序章
プロローグ
2018年8月21日
フランク大陸、デウス公国とアキツィア共和国の国境。
デウス国防軍絶対防衛圏D9T。通称“龍巣”。
壮絶な空戦が繰り広げられていた。
敵も味方もハエのように落とされていく。
少しでも気を抜けば、被弾して終わり。
一瞬の判断が生きるか死ぬかを決する。
生まれも学歴もキャリアも関係ない。ただ技量のみが命運を分ける。
それがこの“龍巣”だった。
「いいぞ!敵が疲れ始めた!
全部隊、いまだ、押し出せ!一気に敵を殲滅する!」
デウス国防軍空軍の飛行隊長は、自軍に傾きつつある戦況を見て、一気にたたみかけることを命じる。
愛機であるF-4Eファントムを疾駆させ、敵地上部隊の対空砲火の中に突っ込んでいく。
旧式のファントムだが、改造とアップデートを繰り返して現役の座を守っている。
まだまだ、コンピューターの塊のような機体に乗った若いやつらに遅れは取らない。
『ミサイルアラート…!だめだあ!』
「なんだ…?」
押していたはずの味方が急に崩れ始める。
レーダーの中で、味方の反応が次々と消失していく。
「どうした?IFFの故障か?」
「違います。システムは正常です」
後ろに乗るコ・パイロットに訪ねてみるが、機械の故障の可能性はないらしい。
「味方が落とされているだと?」
信じられないことだった。
これだけの打撃を一方的に与えられるのは、相応の規模の飛行隊のはずだ。
なのに、それらしい規模の敵部隊の反応はどこにもない。
これはどうしたことか。
「そもそも、敵の部隊は陽動目的のはずじゃなかったんですか?」
「そのはずだ。この程度の規模では、数で我々にかなわないからな。
だが…」
飛行隊長は、コ・パイロットの言葉にはっきりと答えることができなかった。
現に、今も味方がやられているのだ。
『こちらホークアイ、敵部隊にF-15のやつがいる!2機だ!
用心しろ。最近撃墜スコアを荒稼ぎしている部隊だ』
上空を警戒中の早期警戒機E-2ホークアイからの連絡に、飛行隊長は背筋が寒くなる。
最近アキツィア方面の戦線で、すさまじい強さを見せているアキツィア自衛軍空軍の部隊がいるという。
わずか2機のF-15イーグルが、10機もの自軍機をあっさりと殲滅したという。
『き…来た…!』
飛行隊の若いパイロットが怯えた声を出す。
また1機、味方のMig-21が落とされたのだ。
「ひるむな!敵はわずか2機だ。数に任せて取り囲め!」
飛行隊長は命令する。
こちらは旧式だが、数は6機。かなわないはずがない。
副隊長機が先行し、飛行隊長はその右後ろにつけて援護に廻る。
『ロックオンされた!』
だが、先行していた副隊長機の対空ミサイルはあっさり回避され、お返しとばかりに敵のミサイルが飛んでくる。
副隊長機は回避を試みるも、空しくミサイルに食いつかれて火の玉になる。
「くそ!なんて動きだ!」
飛行隊長は歯がみする。
まるで未来予測ができるように、こちらの回避機動を読んでミサイルを放ってくる。
おまけに、こちらのミサイルをまるで意に介さずに接近し、回避不能な至近距離から撃ってくるのだ。
気がつけば、味方は若いパイロットの6番機1機になっていた。
『なんてやつらだ…。
たった2機でこちらの部隊を壊滅させるつもりか?まるで怪物だ!』
「違う…あれは雷神だ…。
この“龍巣”に住まい…龍を操って災害を起こすとされる…」
飛行隊長は、この“龍巣”に古くから伝わる伝説を思い出していた。
この場所は、天候が常に不安定である上に、地形が複雑で航空機には難所だ。
特に、低空で飛ぶと雷が横から閃くことから、龍の巣の名前がついた。
もちろん、自然現象に人間が勝手に意味を見いだしたに過ぎない。
だが、F-15の怪物じみた戦いぶりを見ていると、雷神の伝説を信じたくなる。
「タリホー!間違いない、イーグルだ!」
目視で確認すると、F-15の内の1機は鮮やかなカラーリングをしていた。
主翼と尾翼の翼端が青に塗装されている。
外青とでもいうのか。
「FOX2!」
『FOX2』
飛行隊長のミサイル発射に併せて、6番機も引き金を引く。
だが、距離が遠すぎた。
焦っていて、有効射程ぎりぎりで撃ってしまったのだ。
この“龍巣”ではこんな撃ち方では当たるはずがない。
こちらのミサイルは手もなく回避され、加速をかけた2機のF-15は撃ちっぱなし式のミサイルを放ってくる。
そのまま、もう用はないとばかりに回避行動に入る。
「まるで…龍巣の雷神…」
直径の太いミサイルが飛行隊長の視界いっぱいに拡がる。
辛うじてコ・パイロットとともに射出座席を作動させ、ペイルアウトする。
愛機が燃えさかりながら後方に流れ去る。
飛行隊長は、自分たちはたった2機の敵に完膚なきまでに敗北したことを悟った。
『ニアラス。まだ飛んでいるか?』
2番機であるフレイヤ2ことジョージ・“アールヴ”・ケイン二等空尉が無線で声をかけてくる。
「なんとかね」
F-15Jのコックピットに収まるアキツィア空軍第5航空師団第11飛行隊、通称“フレイヤ”隊1番機。
フレイヤ1ことエスメロード・“ニアラス”・ライトナー一等空尉は短く応じる。
若干21歳、貴族のお嬢さんとは思えない戦いぶりだが、女の子と言える若さであることにかわりはない。
恐怖もプレッシャーもあるのだ。
『こちらAWACS。敵部隊の6割が壊滅。
残りは遁走する。
フレイヤ隊。よくやってくれた』
上空のE-767のオペレーターが伝える。
「こちらフレイヤ1。ひどい話じゃない。
我々は“龍巣”に侵入する味方の進路を秘匿するための陽動だったってわけか」
エスメロードは文句を言う。
まあ、文句を言う相手はオペレーターではないのはわかっているが。
『しょせん俺たちは傭兵パイロットか。
失っても替えは効くってことだな。
報酬上乗せだ。それだけ仕事はしたんだからな』
ジョージが無線に割り込む。
危うく死にかけたのに、飄々としている。
一応軍籍は持っているとはいえ、彼らは傭兵だ。
扱いは相応のものになることは、ある意味で必然なのだ。それはわかっている。
『しかし、ここの天候と地形に助けられたな』
「そうだね。お陰で敵は数の優位を活かせなかった」
この“龍巣”は、天候が常に不安定で、戦闘機には難所だ。
加えて、複数の国境が接しているため、様々なジャミングや電波妨害が常になされている。
レーダーやミサイルの性能が低下する上に、少しでも操縦を誤れば風に流されて地表と愛し合うことになる。
長射程のミサイルは役に立たず、危険を覚悟して機動戦を挑み、引きつけてミサイルを撃ち込む以外にはない。
そして、フレイヤ隊の2機にはそれが可能だった。
正に一騎当千の戦いで、押されていた戦況をうっちゃることに成功したのだ。
『しかし、成長したな。貴族のお嬢さんにしてはやるじゃないか』
「ぬかしなさいな。すぐにあなたなんか影も踏めないほど強くなりますとも」
2機は憎まれ口をたたき合いながらも、飛行に乱れはない。
まるで番の鶴のように、一糸乱れぬ飛行で帰路へとつくのだった。
デウス国防軍が、アキツィア自衛軍の先遣隊を先んじて殲滅するという作戦は、失敗に終わることとなる。
2020年10月28日。
ユニティア連邦のインターネット放送局、「ライズインフォ」の記者であるマット・オブライアンは、寒さに震えながら目当ての人物を待っていた。
ここはトリジア連邦の紛争地帯。連邦の北端の街ミーナス。大陸の北にあるため、そろそろ冬になる。
案内された元は商業ビルらしき建物も、紛争のあおりを受けて穴だらけだ。
すきま風が辛い。
「待たせたな。あんたがマット・オブライアンだね?」
突然かけられた声に、マットは飛び上がる。
全く気配を感じなかったのだ。
いつの間にか、彼の後ろに長身で短髪の男が立っていた。
「ジョージ・ケインさんですね。マット・オブライアンです。
お会いできて光栄です」
私は手を差し出す。彼は素直に握手に応じる。その手はごつごつで、ベテランの兵士という感じだった。
「すまないな。こんな物騒なところまで来てもらって」
「いえ、取材に応じて頂けたんです。
こちらからお話しを伺いに来るのは当然ですよ。ケインさん」
「ジョージでいい」
「ではジョージさん、よろしくお願いします」
マットは、まだ信じられない気分だった。
よもや、ジョージ・ケインに取材できるとは思っていなかったのだ。
“デウス戦争”と後に呼ばれた、2年前の武力衝突の中に彼はいた。
そして、彼は恐らく、戦争の当事者の中にあってももっとも数奇な運命をたどった人物だろう。
「さて、どこから話そうか…」
「できれば、あなたの相棒であった人物のことをお願いします」
カメラとマイクを設置したマットは、早速取材に入ることにする。
特に興味があったのは、ジョージの相棒であった伝説的な女性パイロットのことだ。
ジョージは、持っていた小銃を床に立てると、大儀そうに椅子にかける。
「そうだな…。あいつと一緒に飛んでたのが、ずいぶん昔の事に思える。
たった2年しか経っていないのにな」
ジョージはゆっくりと話し始めた。