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再会と旅立ち

03


 2018年6月8日

 果たして、アキツィア空軍の傭兵パイロットとなったエスメロードが配属された先は、アキツィア南部のフューリー空軍基地だった。

 道を行く将兵たちが、エスメロードに忌避感と恐れの入り交じった視線を向けてくる。

 敬礼して一応背筋を伸ばすが、顔が引きつっている。

 (私どれだけ怖れられて、嫌がられているのよ?

 まあ…無理もないか…)

 エスメロードは軍にいたころの自分を思い出して嘆息する。

 有力貴族の娘であることと訓練成績トップを鼻にかけて、同輩や部下はもちろん、上官や教官に対してまで狡猾で横暴な女、いわゆる悪役令嬢だった。

 いや、前世の記憶を取り戻して自分を省みなければ、今でも悪役令嬢だったろうが。

 (好かれている方がおかしいか)

 なお、この国では大学の卒業資格を得るためには一定期間軍務につくことが義務づけられている。

 金持ちや貴族たちに対する規律引き締めが目的だ。

 高貴な者は国と民を守る責任を負う、ノブレスオブリージュを制度として定めているのだ。

 エスメロードも空軍に志願し、パイロットとして訓練を受けた。

 その恩恵もあり、大学を飛び級で卒業し、21歳で大卒として社会に出ることができた。

 (まあ、前世の記憶が戻る前はまた軍に復帰するなど思いもよらなかったけど)

 おそらく、軍での生活は針のむしろとなるだろう。

 だが、戦闘単位として戦いに参加したければ是非もない。

 「あの、すみません」

 背中をぽんと叩かれて、エスメロードは振り返る。

 若い整備空曹が、ボールペンを差し出して来る。

 「あなたのでは?」

 「いえ」

 エスメロードは首を横に振る。全く見覚えのないペンだった。

 だが、エスメロードは整備空曹の意図にすぐに気づくことになる。

 周りが自分を見て忍び笑いを漏らし始めたからだ。

 「なにかなこれは?」

 誰かがエスメロードの背中からなにかをはがし、差し出す。

 セロテープが貼られたA4のコピー用紙には、「お金貸して♡」と書かれていた。

 (嫌われてるな、私…。ついでに馬鹿にされてる)

 エスメロードは深く嘆息する。無理もない。

 貴族が傭兵になる理由は、往々にして落ちぶれて金が必要になっているというのが相場だからだ。

 (ま、否定しても仕方ないか)

 自分には信念があると自負はしても、家からは勘当され明日からは苦しい生活が待っている身だ。

 「どうもありがとう」

 振り返って、自分を恥から解放してくれた人物に礼を言う。

 「やっぱり君だったか、エスメロード。

 まさか本当に傭兵になってるなんて」

 そう言った、二等空尉の階級章をつけた男には見覚えがあった。

 「ジョージ、ジョージじゃないの。久しぶり。元気そうね」

 エスメロードの目の前にいたのは、ジョージ・ケインだった。

 焦げ茶の短い髪と深緑の目が特徴の長身の男。

 たしか、彼女と同じで傭兵パイロットだったはずだ。

 そして、小さいころは家族ぐるみのつき合いがあった、幼なじみでもある。

 戦争で彼の両親がなくなって、親戚に容姿に引き取られて以来疎遠になっていた。

 だが、手紙や電話のやりとりは続いていたのだ。

 ジョージの養家に遊びに行くことも。

 「驚いたわ。あなたもフューリー基地所属だったの?」

 「おいおい、聞いてないのか?

 君が率いる隊の2番機が俺だぜ?」

 ジョージの返答に、エスメロードは驚きと歓喜が入り交じった感情を抱く。

 実は、軍にいたころ、航空隊の助教がジョージだったのだ。

 操縦桿とペダルの使い方も知らなかったハナタレたちを、パイロットに育て上げたのはジョージだった。

 もちろんエスメロードも彼の教え子の一人だ。

 (ジョージの飛び方はすごかった)

 当時を思い出してエスメロードは血が熱くなるのを感じる。

 ジョージの飛び方は、無謀とも言える激しさでありながら、怖ろしく力強い。

 敵の攻撃も墜落も恐れることのない勇猛なマニューバは、パイロット訓練生たちのあこがれだったのだ。

 「なるほど、私があなたの上官てわけね。

 張り合いがあるわ」

 「俺も楽しみだよ。貴族のお嬢さんに務まるならだけどな」

 エスメロードに、ジョージは意地悪い笑顔で応じる。

 (まあ、大尉の階級、実力だけで勝ち取ったものじゃない自覚はあるけど)

 エスメロードは悔しくなる。

 航空アカデミー卒業と同時に21歳で大尉の階級を与えられたのは、訓練成績トップの賞詞の他に、自分が有力貴族のお嬢様であった恩恵だということはわかっている。

 「まあ、何はともあれよろしくね」

 「こちらこそ」

 そう言って、二人は悪手を交わす。

 エスメロードは、傭兵として軍に志願して初めて希望を持った。


 が、エスメロードの希望は、格納庫で受領した機体を見て落胆に変わる。

 「私を殺す気!?」

 エスメロードは主計大尉をにらみつけて噛みつく。

 「やむを得ないんだ。

 廻せる機体には限りがあるからね。それに、君はこの基地では一番の新米だ。

 申し訳ないが今は機体はこれくらいしかない」

 主計大尉は憮然とした顔で言う。

 エスメロードにあてがわれた機体は、旧式のF-5Eだった。

 小型軽量かつ保守整備も用意で、実績のある機体ではあったが、いささか古い。

 それに、機体が小さいため兵装の搭載量も限られる。

 当然操縦系統もアナログだ。

 21世紀の戦場で一線級の戦力になり得る機体ではなかった。

 「エスメロード、仕方ないよ。

 乗れる機体があるだけましだ。それに、心配しなくても俺が守ってやるよ」

 横から話に割り込んだジョージに、エスメロードはむっとする。

 「馬鹿にしないで!自分の身くらい自分で守れるわよ!」

 啖呵を切ってから、エスメロードはしまったと思う。

 それは、機体に文句は言わないという言質を取られてしまったことを意味した。

 「では、この機体で飛ぶことに問題はないな?」

 ジョージがにやりとしてそう言う。

 (やられた)

 昔からこれがジョージの得意技だった。

 相手を口車に乗せて丸め込む。

 (彼をそれなりに知っていたはずなのに、引っかかった私は間抜けか)

 エスメロードは、年代物のF-5Eで飛ぶ腹を括らざるを得なかったのだった。


 2020年6月15日


 ユニティア連邦首都、アシュトン。

 インターネット放送局“ライズインフォ”オフィス。

 「デスク。取材の許可を下さい。

 デウス戦争には謎の部分が多い。にもかかわらず、誰も突っ込んで調べようとしない。

 知りたいんです。あの戦争でなにがあったのか」

 記者であるマット・オブライアンは、直属の上司であるデスク、ピーター・ロッドマンに談判していた。

 「マット、あの戦争は微妙な問題だと言うことはわかっているだろう」

 ロッドマンの反応は芳しいものではなかった。

 それは予想がついたことだ。

 「では、なにも調べず報道もしないんですか?

 多くの人間の関心事のはずです。僕たちはジャーナリスト。調べる義務があるはずです」 

 そこでマットは一度言葉を切る。

 「分けても、この"龍巣の雷神"と呼ばれるエースパイロットです。

 戦果は記録されていて、当時のメディアも盛んに報道していた。

 にもかかわらず、人物像が全くつかめず、どこを調べても公式な記録がない。

 おかしいと思いませんか?」

 必死の訴えは、通じたかに思えた。

 が...。

 「会社としては許可できない」

 ロッドマンのにべもない返事に、マットは落胆する。

 大卒で入社二年目。いくつか特ダネもものにして、ようやく自分の裁量で取材ができるようになってきた。

 彼が大学在学中に起きた、デウス戦争の暗部にも迫れるかと期待したが、空振りだったらしい。

 いったいどうなっているのか。

 マットは思う。

 ロッドマンは外圧に屈しないジャーナリストとして名をはせた人物だ。

 その彼が、こうも真実を求めるのに消極的な理由とは。

 「…?」

 だが、突き返された企画書の上に乗せられていた一枚のメモに気づく。

 お世辞にもきれいとは言えない字で、「喫煙所に来い」と書かれていた。


 「会社として許可できる企画じゃない。

 取材を始める前に必ず横やりが入る。そして、メディアってのは広告収入を断たれたらそれまでなんだ」

 喫煙所で、ロッドマンは煙草に火を付けながら淡々と言う。

 「しかし、だからだめなんですか?」

 「最後まで聞け」

 ロッドマンはマットの言葉を遮る。

 「俺個人がバックアップしてやることはできる。

 上には資料が揃うまで内緒にしてな」

 マットは、一瞬ロッドマンの言葉の意味がわからなかった。

 報道の自由を建前にしていても、メディアは上意下達の組織だ。

 上がだめといえばそれまでなのだ。

 まして、ほうれんそうを怠り、独断専行するのはもっとまずい。

 取材の成否に関わらず、ロッドマンも自分もただではすまないはずだった。

 「びびったか?

 怖いなら、この話はなしだ。その程度の覚悟でやれるもんじゃない」

 「いえ、やらせてください」

 マットは即答していた。

 ロッドマンがチャンスをくれたのだ。

 びびっていないと言えば嘘になる。だが、ジャーナリストとして、ここで引くわけにはいかない。

 「いい度胸だ。

 すまんが、お前さんに取材の途中でなにかあったら、会社は知らぬ存ぜぬを決め込まざるを得ない。

 だから注意しろ。連絡を絶やすな」

 ロッドマンの言葉は、脅しでも何でもない。

 本当に真実を暴く気なら、身の危険を覚悟しなければならないのだ。

 「はい、早速取りかかります。

 ありがとうございます、デスク!」

 そう言って、マットはヤニ臭い喫煙所を後にする。


 翌日、彼は早速出張を申請する。

 もちろん、表向きは国内の当たり障りのない取材ということになっている。

 だが、彼の向かう先は、デウス戦争の深淵だ。

 「よし、忘れ物なしと」

 マットは取材に必要な物がスーツケースに積み込まれていること、パスポートと飛行機のチケットが揃っていることを確認する。

 そして、空港への長距離バスに乗り込むのだった。



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