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黄昏を駆ける翔鶴

04


 それから1時間ほどは、周囲の空に敵影は全く見られなかった。

 が…。

 『こちらAWACS。西北西に新たな機影を確認。

 デウス軍の増援と思われる。

 フレイヤ隊、交戦せよ』

 「ち、飯ぐらいゆっくり食わせろ」

 空中給油を受けながら食事をしていたエスメロードは、チキンバーガーを紅茶で流し込むと、受油ブームを収納し、機首を北に向ける。

 『反射パターン照合。

 やばいぞ。敵はSu-35。しかも4機いる』

 最悪のニュースに、ジョージが口笛で応じる。

 『どうするニアラス?

 いったん引くか?』

 Su-35はかなりの高性能機だ。一方でレーダーの反応からして、対地兵装を装備している気配はない。

 先だっての攻撃隊と違い、首都に対して危険は少ない。要するに、無理にエアカバーをしなくてもいい。

 ジョージはそう言っていた。

 そして、指揮官であるエスメロードは、その選択権を持つ。

 「いえ、こちらのヘリが危険だ。

 交戦するぞ」

 チキンバーガーの包装紙をダストボックスに放り込み、エスメロードはミサイルの安全装置を外した。

 首都上空には陸自のヘリが飛んでいる。彼らを危険にさらすわけにはいかない。

 味方の航空隊は、他の戦線に出払っている。

 フレイヤ隊だけでなんとかするしかなさそうだ。


 デウス国防空軍第3航空師団第37航空隊、通称トパス隊。

 翼端を黄色に塗装した、4機のSu-35で構成される飛行隊はヨークトーを目指して南下していた。

 『Mig-29とF-15Jの部隊がいる。

 全機、交戦準備!サン・オリヴィエ島の仇を取るぞ!』

 1番機であるカール・ベッカー少佐、TACネーム“メッサー”(刃)は勇んでいた。

 友軍を撃墜して名をあげた部隊を見つけたことに高揚しているらしい。

 『隊長、具申します。

 首都から友軍は撤退済みです。無理な戦闘は避けて引き返すべきでは?』

 4番機であるナタリア・マンシュタイン中尉、TACネーム“サンガー”(歌い手)は意見を上げる。

 イスパノ方面戦線からの帰還途中、突然空中給油を受けてヨークトーに飛べと命令を受けたのだ。

 ミサイルの残弾も少なくはないまでも、充分とは言えない。

 なにより、作戦目的は友軍のエアカバーだったはずだ。

 友軍が撤退済みなら戦う意味がない。

 『サンガー、憶したか?

 やつらを見逃せばまた味方が落とされるんだ。

 デウスのプライドにかけて、あの2機を落とす!

 交戦だ!』

 『サンガーコピー』

 マンシュタインは、それ以上言い張ることをしなかった。

 隊長であるベッカーがそう言うなら、自分たちは戦うだけなのだ。

 若干20歳、つい半年前まで士官候補生だった身であっても、今は正規のパイロットだ。

 命令とあれば是非もない。

 4機のSu-35は、アフターバーナーを吹かしながらヨークトーへと向かった。

 

 フレイヤ隊とトパス隊は、それぞれちょうどヨークトーを挟んで東と西の位置関係だった。

 そのため、戦闘は市街地上空にもつれ込んでしまう。

 「FOX2!」

 『FOX2!』

 フレイヤ隊の2機は、ロングレンジで99式空対空誘導弾を発射し、併せて回避運動に入る。

 すぐに敵の対空ミサイルが飛んでくるが、機動性の高いMig-29とF-15Jに追従するには距離が遠すぎた。

 『敵機1機撃墜!』

 『ちっ!外したか』

 E-767からの戦果報告に、ジョージが舌打ちする。

 命中したのはエスメロードの放った99式だった。

 3機となった敵部隊は、散開して横に回り込もうとする。

 「遅い!」

 だが、エスメロードはHUDにSu-35の1機を捉え、至近距離でAIM-9を発射する。

 旋回して回避しようとする動きは間に合わず、Su-35は火の玉と化した。

 『トパス3がやられた!』

 『落ち着け!連携を維持せよ!』

 オープン回線で怒鳴り合う声の一方は、若い女のものだった。

 『おいおい、最近の軍隊は女に頼りすぎじゃないの?』

 「アールヴ。天に唾吐いてるぞ」

 ジョージの軽口を聞きとがめたエスメロードだが、内心は忸怩たるものがあった。

 まだ若い感じの声だ。

 自分が言うのもなんだが、軍人、しかも戦闘機パイロットなんて下世話な仕事をしなくてはならないとは思えない。

 学業、趣味、恋愛。若い女がそういう当たり前のものを捨てて、ミサイルや爆弾をしょって飛ばなければならない。理不尽なものを感じずにはいられなかった。

 「ちょろちょろと…。こいつで!」

 エスメロードは敵の隊長機をいったんやり過ごし、ひねり込みから上につける。

 対Gスーツが身体に食い込む。骨や筋肉が悲鳴を上げるが、これくらいやらずして落とせる相手ではない。

 上を取られた隊長機は急降下して回避しようとするが、空しくAIM-9に食らいつかれる。

 一瞬前まで優美なシルエットをしていたものが、焼けた鉄の塊になって落ちていく。

 『隊長―っ!』

 最後に残ったSu-35から若い女の声が聞こえる。

 「アールヴ、挟み込むぞ!」

 『コピー!』

 エスメロードは自分の後ろを取ろうとするSu-35にあえて自分を追わせる。

 『ミサイルアラート』

 対空ミサイルが放たれるが、ビル街の上を低く飛ぶことでやり過ごす。

 ビル風にあおられる上に、レーダーがビルに乱反射して目標を見失ったミサイルは、空しく迷走する。

 「うおおおおおおおっ!」

 そのままMig-29はアフターバーナーを全開にして旋回。

 一転してSu-35の後ろにつける。

 肺がつぶれ首がもげそうになるが、日頃の訓練の成果で操縦に危なげはない。

 背後に着いたF-15Jに気を取られていたSu-35は、反応が遅れる。

 『後ろに着かれた!』

 Su-35のパイロットが黄色い悲鳴を上げる。

 だが、エスメロードは先を読んでいた。

 これで終わりではない。このパイロットはまだ奥の手を隠していると。

 そして、その読みは当たる。

 『FOX-2』

 Su-35の主翼に、後ろ向きに取り付けられていた対空ミサイルが発射されたのだ。

 「子供だましが!」

 だが、エスメロードは後ろ向きに放たれたミサイルをバレルロールでかわす。

 『まずい…!』

 Su-35のパイロットは、チェックメイトされたのを悟った。

 Mig-29を正確に後ろに捉えるために、直線機動を取っていたのだ。

 後ろに着いているがわからすれば、またとない的だった。

 「FOX-2!」

 Mig-29が放ったAIM-9がSu-35のエンジンに着弾し、盛大に炎を吹き上げる。

 一瞬だが、パイロットがペイルアウトするのをエスメロードは見た。

 (長生きしなよ)

 胸の内にそうつぶやく。

 まだ若いのだ。こんなところで死ぬいわれはない。

 『こちらAWACS、首都上空に敵影なし。

 フレイヤ隊、作戦終了。帰還せよ。よくやってくれた』

 「フレイヤ1了解。

 ミッションコンプリート。RTB」

 エスメロードはそう応じて、Mig-29を飛行場へと向けるのだった。

 シャワーを浴びたい。そう思った。


 この日、2018年8月15日夕刻。

 アキツィア共和国首都、ヨークトーは解放される。

 奇しくも独立記念日だった。

 都民たちは、首都が自分たちの手に戻ったことに歓喜するのだった。

 もちろん、首都奪回に全力を尽くしたアキツィア自衛軍将兵たちも。


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