山脈制圧戦
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2018年8月14日
アキツィア自衛軍は、敗走するデウス国防軍を追跡して北上していた。
アキツィア共和国中部を一望できるトルマラ山脈。
デウス軍は山脈の高台に砲兵師団を配備して、アキツィア軍に備える。
当然のようにアキツィア軍は山脈の奪還を試みる。
トルマラ山脈がアキツィア戦線の天王山となる。
ここを獲った方が勝利を確実なものとする。両軍とも不退転の決意だった。
早朝。
アキツィア自衛軍の合同司令部では、現場指揮官会議が行われていた。
「最終的には、陸自の普通科が山脈の要所を制圧することが必須です」
エスメロード・ライトナー一等空尉の言葉に、他の幹部たちは言わずもがなという顔になる。
空爆や砲撃でいくら敵の陣地をつぶそうと、再建されてしまえば元の木阿弥だ。
こちらの陸上部隊を常駐させて、敵が二度と近づけないようにする必要がある。
「それはわかっているとも。
問題は、最大標高2800メートルの場所にどうやって普通科を送り込むかだ」
陸自混成部隊の指揮官、ケン・クーリッジ一等陸尉が返答する。
24歳。黒髪に琥珀眼、やや童顔のイケメン。
一見軽薄そうで、ナンパ男という評判だが、指揮官としては一流だ。
「ヘリボーンでは苦しいですか…」
エスメロードは天井を仰いで嘆息する。
ヘリは一般に高度が高くなるほど安定が悪くなり、危険になる。
ローターで下に向けて送り込める空気が少なくなり、揚力が小さくなるからだ。
陸自が用いているCH-47JAの最大上昇高度が2670メートルだから、ヘリボーンは絶望的だった。
さらに悪いことに、デウス軍は標高2800メートルの尾根に弾道ミサイルを苦労して運び上げ、発射態勢を整えている。
(これらが一斉に火を噴けば、こちらの地上部隊が壊滅することになる)
エスメロードは懸念する。
その弾道ミサイルのせいで、今のところアキツィア軍の陸上部隊はトルマラ山脈に近づけずにいる。
「まあご安心を。
空さんに心配してもらわなくても、山脈の制圧は石にかじりついても成功させる。
問題は弾道ミサイルと敵の砲兵隊だな。
そちらの破壊はお任せしたい」
「もちろんです。弾道ミサイルはこちらで責任を持ちます」
エスメロードは即答する。
険しい山脈に、陸自がどのように上って制圧するのかは、考えないようにする。
餅は餅屋に任せておくに限る。
「よし、では各部隊の役割は決まりだな。
再確認だが、弾道ミサイルが発射された場合はミサイル護衛艦が受け持つ。
陸自と空自は攻勢に徹して頂きたい。
諸君、アキツィアの宝石と呼ばれる山脈を奪い返すぞ」
ミサイル護衛艦“タンホイザー”艦長であるバーナード・カークランド二等海佐が会議を締めくくる。
弾道ミサイルに陸自の手をさかせないため、海上に待機する海自のイージス艦が迎撃を受け持つこととなっている。
幹部たちは立ち上がり、一糸乱れぬ仕草で敬礼し合う。
全力をかけて戦う決意を固めたのだった。
レクトン飛行場からアキツィア空軍の飛行隊が次々と飛び立っていく。
もちろん第5航空師団第11飛行隊、通称フレイヤ隊も一緒だ。
Mig-29とF-15Jは、無数のJDAMでがちがちに武装していた。
「現在高度800メートル。低空で侵入するぞ。
GPS、チェックよし。
ウエポンズフリー。対地攻撃開始!」
『目標ピパーに補足。投下!』
対レーダーミサイルによる敵対空レーダーの破壊を露払いとして、攻撃は始まる。
JDAMがGPSに誘導され、目標である敵自走砲や移動式弾道ミサイルに正確に命中していく。
「へたくそだな。弾の撃ち方を知らないのか?」
本当にこちらを見て撃っているのか怪しい対空砲火に、エスメロードはつぶやく。
低空で侵入し、上昇をかけながら山沿いを飛ぶ戦闘機を地上から落とすのは相当に難しい。
だが、それを勘定に入れてもあまりにお粗末な腕と言えた。
機体を軽く横に倒して地上から放たれた地対空ミサイルを回避。
返す刀で地上の自走砲をさらに一台破壊する。
『ニアラス、そろそろ山脈の尾根だ。
ECMによる妨害を確認。
弾道ミサイルを目視で捉えるまで撃つな』
相棒のジョージは、あえてJDAMの有用性を捨てることを宣言していた。
確かに、電波妨害の中では誘導爆弾は精度が落ちる。
視界外の攻撃は諦めて、ぎりぎりまで引きつけてから撃つのが確実なのだ。
「了解。
レーダーに機影が映っている。
デウス軍の航空隊だろう。
早めに弾道ミサイルを片付けるぞ」
エスメロードは弾道ミサイルの破壊を優先することにする。
一応空対空ミサイルは積んでいるが、今日の相手は地上目標だ。敵戦闘機にかかずらわっている余裕はない。
夏でも深い霧に覆われているトルマラ山脈は真っ白で、ほとんど何も見えなかった。
だが、大規模な弾道ミサイル運用部隊は、目視と赤外線で遠目にもはっきりと確認できる。
『移動式弾道ミサイルの意味わかってるのかね?』
「まあ、言わぬが花だろうさ」
ジョージの疑念に、敵とはいえあまり嫌みを言ってやるなとエスメロードがたしなめる。
移動式弾道ミサイルの利点は秘匿性と機動性だ。
それなのに、デウス軍は複数の運用部隊を狭い場所に密集させている。
これではすぐに見つかってしまう上に、逃げることもできないからまるで射的の的だ。
恐らく、部隊を集中運用することで対空防御を厚くする狙いなのだろう。
(考え方としては間違っていない)
だが、標高2800メートルの狭い尾根でこれをやるとどうなるか。
接近する敵航空隊の迎撃に失敗した場合、部隊は逃げる場所もないまま壊滅することになる。
『フレア散布しつつ侵入!』
「了解、突っ込むぞ!」
フレイヤ隊の2機は、高度を下げたまま高速で侵入する。
そして、ありったけのJDAMを弾道ミサイルに向けてばらまいていく。
敵の対空ミサイルはフレイヤ隊をレーダーに捕らえることさえろくにかなわず、空しく迷走する。
2機が尾根を低空でパスした瞬間、巨大な花火が上がる。
弾道ミサイルそのものに加えて、車両の燃料や弾薬に引火したらしい。
「旋回して殲滅を確認する」
『こちらブリュンヒルデ隊。それには及ばない』
低く良く通る女の声が無線に割り込む。
アキツィア空軍第5航空師団第8飛行隊、通称ブリュンヒルデ隊1番機。
ガートルード・“ヘルキャット”・ベイツ二等空尉だった。
エスメロードと同じく傭兵パイロットだ。F-2のマルチロール性能を活かして、主に対地攻撃で戦果を荒稼ぎしている。
『フレイヤ隊、そちらは北から接近中の敵航空隊の迎撃を頼む。
敵殲滅の確認と、残存兵力の掃討は我々が受け持つ』
「了解、気をつけてね」
JDAMを撃ち尽くして身軽になったフレイヤ隊は、敵戦闘機の迎撃に適任だ。
一方対地攻撃は、まだ爆弾を残しているブリュンヒルデ隊に任せるのが得策と言えた。
エスメロードとジョージは機体を翻し、敵機の迎撃に向かうのだった。
「お?」
低空で飛んでいると、険しい山道を進む陸自の部隊が見えた。
輸送ヘリが上昇できるぎりぎりの高度までヘリで上がり、徒歩で進んでいるのだ。
高山病にかからないように、ゆっくりと。
『さすがだな。険しい場所でも危なげがない』
「さすが、その怪物じみた能力で怖れられる陸自だけはあるわね」
ジョージの言葉に、エスメロードは素直に応じる。
アキツィア自衛軍陸軍は、その個人的な能力の高さゆえに、周辺国との合同演習では「こいつら人間じゃねえ!」(意訳)という評価を頂戴している。
なみの部隊ならたちまち高山病と険しい地形で立ち往生してしまうであろう山脈でも、ハイキングのように進んでいく。
一部の部隊は、ほとんど垂直の岩の壁をロッククライミングしている。
(頼んだぞ)
うかつに無線を使うわけにはいかない。
エスメロードは胸の内で彼らを激励し、愛機を北へと向けるのだった。




