95話
「――戻って、きっ、たァァァ!」
無理やり錬成陣を起動して、強引に入り込んだ真理の世界。その代償は不退転の決意を以てしても大きなものであった。どぷっと、自身の鼻や口腔から零れた鮮血を見たロイは、二度と行かねぇと自信を強く戒め、天才錬金術師――フィア・ルーセントハートから受け取った式を展開させていく。
「待たせたなメンヘラ女。見せてやるぜ、お前が執着してる俺の底力――!」
「認識違いがありそうですね、私が知りたいのはロイ様のことではなく、その見たことも無いアビリティですから」
軽口さえ返す余裕があったマリアであったが――赤い雷がパキパキと錬成していくモノと、その現象を見て次第に瞳を見開き、生まれ落ちてくるものへ見入ってしまう。錬成されたものはただの剣だ。アダマンティア鉱――魔力と親和性の高い材質の剣。
マリアにとって錬金術は大した驚きに値しない。だが今回は――それが錬成されてしまったことが問題なのだ。
何かしらの法則と計算式があって錬金術は成り立っている。それはマリアも知っているし、今では失伝してしまったとはいえ、有名な法則程度は残存しているのだ。その中でも代表的なのは、等価交換の法則。
「……鉄を生み出す際には鉄の構成物質を用意しなくてはいけない。金であっても、水であってもそれは同じ。ではロイ様、貴方は――その鉱石の原材料を、どこから持ち出したんですか?」
「さあ、難しい事は天才に聞いてくれよな――何せ、真理の解錠者らしいもんで。あぁ、戻ったらパンケーキ死ぬほど食わせてやらなきゃなぁ!」
剣を構えたロイが、空いた腕の指先でちょいちょいと馬鹿にするようにマリアを挑発する。露骨な誘いだ、今すぐ手を出してしまいたい気持ちを抑えつつ、マリアは整った方眉を、ぴくりとさせてやり過ごす。
「態度については言及しませんが――やはりその力、素晴らしいものですわ。きっとロイ様は錬金術にも明るくはないのでしょう、その血塗れの姿を見る限り。それでも、練成を可能にしてしまう! 法則さえ越えてしまう! ……もう待ち時間はいりませんよね?」
金色のマリアの瞳がロイを見据える。ロイはその輝きを見て、竦みそうな気持ちを震え上がらせた。いつだってロイは自分が生きれる道を探してきた――仲間の事となると、多少は無謀な事もしたが、確立の悪い賭けはしてこなかった。可能な限り下準備をして、確立を上げて、生き延びてきた。
それが今はどうだ。極めたものだけが得る事の出来る金の瞳を前に、剣一本で立ち向かおうとしている。
「……なぁ、やっぱりちょっと手心加えてくれない?」
「なりません。――さぁ、私の知りえない力を見せてください!」
両腕を広げたマリア、それと共にロイは肌がじりじりと焼かれていくような感覚を感じた。どこまでも高鳴っていく心臓の音、動作の一つでさえも見逃すまいと正中に構えた剣の先。
唐突に訪れたのは――果ての無い星の海。
世界でさえも塗り替えたのか、あるいはロイをそこへ誘ったのか。
「……ですが、あまりに短く終わってしまっては興が削がれてしまいます。僅かばかりですが、目星を見せてあげましょうか」
困ったようにマリアは溜息を零すと――虚空を指先でなぞり、零れ落ちた一枚のカードをロイへと投げ渡す。片手で受け取ったそれをロイは覗き込むと――血塗れの顔を、苦虫十匹は奥歯ですり潰したかのような、形容しがたい表情を見せる。
「なぁ、お前って――マジでサディスティックだよな。クソドSメンヘラ女なんて、俺の中で需要ゼロパーセントなんだけど……」
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マリア
筋力A(C)、耐久B(D)、魔力SS、幸運G(F)
アビリティ
・魔術師SS
魔術を極めた存在。
全ての魔術行使に対して、威力を三段階上昇させる
全ての魔術行使に対して、詠唱時間を大幅に減少させる
・金の瞳(魔術師)
あらゆる魔術要素を瞳に映し認識する事ができる
また、英知の世界を映し出すことが出来る
・聖職者SS
祈りを捧げ続けて見初められた存在。
全ての信仰魔術に対して、威力を三段階上昇させる
全ての信仰魔術行使に対して、詠唱時間を大幅に減少させる
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――戦う前から情報を開示するだなんてバカがやることだ。そうロイは吐き捨てたかったが、目の前のステータスカードに刻まれたSSの文字二つを見て、流石に殺されるか? と捨て言葉を出せず、無言のまま顔を青ざめさせた。
ロイ自身にも二つ、SSランクのアビリティはあるが――相性が悪い。不退転の決意は計算できない底力を秘めてはいるが、それがなかったら終わりだ。常在戦場によって不意打ちは殆ど意味を成さないが、時間経過による強化が行われる前にアホ火力で押し切られたらそれでも死ぬ。
「……うふふ。サディストな訳ではありませんよ、ロイ様がそのアビリティをどう使って対処をするか、ヒントを上げただけで。私が楽しむ為だけの行為です、他意はありません――」
「嘘付け、にっこにっこ笑いやがって」
受け取ったカードをロイははらりと指先から離すと、両手でアダマンディア製の両刃剣を携えた。久しく感じていなかった死の香り――それを間近に感じつつ、突きつけられたマリアという大きな無理難題に立ち向かうのであった。




