはよくあることだ。

 そして、不可侵条約を破って新たな敵を作るのは、非常に危険な行為でもある。

 「当時のデウスは極右政党が政権を握って、独裁状態だった。

 議会は形骸化し、行政も司法も、軍さえも政府のいいなりだった。

 知ってるか?独裁国家っていうのは、実は究極のポピュリズムなんだ。

 国民にわかりやすい勝利とプライドを示し続ける代償に、独裁を認めさせるってわけさ。

 国民を喜ばせるためだから、法の支配やら精神的自由やらを否定することも許される」

 ジョージの口調はさばさばとしているが、どこか物憂げだった。

 当時のデウスになにか思うところがあったのかも知れない。

 「逆に言えば、勝利とプライドを示せなくなったら、独裁国家は崩壊すると?」

 「そういうことだ。

 当時のデウス政府は開戦当初、遅くとも二ヶ月でユニティアとイスパノに割譲した領土を奪還し、有利な条件で講和を結んでみせると国民に喧伝していた。

 だが、両国の抵抗は強固だった。戦線は膠着状態に陥る。

 三ヶ月がたち、四ヶ月がたって、デウス国内に厭戦気分が拡がりだしたのは想像に難くない」

 古今東西、戦争によって国民の支持を得ようとして失敗し、そのまま政権が崩壊した例は枚挙にいとまがない。

 当時のデウス政府もそれを怖れたのだろう、とマットは考える。

 「まあとにかく、不可侵条約は破られ、デウス軍はアキツィア領内になだれ込んで来た。

 不可侵条約を馬鹿正直に信じていたアキツィアの首脳たちに取っちゃ、完全に寝耳に水。

 準備を怠っていたアキツィア自衛軍は、まともにデウス軍と戦える状態じゃなかった。

 言葉は悪いが、守るべき国土を、国民を置き去りにして撤退に次ぐ撤退を重ねざるをえなかった。

 今にして思えば、ぱんぱんに膨らんでいた風船が破裂しただけ。

 予兆はいくらでもあったのにな。まあ、言っても仕方ない」

 ジョージはふっと自虐的な笑みを浮かべる。

 彼も、傭兵とはいえ軍籍を持つ者として、戦いもせず撤退する軍の方針は悔しかったのだろう。

 「でも、そのお陰でアキツィア自衛軍は戦力を温存して、国の南部に防衛戦をしくことができたわけですね?」

 「わかってくれるか。

 そういうことだ。死守命令を出して意味もなく消耗するか、国民を置き去りに撤退して戦力を集中するか。

 どっちにせよ地獄だが、アキツィアは後者を選択した」

 ジョージは少し嬉しそうな顔になる。

 逃げたのではなく撤退した。それをわかってもらえたのが嬉しいとばかりに。

 「だが、デウス軍は南部にも侵攻をかけてきた。

 いよいよアキツィアは迎え撃つことを決断する。

 その時、あなたと“龍巣の雷神”は一緒に飛んだ。そうですね?」

 ジョージは懐かしそうな表情でうなずく。

 「まあ、まだやつは雷神とは呼ばれてなかったがな。

 あの日は、空がどんよりとして嫌な天気だった」

 ジョージはその日のことを訥々と語り始めた。


 2018年7月5日


 その日、アキツィア共和国南部、フューリー空軍基地の全航空隊にスクランブル体勢が命じられた。

 いよいよ、アキツィア自衛軍が戦力を集中して防衛する南部にも、デウス軍の侵攻が始まったのだ。

 飛来するであろうデウス空軍爆撃隊の目標は、南部最大の航空拠点であるフューリー基地と推測された。

 「爆撃機、戦闘機ともに旧式だが侮るな。

 君たちが相手にするのは古強者だ。心してかかれ」

 飛行隊司令のシュタイアー一佐がパイロットたちを激励する。

 「司令、陸自や海自と現場レベルでの打ち合わせをしておきたいと思いますが」

  挙手をしたエスメロードが具申する。

 折角戦力を集中したのだ。ばらばらに戦うこともない。

 余談だが、自衛軍であるため、三軍は空自、陸自、海自と非公式にだが呼称される。

 「他人の力をあてにするな。

 指揮系統が混乱する元だ」

 シュタイアーは取り付く島もない。

 (なんで協力関係を結んではいけないんだ?)

 エスメロードはいらだつ。

 この世界の軍隊組織の悪弊だった。

 自分が前世で住んでいた21世紀とは違い、貴族主義、戦術優先主義が根強く残っている。

 縦割りがたの指揮系統にこだわって、横断的な協力関係に無関心どころか、嫌悪感さえ抱いている。

 (そんなことでは勝てはしない)

 胸の奥にそう断じたエスメロードは、自分なりのやり方を通すことにする。


 ブリーフィングの終了後、エスメロードは電話をかけていた。

 「陸軍司令部ですか?

 ケン・クーリッジ一尉をお願いします。

 エスメロード・ライトナーと言えばわかります」

 目的の人物はすぐに電話に出る。

 ケン・クーリッジ一等陸尉。

 軍の訓練生だった時分、エスメロードの先輩だった。

 コンピューターや人事の勉強では世話になっていた。

 『現場でこういうことしちゃまずくないか?』

 「生き残るためですよ。命と規律とどっちが大事です?

 傭兵風情があなたに持ちかけるのは、恐れ多いのはわかってます。

 でも、お互い部下や仲間を死なせたくないでしょう?」

 『腹にもない謙遜はけっこう。君らしくもない。

 ただ、君の提案は了解だ。

 その時が来たら連絡をくれ』

 エスメロードは、「ありがとう」と応じて電話を切る。

 「おいおい、大丈夫か?

 シュタイアー司令が陸自を嫌いなの知ってるだろ?

 下手すると査問だぞ」

 傍らで聞いていたジョージが、不安を顔に貼り付けながら言う。

 アキツィア自衛軍三軍の仲の悪さは有名だが、特に空軍と陸軍は、軍用地の使用を巡って対立し続けている。

 「ケンカは敵とするものよ。

 それに、うまくすれば犠牲を出さずに勝てると思わない?」

 自信満々のエスメロードに「まあ、隊長は君だ」とジョージが呆れ気味に応じる。

 エスメロードの閃きそのものには、素直に感心していたからだ。



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