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インタヴュー ニアフリント

04 


 2020年6月24日。

 ユニティア西部の街。ニアフリント。

 “デウス戦争”戦前はデウス領だったが、現在は割譲されユニティア領となっている。

 街の外れの歓楽街のブックメーカー(賭屋)をマット・オブライアンは訪れていた。

 「ロン・“スクルキン”・シュタインホフ。

 元デウス国防空軍第1航空師団第9航空隊、通称スマラクト隊1番機。

 瞬時に戦況を見極める目を持つ男。

 デウス戦争では、各地で臨機応変な戦い方で戦果を上げる。

 現在はブックメーカーの支配人を務める」

 マットは、取材対象のプロフィールを簡単にレコーダーに吹き込んでいく。

 「すまねえな。

 呼び出しちまって。ちょうどダービーがあるもんで、忙しい時期でね」

 シュタインホフは気さくに話し始める。

 グレーのスーツをノータイで着こなした姿に、パイロットの面影はない。

 スキンヘッドとあごひげは、いかにも裏街の人間という感じだ。

 テレビと、オッズが記録されたパソコンはつけっぱなしだ。

 インターネットで競馬ができる時代、レースのある時期は、ブックメーカーは目が回る忙しさと聞く。その通りのようだ。

 元はこの町の、いわゆる半グレグループのリーダーだったとされる。

 その時の経験が、瞬時に戦況を見極める目としてパイロットとしても活かされていたらしい。

 「早速ですが、彼女と戦ったときのことを話して頂けますか?」

 「あれは、サン・オリヴィエ島からの撤退支援任務の時だ。

 当時まだやつは“龍巣の雷神”とは呼ばれていなかった。

 当然だ。まだ龍巣にやつは姿を現してなかったんだからな。

 島から味方が逃げ出すのは業腹だったが、心配はしてなかった。

 なにせ、航空兵力じゃこっちが圧倒してるんだからな」

 そこで一度言葉が切られる。

 「ところがだ、どういうわけか味方の反応が次々と消失していった。

 IFFの故障も疑ったよ。

 だが、すぐにわかった。これは現実だ、と」

 シュタインホフは目線をあげて天井をあおぐ。

 今でも彼には、“雷神”に対して複雑な思いがあるのだろう。

 「彼女と戦った感じはどうでしたか?」

 「それだ。

 くやしいが、俺以上にとっさの判断ができるやつだった。

 俺は目をこらして戦況を見た。気象条件、機体の性能差、敵の残弾、彼我の位置関係。

 勝てると読んだ。 

 だが甘かった。

 目つぶしの電子戦機は弱点を突かれてあっさり食われた。味方は次々と落ちていく。

 必死でやつのケツを取ろうとしたが、そんな暇もなく撃墜されていたぜ」

 自虐的に笑ったシュタインホフは、紅茶で口を濡らす。

 悔しさや恐怖もあるが、畏怖と尊敬の念もある。そんな雰囲気だった。


 テレビの中では、ひとつのレースの一位が決したところだった。

 どうやら大穴が出たらしい。

 「たくさんの人間が地団駄踏んでるぜ、鉄板レースだったはずなのに、ってね。

 そんなものはねえのにな」

 私の視線に気づいたシュタインホフが笑う。

 そして言葉を続ける。

 「知ってるかい?

 博打ってのは基本的に損をするようにできてる。

 胴元やブックメーカーに、15%のバックマージン抜かれてるんだ。

 それで金を増やせる道理がない。

 さらに言やあ、博打を主催するがわは、そもそもよほど自分に有利な条件でなきゃ勝負はしない。

 素人が太刀打ちできるもんじゃない」

 「あなたの立場でそれを言っていいんですか?」

 苦笑交じりのマットの質問に、「かまやしねえさ」とシュタインホフは肩をすくめる。

 ギャンブルに溺れる人間は、損をするとわかっていてもやめられないのだ、とでも言うように。

 「一攫千金を狙おうなんてやつらは、たちまちオケラさ。

 本気で博打で食っていこうと思ったら、小さな勝ちを確実に拾っていくしかないんだ」

 「複勝で手堅く当てていくようにですか?」

 シュタインホフは「その通り」と複勝(賭けた馬が三着までに入れば当たりの型式。配当は低い)の馬券を取り出す。

 テレビの中ではレースが決着していた。彼の賭けた馬は、うまいこと三着に入っていた。

 ブックメーカーは法律でオッズや控除率が厳しく制限される。

 場代だけでは食えない。

 自分たちもレースに賭けていかないと、商売にならないのだ。

 「そういうこった。

 俺たちは戦場でもそうやってきた。

 勝てる戦いしかしない。

 勝てるとなれば、撤退命令が出ていようが叩く。

 勝てないとなれば、敵前逃亡と言われようともケツをまくる。

 そうやってこつこつと勝ちを積み重ねてきた」

 シュタインホフは言外に「あの時までは」と付け加えていた。

 「しかし、その日に関してはご自慢の読みが外れたと?」

 「言いにくいことを言ってくれるじゃん。

 まあ、その通りだけどよ。

 たかが2機と甘く見たのが運の尽きだったってわけさ」

 今まで自分の勝利を支えていた読みが裏目に出たことは、彼にとってよほど悔しかったのだろう。

 この上なく苦虫をかみつぶした表情になっている。


 「その後、彼女とは会ったんですか?」

 「いや、それっきりさ。

 ペイルアウトして味方の艦に助けられて、それから馬鹿どもがクーデターを起こすまで戦ったんだが、会うことはなかった。

 終戦後もどうしてるか、噂も聞かねえな」

 シュタインホフがいぶかしむ気持ちはマットにもわかった。

 圧倒的な力で数々の武勲を挙げ、“龍巣の雷神”とまで呼ばれた女性パイロット。

 にもかかわらず、彼女に関わる情報はあまりに少ない。 

 あまつさえ、戦後は行方不明になり痕跡さえないのだ。

 「僕も不思議なんです。

 当時こそ盛んに報道されていたのに、たちまち人の記憶から消えてしまった。

 それほどの戦果を上げたパイロットがなぜ全く注目を浴びることがないのか…」

 マットの言葉に、シュタインホフが少し考える表情になる。

 「煩わしかったのかもな。

 やつにとってはあの戦争に勝つことが目的だった。

 あるいは報酬を稼ぐことが。

 だが、英雄に祭り上げられちまうと気苦労が多い。

 プロパガンダとして宣伝され、旗頭として担がれる。

 そんなことを望んでなかった。

 そういうことじゃねえかな。

 ま、推測だけど」

 マットはシュタインホフの言葉に、我が意を得た気分になる。

 英雄になったら不自由になるのは火を見るよりも明らかだ。

 それを嫌った可能性は充分にある。

 「それも含めて、これから調べていく予定です」

 「ふうむ。ちょっと待ってな」

 そう言って、シュタインホフはメモ用紙を取ると、なにかを書き込んでいく。

 「俺が見たやつの機体に書かれてたナンバーだ。

 なにかの役に立つだろう」

 手渡されたメモには、“ASDAF-5-11”と書かれていた。

 「ありがとうございます。

 きっと手がかりになります」

 「おう、特番楽しみにしてるぜ。

 できたらやつがどんな女か突き止めてくれよ。俺もずっと気になっててよ」

 シュタインホフは豪放な笑みを浮かべた。


 ロン・“スクルキン”・シュタインホフ。

 今も昔も見極めることで生きている男。

 場を戦場から街の歓楽街に移して、彼は今日も目を凝らし、状況を見極め続けている。



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