低軌道上の閃光
08
2018年10月3日
虹海海上。
ミサイル護衛艦“タンホイザー”ブリッジ。
「ええ、そうです。対空ミサイルによるレーザー衛星の破壊はまず不可能です」
艦長であるバーナード・カークランド二等海佐は、首都の幕僚部と通信していた。
『しかし、弾道ミサイルさえ撃墜可能なイージスシステムだ。
なんとかできんのかね?』
文民である防衛政務次官のあまりの無知に、バーナードはこっそり嘆息する。
「ですから、根本的に違うんです。
弾道ミサイルは打ち上げられた時点でその軌道を読み取ることが可能です。
最初から軌道上に浮いている衛星はそうはいきません。
しかも、デウス軍はなかなか切れる。
あえて噴射を弱くして、衛星に楕円運動をさせているんです。
これをやられると、対空ミサイルではお手上げです」
バーナードは可能な限り今の状況を単純化して説明したつもりだが、政務次官や幕僚たちには伝わっていないようだった。
推進剤の節約のために衛星が楕円運動をしてしまうことは、20世紀まではよくあったことだ。
当時は衛星への燃料補給は簡単ではなかったから、長く持たせるために電波の反射効率の低下に目をつぶることは仕方なかったのだ。
だが、デウス軍は今回それを作為的に起こした。
通常通り軌道に乗っている衛星を撃ち落とすのは、簡単ではないにせよさほどの難事でもない。
衛星が通過する軌道を読んで、その軌道に向けて対空ミサイルを撃ち込んでやればいい。
だが、楕円運動をしている衛星となると一気にハードルが上がる。
そもそも、対空ミサイルが地球の重力や風の影響を受けるのだ。
それらを修正しつつ、楕円軌道を描く衛星を撃墜するのは神業と言えた。
『イージス艦でだめなら、戦闘機の長距離ミサイルならどうかな?
戦闘機の速度なら、衛星を追いかけながら撃てるんじゃないか?』
『ああ、それは残念ながら不可能です。
ジェット戦闘機の上昇限度は頑張っても18,000メートルが限界です。
レーザー衛星は低軌道を秒速8キロで移動しているんです。
艦対空ミサイルとさしてかわりません』
政務次官の質問を、空自の幕僚が遮る。
実際、戦闘機で衛星に追いつこうなど、自転車でスーパーカーに追いつけと言われているようなものだ。
「みなさん。ことの重要性を認識して頂きたい。
こちらの偵察衛星が観測した結果では、レーザー衛星は現在冷却を行っているところです。
冷却が終われば次弾を撃ってくる。
次弾が撃たれれば、デウス領内の連合軍は壊滅です。
あるいは、ユニティアを出港した空母機動部隊が目標かも知れない。
いずれにせよ、そうなれば我々の負けです!」
脅しめいたバーナードの言葉に、幕僚たちが息を呑んだ。
想像しているのだ。レーザー衛星の次弾が放たれれば、有利だった戦況は一気にうっちゃられる可能性がある。
そうなれば、勢いづいたデウスはまた周辺諸国に攻め込むかも知れない。
また自国領土が蹂躙されることを怖れずにはいられないのだ。
自分たちの負けという物言いも、決して大げさではない。
『それで、冷却の完了までどのくらいかな?』
「赤外線反応の減少からして、軌道の再修正も含めてあと20時間というところです。
あるいはもっと短いかも知れない」
バーナードの返答に、幕僚たちはざわつきながら顔を見合わせる。
軌道上の衛星から地上は狙い放題だ。
高出力のレーザーを防ぐ手は今のところない。
20時間以内に衛星を無力化する以外に方法はないのだ。
だが、どうすればいいのか?
『策はあるのだろうね、カークランド二佐?』
「他力本願な策で良ければ…」
バーナードは言葉を選びながら話す。
もったいつけているわけではない。彼自身も、できればやりたくない手なのだ。
『つまり、核弾道ミサイルを低軌道上で炸裂させてレーザー衛星を破壊する。
他に方法はない。そう言うことだね?』
「おっしゃる通りです。参謀総長閣下」
防衛省地下のコマンドルーム。
防衛政務次官は、ユニティア首都アシュトンの国防総省を呼び出し、依頼を伝えていた。
当然、ユニティア軍の参謀総長は渋面を浮かべた
核兵器は抑止力こそ本来の価値だ。
できれば、低軌道上でとはいえ実際に使うなどごめん被りたいのだ。
『作戦立案者と直接話せるかな?』
「承知しました、すぐつなぎます」
政務次官の反応は早かった。
この辺はさすが政治家と言えた。
核兵器の使用という野蛮もきわまりない行為の責任を、立案者に押しつけたのだ。
『“タンホイザー”艦長、バーナード・カークランド二等海佐です』
『あいさつは省略しよう。
率直に問うが、核ミサイルでなければだめなのかね?』
『残念ながら、通常弾頭では威力が不足しています。
直撃させるのは絶望的となれば、核弾頭の爆発力をあてにするしかないかと。
さらに言えば、核弾頭炸裂時のEMP(電磁パルス)で衛星の電子機器やアンテナを破壊する効果も必要になります』
参謀総長に対するバーナードの返答は冷静で、ためらいがなかった。
核の使用という大それた行為をここまであっさりと献策できる。
どういうやつなのだろう?
傍らで聞いていた政務次官は思う。
『EMPと簡単に言うが…。
当然地上の友軍部隊もEMPの影響を受けてしまうぞ?』
『暗号通信で事前に通告しておきましょう。
電子機器のスイッチを切って、アルミのケースに入れておくだけでもだいぶ違いますから。
まあ、民間のパソコンや携帯電話はひどいことになるかも知れませんが』
バーナードがそれもやむなしとばかりに肩をすくめる。
『それにだ、この戦争で核が使われたという悪しき前例になる。
最悪の場合、これを口実にデウスも核を使うかも知れない』
『では申し上げましょう。
レーザー衛星は、宇宙に兵器を置くことを禁ずるヨークトー条約に違反しています。
デウスはこれまでのらりくらしとはぐらかしてきましたが、今回の攻撃でレーザー衛星が兵器であることは疑いがなくなりました。
禁忌を破ったのはあちらが先なのですよ』
バーナードの鋭い返答に、参謀総長は目を丸くする。
ヨークトー条約は、軌道上に兵器を置くことの禁止を定めた条約だ。
フランク大陸の国家のほとんどが批准している。
デウスの再軍備を認める事の代償として結ばれた条約だが、レーザー衛星を見る限り、デウスは最初から条約を守るつもりはなかったらしい。
そう主張すれば、核ミサイルによって排除する大義名分もある程度立つというわけだ。
『無線や携帯電話、衛星通信はしばらく全滅だな。
味方が危険だし、経済的な損失もかなりのものになる』
『おっしゃる通りです。
ですが、これが唯一の策です』
バーナードは天気の話でもするように返答する。
“唯一の策”という言葉に、すべてが凝縮されていた。
政務次官は、参謀総長が舌を巻くのがわかったような気がした。
参謀総長は、いくつもの戦争や紛争を戦い抜いてきた叩き上げだったはずだ。
その彼をして、バーナードの冷徹さとドライさ加減は驚嘆すべきものなのだ。
『あいわかった。
その策で行こう。早速弾道ミサイルの準備をさせる』
『ありがとうございます』
バーナードは短く礼を述べる。
本当は少しも嬉しくないのだ。
彼にも、核を使うことへの嫌悪感はある。
『カークランド二佐、君の家は名門だったな。
君も将来は政界進出を考えているのかね?』
『いえ閣下。
自分は政治家には向いていないと思っていますので』
バーナードの返答に、参謀長はふんと鼻を鳴らす。
『もったいないことを言うべきではない。
君が首相になれば貴国は安泰だ。
真面目に政治家の道を考えるべきだよ』
『恐れ入ります』
バーナードは肯定も否定もせずにそれだけ返答する。
『政務次官、お聞きの通りだ。
弾道ミサイルの発車時間は追って知らせる。
自軍に暗号通信で警告しておくがいい』
『承知しました。
よろしくお願いします、閣下』
その言葉を最後に通信は終わる。
コマンドルームに重苦しい沈黙が流れる。
これで良かったのか?
レーザーという苛烈な暴力に対して、核ミサイルというさらに残忍で危険な暴力で対処する。
戦争はそうやって歯止めが効かなくなって行くのではないか?
そんな懸念を、誰もが抱かずにはいられなかったのである。
フューリー空軍基地。
「なに、1800時?了解、作業を急がせる」
愛機であるF-15JとSu-35の対EMP作業をしていたエスメロードは、電話で伝えられた核ミサイルの炸裂の時刻を聞いて渋面を浮かべる。
残りの時間では、機体にアルミフィルムを被せるので精一杯。
格納庫に置かれているミサイル類は諦めざるを得ないかも知れない。
格納庫は一応核ミサイルのEMP対策はされているが、それだけで充分とは言えない。
「核弾道ミサイルによる衛星の破壊か。
発案したのバーナードだって?過激だな」
ジョージが作業の手を止めずに話しかけてくる。
「確かに唯一の策であるのは認めるけど、核が使われた前例になるのは間違いないわね」
エスメロードも、アルミフィルムを拡げながら応じる。
13年前の“フランク・レーマ戦争”でも、双方で何度も核の使用が取りざたされた。が、全面核戦争の可能性を懸念してそのたびに立ち消えになっていた。
目的が低軌道上での衛星の破壊であるとはいえ、ここまで簡単に核の使用が決定されるのは気持ちのいいものではない。
『全部隊、時間だ。
念のためサングラスをかけろ。核爆発を直視しないように注意』
基地内にアナウンスが流れる。
EMPが人体に悪影響を与える可能性は示唆されつつも、科学的には照明されていない。
ともあれ、普通に考えれば屋内にいた方が多少なり安全だ。
にもかかわらず、誰もが外に出て、サングラスや遮光板で目を守りながら空を見上げた。
やがて、空に小さいがまぶしい光が閃く。
核ミサイルとしては最大級のICBM(大陸間弾道ミサイル)であるため、低軌道上で亜炸裂しても肉眼で見えるのだ。
「しばらく携帯も無線も不通っすね」
「ええ、敵さんも同じだけど、不安ね」
リチャードの不安そうな言葉に、エスメロードも不安を隠せないまま応じる。
防衛省の試算では、4時間から8時間にわたって電波は使えないだろうということだった。
つまり、レーザー衛星が本当に無力化されたかどうか確かめる術がないのだ。
それから4時間。
機体を格納庫から出してスクランブル体勢を整えながら、誰もが一日千秋の思いで無線の回復を待っていた。
『衛星通信回復しました。
敵レーザー衛星は破損しています。なにかのガスの放出を確認。
恐らく推進剤もしくはレーザー発振用のガスと思われます。
無力化されたものと見てよし』
基地内のアナウンスに、割れんばかりの歓声が基地中に上がる。
エスメロードとジョージ、リチャードも肩をたたき合って喜んだ。
ついに核ミサイルが撃たれてしまった。
これからどうなるのか、不安で仕方がない。
だが、今は低軌道上からの驚異が排除されたことを素直に喜ぼう。
誰もがそう思ったのだった。
だが、誰もが予測していた。
この小さな勝利は、全ての終わりの始まりであると。
後にデウス戦争と呼ばれる戦いは、さらに混迷の度合いを深めていくのである。




