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インタビューヨークトー

05


2020年6月30日

 アキツィア共和国首都、ヨークトー。

 芸能プロダクション、873プロ。

 いかにも芸能事務所という感じの社屋の中、マット・オブライアンは、応接室に通されていた。

 「ナタリア・“サンガー”・マンシュタイン。

 元デウス国防空軍第3航空師団第37航空隊、通称トパス隊4番機。

 彼女はヨークトーの空で“雷神”と戦った。

 そして、今もそこにいる。

 アイドルとして」

 マットはレコーダーに紹介の言葉を吹き込んでいく。

 目の前に座る若い女は、とても以前デウス空軍のエースパイロットの一人だったとは思えない。

 現在22歳。美人でひっそりとした、芸能人と言うにはずいぶんと控えめな印象の女性。

 明るいなめらかな茶色の髪と、整った顔立ちは巨匠が描いた絵と言っても通用しそうだ。

 ともあれ実際、最近アキツィア国内での人気はうなぎ登りだ。

 マットがここに来る途中、彼女のポスターけっこうな頻度で見かけた。

 (やはり、戦闘機パイロットには見えないな)

 マットはそう思う。

 ナタリアは、窓の外を見ながら語り始める。

 「今日は、わざわざ事務所までありがとうございます。

 あれからもう2年経つんですね。

 あの日のミサイルアラートが、まだ耳に残っています」

 そう言って、ナタリアはマットに向き直る。

 「ここで“雷神”と戦うことになったいきさつをうかがえますか?」

 マットはメモを取りながら聞いていく。

 「あの日、イスパノ戦線からの帰投中、急に空中給油を受けてヨークトーへ飛べと命令が下ったんです。

 あのころの戦況ではよくあったことです。

 デウス軍は、その戦力に対してあまりに戦線を拡げすぎてしまった。

 補給も整備も休憩もままならず、飛び続けていた。

 そして、訓練成績や撃墜数で優れる部隊には優先的に困難な任務が廻ってくる。

 私の所属していたトパス隊もそうでした」

 当時を思い出したのか、すこしナタリアは表情を曇らせる。

 「今でも信じられない気分ですね。

 士官学校在学中からパイロットとして訓練を受けて、飛び級で卒業。

 実戦で使えると判断されたら即部隊配備でした。

 デウス戦争の開戦まで実戦経験なんかなかった。なのに命令通りに戦っている内に、気がついたらエースと呼ばれるだけの撃墜スコアをあげていたんです」

 ナタリアの表情は複雑だった。 

 彼女は本当は戦いが好きではないのだろう。そう直感する。

 だから、エースと呼ばれても喜ぶ気になれない。

 「そして、この空で彼女に出会った?」

 「そうです。

 うわさに聞いていたMig-29とF-15Jのコンビ。

 私は隊長に撤退を進言しました。

 すでに駐留軍はヨークトーから撤退済み、味方の航空隊も壊滅していました。

 戦う意味があったとは思えなかった。

 でも、隊長は撤退を認めなかった。

 デウスのプライドにかけてあの2機を落とすんだと、戦端を開いたんです」

 ナタリアは一度言葉を句切り、コーヒーを口に含む。

 「形容する言葉を失う強さでした。

 味方はほとんど一方的に落とされ、ついに隊長までも…。

 最後の1機になった私は、必死でSu-35を駆りました。

 でも、“雷神”の方が一枚も二枚も上手だった。

 なんとか後ろを取ったと思ったのに、まるで背中に目が着いているかのようにミサイルはかわされた。

 そして、気がついたらこっちが後ろを取られていた。

 ロックオン警報が鳴り響く中で、奥の手も破られ、私は落ちていました。

 ペイルアウトできたのが奇跡に思えます」

 それまで表情が硬かったナタリアは、柔らかく微笑んだ。

 首の皮一枚で生き残れたことを思い出したのかも知れない。


 マットは、事前に調べたナタリアの経歴をざっと思い出していた。

 貴族であり軍人の家系に生まれるが、男子を欲していた彼女の家は、生まれてきたのが女の子であったことにたいそう落胆したらしい。

 ナタリアは、軍人、それもパイロットとなるべく幼いころより厳しく育てられた。

 若干20歳で士官学校を飛び級で卒業し、パイロットとなったのも、家の教育の結果だったという。

 そこに彼女の意思はなかった。

 生まれたときから篭の鳥であり、家の人形と自分を規定していた彼女は、その過酷な人生に文句一ついうことはなかった。

 だが、このヨークトーの空で撃墜されて、心境に変化があったらしい。

 「ペイルアウトして街に降りた後、途方に暮れました。

 ここは今や敵地のど真ん中。そして私はデウスの国旗の着いた飛行服を着ている。

 そんなとき、一人の男性が声をかけてくれたんです。

 “どうしたんだい?怪我をしてるのか?”って。

 “ここで待っていなさい”と言われたとき、もう終わりだと思いましたね。

 警察かアキツィア軍に突き出されるんだって。

 でも、しばらくして戻って来た彼は、私にビニール袋を渡してくれました。

 服と食べ物を買ってきてくれたんです。

 “どうして?”と聞いたら、“女の子が困ってるんだ。放っておけない”と言ったんです。

 ちゃんとお礼を言いたかったのに、彼は名前も言わずに去って行った。

 彼の買ってきてくれた服を着て、私は身分を隠して自衛軍の病院に行きました。

 なぜか、デウスに戻ろうという気にはなれなかったんです」

 ナタリアは“勝手な話かもですけど”とはにかむ。

 孤立無援になってしまったが、逆に言えばもう誰も自分になにかを強制しないということだ。

 彼女は皮肉にして、敵地で孤立して初めて自由になれたのかも知れない。

 そのあとは、元々飛行服に身につけていた現金を元手にしてヨークトーで生活を始めた。

 いくつかのアルバイトを掛け持ちして、週末はヨークトー駅の前でギターを弾きながら歌って。

 元々歌が好きで、“サンガー”というTACネームも歌がうまいことからついたそうだ。

 いつしか、週末のたびに駅前に彼女の歌を聴きに大勢の人間が集まるようになった。

 自信をつけた彼女は、この873プロのオーディションを受けに門を叩いた。

 「なんと、そこで会ったのがあの日私を助けてくれた男の人。

 プロデューサーだったんです。

 不思議な気分でした。彼は私が歌が好きだなんて知らないはずだったのに」

 ナタリアは満面の笑みになる。

 運命を感じた、とばかりに。

 ナタリアは、隠しても仕方ないと、事務所の関係者に自分はデウス空軍のパイロットであったことを告白した。

 最初は、警察と軍に事情を話すべきではないかという意見もあったらしい。

 だが、プロデューサーの、“きれいな歌が歌える人間に悪い人間はいない”という鶴の一声で、受け入れが決まったそうだ。

 以来、彼女はプロデューサーと二人三脚で芸能界を駆けている。

 「私は自分の望む生活を手にしました。

 彼女、“雷神”のお陰かも知れません。

 ペイルアウトして降りた場所がこの街でなかったら、今の毎日はなかったでしょうから。

 でも、この場所に隊長たちの姿はなかった。

 オーディションを受けるまでは、トパス隊の痕跡を探し回っていたんです。

 でも、脱出したという話も、捕虜になったという話も聞かなかった」

 外では、G線上のアリアがスピーカーから流れ始める。

 時計を確認すると17時だった。

 「首都解放を祝って、毎日17時にG線上のアリアが流れるんです。

 平和と安らぎの音色です。

 デモ私には、鎮魂歌に聞こえます…」

 ナタリアの表情がにわかに哀しげになり、涙が溢れ始める。

 マットは、かける言葉を失っていた。

 「ごめんなさい。取り乱してしまって…」

 「いえ、こちらこそ、辛いことを思い出させてしまったみたいで。

 でも、当時のことを聞けて、大変参考になります。ありがとう」

 ナタリアは、涙を拭うと精一杯の笑顔になる。

 「いいえ、たまには当時の話をするのもいいものです。

 聞いて頂けるのも嬉しいですから」

 彼女の笑顔は、もう大丈夫と言っていた。

 「ひとつお聞きしてもいいでしょうか?

 18年のクリスマスイブのことです。衛星が落下した。

 それも1つではなかった。

 なにかご存じありませんか?」

 マットは思い切って質問をぶつけてみる。

 2年前のクリスマスイブのことをこの2日、いろいろ調べて見た。

 するとなんと、アキツィア自衛空軍フューリー基地で、燃料の火災による大規模な爆発があったと、小さくだが報道されていた。

 イノケンタスに衛星が落ちた日に、フューリー基地で火災。

 偶然にしてはできすぎている。

 「ご存じでしたか。

 忘れもしない。最悪のクリスマスプレゼントでした。

 皿洗いのアルバイトが一段落したときでした。外で、みんなが南を見ながら騒いでいたんです。

 外に出てみて信じられない気分になりました。

 燃えながら白く光るものが、ものすごい速さで南の方に落ちていくんです」

 「それは報道されなかった?」

 「はい。ほとんどの大手マスコミは全く触れていませんでした。

 触れている記事があっても、事故と伝えていました。

 あれだけ多くの人が落下するのを目撃していたにもかかわらず。

 おかしいと思いましたね」

 マットはナタリアの言葉をメモにまとめていく。

 いよいよ、自分はデウス戦争の隠された部分に足を踏み入れつつある。

 そう感じる。

 “覚えておけ。知ったら戻れなくなるぞ”。上司のロッドマンの言葉が、双肩にのし掛かる。

 「オブライアンさん、あなた、デウスにも行くのでしょう?

 よろしければ、帰りにまたここに寄っていただけないかしら?あの国がいまどうなっているのか知りたいんです。

 捨ててしまった祖国ですけど、気にならないと言えば嘘になります」

 「その程度ならお安い御用です。

 たくさん土産話を持って寄らせていただきます」

 その言葉を最後に、取材は終わる。

 「できることなら、あなたの番組を見てみたい。

 衛星の落下が報道されなかったことと言い、あの戦争には謎が多すぎます。

 あなたの取材が、葬られてしまった真実、歴史を明らかにすることを祈っています」

 ナタリアとマットは握手を交わす。

 外では、わずかに日が傾き始めるヨークトーの街に、G線上のアリアがまだ響いていた。

 彼女“雷神”もこの音色を聞いていたに違いない。

 マットは、自分が“龍巣の雷神”と呼ばれた女傑に近づきつつあると感じた。

 同時に、“戻れない”領域に踏み込みつつあることも。


 ナタリア・マンシュタイン。

 戦いと敗北の果てに、異国の地で自由を得た女性。

 今彼女は、すべき事ではなく、したいこと、すべきと思ったことをしている。

 解放された篭の鳥は、その歌声で今日も多くの人を魅了し続けている。


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