焦土作戦と虐殺と
03
流血の制圧戦はそのまま予定通りに行くかと思われた。
だが、ブラウアイゼン中心部が連合軍に接収されたところで予想外のことが起こる。
『こちらAWACS、デウス軍の航空隊が、工業地帯に爆撃をかけている』
「なに?」
エスメロードは一瞬耳を疑った。
だが、確かに遠目だがデウス軍が自分たちの工業を支えているはずのブラウアイゼンに空爆を行っているのが見える。
Su-24から爆弾がばらばらと投下され、地上の倉庫や工場が次々と紅蓮の炎に包まれていく。
『やつらなにを考えてる!?』
『おそらく焦土作戦だ。ブラウアイゼンが連合軍に渡るよりは、焼いちまう気らしい』
リチャードはあまりにも冷酷なやり方に憤慨していた。
いつも飄々としているジョージでさえ、声にいらだちと不愉快が混じっている。
『ニアラス!俺たちで止めましょう!デウスのやつらおかしくなってる!』
「任務外の行動だ。許可できない。私たちにはエアカバーという任務がある」
『キッド、聞き分けろ。これが戦争だ。殺すやつがいて死ぬやつがいる。それだけだ』
感情的になっているリチャードに対して、エスメロードとジョージは内心で憤慨しつつも冷静さを保っていた。
Su-24の部隊を撃墜することは可能だが、それでは友軍のエアカバーを放棄することになる。
軍人としてそれはできない。
ミサイルも機銃弾も無限にあるわけではないのだ。
『こちら第302中隊。
E地区の部隊は作戦終了後、F地区の部隊と合流しろ。
連合軍のやつらになにも残すな』
デウス軍の無線が、スクランブルもかかっていないオープン回線で聞こえてくる。
その内容は、彼らの焦土作戦があらかじめ綿密に計画されたものであることを物語っていた。
工業地帯を敵に渡さないという戦略目標のために、守るべき国民の虐殺もやむなしと開き直ったのだ。
フレイヤ隊は、ブラウアイゼンの住宅街が、恐らくはなんの咎もない民間人ごと燃えていくのを、指をくわえて見ているしかなかった。
『レーダーに新たな機影。
Su-34の部隊と思われる。おかしい。やつらは南西に進路を取っている。
そちらに工業地帯はないはずだが…』
E-767のオペレーターは、珍しく歯切れが悪かった。
だが、エスメロードはすぐになにが起きようとしているのか気づく。
「フレイヤ隊続行せよ!
やつらの狙いは空港と橋だ!」
『なんだって!コピー!』
『了解!やつらそこまでやるか!』
Su-34は高速で機動性も高い戦闘爆撃機だ。
先ほどのSu-25とは違い、敵制空権下でも充分に爆撃任務を果たせるだけの能力を持っている。
そして、加速力や機動性に余裕がある分、乱戦の中でも精密な爆撃が可能だ。
高速一撃離脱に徹するしかできない爆撃機とはわけが違う。
(そんなやつらが出張ってきたということは…)
エスメロードは最悪の確信を得ていた。
デウス軍は避難民ごと空港と橋を破壊するつもりだ。
ベルガ川にかかるデヴァイン大橋は、陸路の交通、物流を支える大動脈のような存在だ。
そして、ローゼリア空港はハブ空港としてデウスの空路の中心にある。
いずれも、連合軍に接収されれば痛手となる。
敵に渡すくらいなら破壊してしまう気なのだろう。
「FOX-2!」
『FOX-2』
『FOX-2』
フレイヤ隊3機が同時に99式を発射する。
エスメロードの予測通り、橋に向けてレーザーを照射していた2機のSu-34が爆発四散する。
残った2機は、攻撃を後回しにして回避行動を取る。
「逃がすか!」
Su-34は戦闘爆撃機とはいえ、戦闘機ベースの機体だ。
その機動性はSu-35をして、ついて行くの苦労するほどだった。
「FOX-3!」
ドッグファイトに業を煮やしたエスメロードは、機銃での攻撃に切り替える。
曳光弾を含んだ30ミリの銃撃が降り注ぐ。
Su-34の左エンジンから炎が上がり、錐もみ状態になって落ちていく。
『くそどもが!恥を知れ!』
左後方を振り返ると、リチャードがもう1機のSu-34を撃墜したところだった。
取りあえずの脅威は去った。
そう思ったのは甘かったらしい。
『ニアラス、ユニティア軍のF-15Eの部隊が接近してくるぞ!』
ジョージがそう言った意味は、エスメロードにすぐに伝わった。
おそらくユニティアも橋と飛行場を破壊するつもりだ。
フレイヤ隊はすぐに機首をF-15Eの部隊の方向に向ける。
「接近中のユニティア軍航空隊。
こちらはアキツィア空軍フレイヤ隊だ。
橋と空港への攻撃は認めない。
引き返せ。さもないと撃墜する!」
『なにを言っている?俺たちは味方だぞ』
『かまうな、はったりだ!予定通り攻撃開始する!』
こちらの本機を理解していないF-15Eの部隊は平然と進み続ける。
「やむを得んな。アールヴ、キッド、続け!」
『コピー』
『了解だ』
フレイヤ隊の3機はアフターバーナーを吹かして旋回し、F-15Eの部隊の後ろにつける。
そして、これ見よがしにロックオンしてやる。
「最後の警告だ!引き返せ、撃墜するぞ!脅しじゃない!」
『ふざけるな!ブラウアイゼンを徹底的に破壊するのが任務だ!』
『よせ。やつら本気らしい。ここは引くぞ。
だがフレイヤ隊、後でアキツィア防衛省と自衛軍に抗議するぞ。
首洗って待ってろ!』
1番機の捨て台詞とともに、F-15Eの部隊は撤退していく。
(あぶない所だった)
エスメロードはエアマスクを外して大きく息を吐く。
ミサイルの残弾は各機2発ずつ。
F-15Eが本気で反撃してくれば、勝ち目は微妙だった。
ともあれ、これで終わりではない。
そろそろ帰還しなければならない。が、眼下ではまだ避難民の車が橋に行列を作っている。
空港からは、民間の飛行機やヘリが避難民を乗せて飛び立っていく。
デウス軍かユニティア軍かは知らないが、また攻撃がかけられれば多くの避難民が犠牲になる。
エスメロードは無線を一般のオープン回線に切り替える。
「ブラウアイゼンの避難民、聞こえるか?
こちらはアキツィア自衛空軍フレイヤ隊。
車と荷物を捨てて北西へ逃げろ!このままでは敵と味方両方に殺されるぞ!」
『敵と味方に?どういうことだ?』
『まさかさっき来たから飛んできた戦闘機、橋を狙ってたのか?』
おそらくタクシーやバスの運転手が困惑気味に無線に答える。
「死にたくなければ急ぐことだ」
エスメロードはそれだけ言うと、無線を元に戻す。
「アールヴ、キッド。
作戦の責任は全て私にある。わかるな」
『水くさいっすよ。俺だってユニティアのやつらにレーダーを照射したんだ』
『そうとも。処罰されるなら一緒だ。
それに、いくらユニティアからの圧力があろうと、俺たちを切る余裕はアキツィアにはないさ』
せめて処罰されるのは自分ひとりに留めたいと思うエスメロードの言葉を、リチャードとジョージは遮る。
彼らの気持ちが、エスメロードには嬉しかった。
「わかった。ミッションコンプリート、RTB」
エスメロードの号令で、フレイヤ隊は機首を南に向ける。
下を見やると、避難民たちが車を捨てて徒歩で離脱していくのが見えた。
(少なくとも、彼らは救うことができた)
エスメロードは残酷な現実の中、せめてそう思いたかった。




