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蘇る記憶

02


 話は、マット・オブライアンがジョージ・ケインに取材をした時から2年あまり遡る。


 2018/6/1

 アキツィア共和国首都。ヨークトー。

 「エスメロード!お待ちなさい!

 母様は絶対に認めませんよ!」

 「止めないで、母様。私はもう決めたの。

 私ももう子供じゃない。自分の身は自分で守れるわ」

 アキツィアでも有力貴族であるライトナー候爵家では、押し問答が響いていた。

 母親であるドリスと、次女であるエスメロードが怒鳴り合っているのだ。

 「あなたの身柄の問題ではありません!

 名誉あるライトナー家の娘が傭兵になるなど、許されないわ!」

 「母様、もうすぐ戦争になる。

 ここで座っていたら敵に蹂躙されるだけですわ!

 一番早くパイロットになれる方法は、傭兵パイロットとして登録することなのよ!」

 議論は平行線だった。

 アキツィアやその周辺の国家では、傭兵は忌み嫌われている職業だ。

 貴族の家から傭兵となった者がいるなど、家ぐるみの恥だ。

 「もういい!」

 家長であり、エスメロードの父であるジェラルドの声が響く。

 (わかってもらえたかしら?)

 そう思ったエスメロードの考えは甘かった。

 父は、怒りで鬼のような形相になっている。若いころはイケメンだったのに最近すっかり老け込んだが、怒るとさらに年寄り臭く見える。

 「傭兵にでもなんでもなるがいい!

 その代わり勘当だ!二度と家に戻るな!」

 「わかりました」

 エスメロードは即答して、スーツケースを引いて出て行く。

 母が呼び止める声が後ろから聞こえるが、エスメロードは聞いていなかった。

 (勘当されようと、私にはなすべきことがある)

 そう断じ、長距離バスのターミナルに急ぐのだった。


 バスの車中。

 エスメロードは今の状況を手帳に書き出していく。

 まず、隣国のデウス公国は戦争状態にある。

 交戦の相手は東に位置するユニティア連邦と、南西のイスパノ王国だ。

 アキツィアとは、不可侵条約を結んで国交も続いている。

 (しかし、それも後2週間)

 エスメロードは手帳のカレンダーの日付に○をつける。

 デウス公国は不可侵条約を破棄し、アキツィア共和国に軍事侵攻をかけてくる。

 ユニティアとイスパノの戦線が停滞し、予定通りに制圧を行うことが困難になっているからだ。

 ある戦線が膠着して国民に厭戦気分が拡がることを怖れて、別の戦線を開いてしまうことはよくある話だ。

 自分は仮にも予備役ながら軍籍を持つ身だ。

 なにもしないわけにはいかない。

 というより、アキツィアは緒戦では敗北を重ねるだろう。このまま首都にとどまっていたらどうなるかわからない。

 (そうであれば、自分も戦闘単位のひとつとなるべし)

 それが、エスメロードが軍に復帰を決めた理由だった。

 バッグから、PMC(民間軍事会社)シルバーレインとの契約書と社員証を取り出して、内容を確認する。

 言うなれば傭兵として働く契約書だ。

 (稼げないとたちまち食い詰めてしまうけど、仕方ないか)

 アキツィアでは、軍に参加するためには二通りの方法がある。

 一つはふつうに正規軍に志願すること。軍籍を持つ者なら、現役復帰という形になる。

 もう一つは、PMCと契約を結び、傭兵として派遣される形で軍に参加することだ。

 後者は前者に比べて危険とデメリットが多い。

 傭兵というのは雇用ではないから、着手金として最低限の費用を受け取った後は、結果しだいなのだ。

 作戦にもよるが、作戦を成功させられなければ報酬はない。

 加えて、傭兵は身分保障が乏しい。引退する時も退職金も出ないし、怪我をしたり戦死したりした場合の補償も、正規軍よりかなり落ちる。

 なにより、傭兵というのは怖れられはしても敬われることはない。戦果をあげようと、誰からも賞賛されないのだ。

 (まあ、金をもらって人を殺す職業、血に群がる野獣と軽蔑されているから当然)

 エスメロードは思う。

 だが、彼女が戦闘単位として参加するためには、傭兵として軍に入る他はなかった。

 (なぜなら、私はパイロットだから)

 エスメロードが自分のパイロットとしての技能を活かそうと思えば、選択肢はない。

 現役復帰して正規軍に参加するには時間がかかりすぎる。

 再訓練を受けて法的な手続きを踏んで、乗る機体が廻されてくるのを待って。

 そんなことをしている間に、祖国は負けているかも知れない。

 一方、PMCであればその辺は早いのだ。

 なんと言っても、戦時にPMCに求められるのは即戦力の確保。

 要するに、腕に覚えのある傭兵を軍に素早く供給することだ。

 そこに望みをかけて、三ヶ月前に家族にも内緒でPMCの面接を受け、契約を結んだのだ。

 パイロットとして飛んでいたのはつい1年前だ。技術は鈍っていない。

 (まあ、ばれたときは大騒ぎになったけど)

 特に貴族の体面を重んじる両親にしてみれば、娘である自分が傭兵になるなど問題外であったろうから。

 ともあれ、軍に派遣される契約は締結され、機体も与えられることが決まっている。

 取りあえず、デウス軍の軍事侵攻が始まった時に戦える準備はできそうだ。

 (私は、座してやられる気はない)

 エスメロードは、窓の外に流れる街の風景を見ながらそう思う。

 この町も、あと二週間で戦果に見舞われるのだ。

 そうなったとき、自分は戦える立場でいたい。そう思うのだ。


 さて、なぜエスメロードが二週間後のデウス軍の軍事侵攻を知っているのか?

 (それは、私が前世の記憶を取り戻したから)

 信じられないことだが、前世の記憶では後二週間で戦争が起こるのだ。

 始まりは四ヶ月前のことだった。

 貴族の娘たちが集まる社交界で、例によって他の女の悪口を肴に酒を傾けていたとき、エスメロードは頭に雷が落ちたような感覚に襲われた。

 (ここはアキツィア共和国…私はエスメロード…でも…)

 自分は前世では21世紀の日本に生きていた。

 ともあれ、転生したということは死んだのだろう。

 (でも、問題はそこじゃない。この世界は…)

 エスメロードが今いる世界は、前世でやり込んでいたフライトシューティングゲーム、“エースガンファイト・ゼロ”の世界だった。

 そして、自分が今いるのはアキツィア共和国の首都、ヨークトー。

 (大変!)

 自分の記憶が確かなら、隣国で戦争が始まっているのを尻目に平穏でいられるのは後四ヶ月。

 2018年6月、デウスは不可侵条約を破棄してアキツィアに戦線布告。

 そのまま攻め込んでくる。

 現世での自分の知るこの世界の歴史は、前世でやり込んだゲームの歴史とおおむね一致する。

 このままでは、自分も戦火に巻き込まれるだけだ。なにもできないまま。

 エスメロードは急用を理由に社交界を辞すると、今後のことを考え始めたのだ。

 (しかし参りましたわね…記憶が断片的で、全部思い出せていない…)

 これから起きることを全部知っていれば、家族を連れて逃げのびることも可能かも知れない。

 だが、エスメロードの前世の記憶は部分的にしか蘇らなかった。

 (ともあれ、これから戦争が起こると知っているだけでも違ってくる)

 これからどうすべきかを、この世界、自分の状況と照らし合わせて検討する。

 結果、パイロットである自分が戦力となれる一番手っ取り早い道である、傭兵パイロットとなることを選択するのである。



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