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絶望の光

10


 虹海海上。

 ミサイル護衛艦“タンホイザー”CIC。


 「SLBMの発射を確認!数9…もとえ10です!大気圏突破まで30秒」

 「敵弾道ミサイルの目標判明!デウス中部から南部と思われます!」

 「ばかな!やつら自国領土を核攻撃するつもりか!?」

 CIC内に怒鳴り声が響き渡る。

 誰もが、デウス軍が自国領土内にSLBMを発射するという想定外の事態を信じることができないのだ。

 「ちっ!ミサイル設定変更!迎撃開始だ!」

 「三分ほどかかりますが…」

 艦長であるバーナードの命令に、ミサイル長が困惑しながら振り向く。

 「一分でやれ!」

 「イエッサー!」

 バーナードの一喝に、ミサイル長はデータ入力を始める。

 キーボードの上で彼の指がすさまじい速さで踊る。

 だが、間に合うかどうかは微妙なことは、バーナードが一番良くわかっていた。

 (完全に裏をかかれたか)

 バーナードは歯がみする。

 潜水艦は移動するため、SLBMは発射地点をあらかじめ特定しておくことができない。

 そのため、目標と推定される地点から逆算する形で対空ミサイルの設定を行わなければならないのだ。

 逆に言えば、SLBMが着弾する目標が予測とは全く異なる場所だった場合、その地点から逆算して設定をやり直す必要がある。

 SLBMの発射から大気圏再突入までせいぜい数分しかない。設定のやり直しは致命的なタイムロスだった。

 「設定完了!」

 「よし!艦隊全艦でデータを共有。イージスアショアともな!

 迎撃始め!」

 「SM-6、12発、撃ちーかた始め!」

 「撃ちーかた始め-!」

 “タンホイザー”がイージスシステムの誘導限界である12発の対空ミサイルを発射する。

 後部甲板VLSから光の尾を引いてミサイルが上昇していく。

 僚艦である“ラインゴルト”“ジークフリート”“ゲッターデメルング”も同じようにミサイルを発射する。

 虹海で別行動を取っているユニティア、イスパノ両海軍も、ミサイルを発射したことがレーダーを通してわかる。

 「2発を撃墜。だめです!残りは外れます!」

 設定のやり直しが不十分だったのだろう。

 100発以上の対空ミサイルは、2発のSLBMを落とすのが限界だった。残りは空しくすれ違う。

 そもそも、ミサイル防衛とは不安定なものだ。

 ゴルフ場に例えれば、隣のコースからチップショットが飛んできたとする。

 そのチップショットを観測してから軌道を計算し、こちらもショットを放ってボールとボールをぶつける。

 そんな非常識な神業を行うものと考えればいい。

 百発百中を狙える方がおかしい。

 「神よ…!」

 バーナードは軍務について以来神に祈ったことはなかった。

 任務を果たせるか、生き残れるかは自分の技量次第と心得ていたからだ。

 だが、今だけは祈らずにはいられなかった。いや、こんな事態を座視する神を恨まずにはいられなかったと言うべきか。

 バーナードも含めて、“タンホイザー”のクルーたちは、スクリーンの中でSLBMがデウス南部に着弾するのを、指をくわえて見ていることしかできなかった。

 


 アキツィア共和国南部、フューリー空軍基地上空。

 

 「なんてことを…」

 上空に退避していたエスメロード率いるフレイヤ隊には、遠目にだが肉眼で一部始終が見えていた。

 大気との摩擦熱で光を放つSLBMが落ちていくのが。

 そして、地上の太陽と言っていい8つのまばゆい光が閃くのが。

 『デウスのやつら気でも狂ったのか?自国に核兵器を撃ち込むなんて!』

 『確かに正気の沙汰じゃないが…。見ようによっては合理的だな。

 連合軍地上部隊は壊滅状態だろう。

 それに、連合軍のミサイル迎撃は連合国を目標と推定していた。設定のやり直しが必要になって、迎撃の制度が落ちた』

 困惑と怒りを抑えられないリチャードに対して、ジョージは冷静に状況を分析していた。

 エスメロードにも、ジョージの考えは理解できた。

 デウス政府と軍が、爆心地の自国民を必要な犠牲と切り捨てられる狂気と冷酷さを持っているとしたら、軍事的には有効な一手だった。

 ジョージの言うとおり、連合軍地上部隊は壊滅的な打撃を受けたことだろう。

 そして、放射能汚染された地域にそのまま増援を送るわけにはいかない。

 マイクロマシンとバクテリアを用いた放射能粉じん除去作業が完了するまでに、半年から一年は必要になるだろう。

 少なくともその間、連合軍は地上部隊をデウス北部に侵攻させることができないことになる。

 『しかし、デウス政府はなんと言って国民に説明するんです?

 こんなこと、国民が納得するわけないでしょう?』

 『長期的にはごまかしは効かないだろうな。

 だが考えても見ろ。爆心地は壊滅状態だろう。

 なにが起きたのかを多くの国民が知るまでに時間がかかる。

 その間に、なにがしかの手を打つ腹かも知れないな』

 混ぜ返されたジョージの言葉に、リチャードが息を呑む。

 確かに、独裁国家であるデウスには報道の自由はない。

 情報操作も隠蔽もお手の物だ。

 無論、人の口に戸は立たないし、8つの核爆発という大それた事態を隠蔽しきることは不可能だろう。

 だが、真相が知れるのを先延ばしにすることはできる。

 (その間に政治工作や軍の立て直しを行う?)

 エスメロードは、合理的だが常軌を逸したやり方に恐怖した。

 ジョージの考えの通りなら、デウスはそこまで狂ってしまっているということだ。

 (この戦争はどこに行く?どこで終わる?)

 エスメロードは恐怖した。

 このデウスの暴挙に対して、連合軍の報復も激しいものになることだろう。

 それは、戦争を早期に終結させることが絶望的になることを意味していた。

 いつ戦争が終わるのか。そして、戦争が終わったとき、自分は大事な者たちと一緒に生き残っていることができるのか。

 言いしれぬ不安に包まれたまま、エスメロードはF-15Jの操縦桿を握り続けた。


 「おいおい、ちょっと飲みすぎじゃないのか?」

 「いいからいいから。

 たくさんの仲間たちへの弔いと、ケンが無事だったことのお祝いよ。

 今日はとことん飲むわよ」

 フューリー基地内のバー。

 いつもあまり飲まないエスメロードが、ブランデーをストレートであおっている姿を見て、隣のジョージが渋面になる。

 幸いにして、核爆発に乗じてデウス軍が攻めてくる兆候はなかった。

 北海のデウス海軍の戦略原子力潜水艦にも動きはない。

 なにより、電磁波の影響でレーダーも通信も完全に無効化されている。

 その状況ではパイロットたちにやることはない。

 (ただでさえデウスへの逆侵攻なんて気が進まないのに…。

 よりによって核攻撃なんて…)

 エスメロードはほとほと神経が参っていた。

 飲まずにはいられないのだ。

 (せめてもの幸いは、前戦で地上部隊の指揮を取っていたケンが部隊とともに無事だったことか)

 そこは素直に嬉しいと思えた。

 主力であるユニティア陸軍に対して、陸自の部隊は後方に置かれていた。

 それに加えて、SLBM発射の知らせを受けて、古い鉱脈跡に部隊ごと退避したのが功を奏したらしい。

 心配なのが放射能汚染だったが、対NBC用の兵装は全員に行き渡っている。

 防護服とマスクの着用を徹底し、体内被曝を防げればそれほど危険ではないということだ。

 「おかわり」とエスメロードがバーテンに差し出したグラスを、ジョージが手で遮る。

 「ここでくだ巻いても迷惑だ。戻ってから飲み直そうや」

 そう言って、有無を言わさず清算を始める。

 そういうことならと、エスメロードも覚束ない足取りで腰を上げる。

 

 「んん…!」

 自室に戻るや、エスメロードはジョージに抱きしめられ、唇を重ねられていた。

 だが、抵抗する気にはなれなかった。

 (ジョージならいいかもと思っていたし…。

 一回くらいなら…)

 そんなことを思いながら、ベッドに押し倒されるに任せる。

 現実逃避かも知れない。

 ただ、ぬくもりや人肌が恋しかっただけかも知れない。

 だが、それでもいいと思える。

 (辛いのはジョージも一緒だろうから…)

 ふとエスメロードは、ジョージが元はデウス領だったいわゆる“未回収のアキツィア”の生まれであることを思い出す。

 彼の生まれた地域と、核爆発に巻き込まれた場所は遠くない。

 ジョージが領土の割譲に際してアキツィア国籍を取得したとは言え、核攻撃によってかつての友人知人が失われたことに変わりないだろう。

 「ああ…ジョージ…」

 「エスメロード…」

 今は過去のことも先のことも考えず、獣のような交尾に身を委ねていよう。

 エスメロードジョージと肌を触れあわせながら、自虐的にそう思うのだった。


 後にデウス戦争と呼ばれる軍事衝突は、ついに一般人を巻き込んだ核攻撃という禁忌を犯す事態に発展していた。

 この時、誰もフランク大陸の、そして世界の未来に光を見ることはできなかったのである。


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