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93話


 一撃が防がれた。エリシアは驚いたように瞳を見開くと、力で押し込むべく切先を押し込んでいく。ぎりぎりと刃同士が鈍い音を立てせめぎあった。ヴェルハイムは深い皺の刻まれた頬に、間近で突きつけられる殺意を感じて強烈な笑みを浮かべる。

 

「苛烈……! だがいいのか、エリシア・ダナン。お前の相手は決して私だけではなく――」


「――私とお前達の違いは何だと思う、ヴェルハイムと聖女」


 ヴェルハイムとマリアは怪訝に眉を潜める。違いだなんてない、ここに居る全員が只の化物なのだから。時間稼ぎか、と判断したマリアは二の句さえ許さないとばかりに瞳を金色に輝かせ、魔術を放とうと右腕を上げる。

 彼女の本質は祈りを捧げる魔女。卓越した技術と莫大な魔力、不死の身体を持ったが故に蓄積された確かな知識、その三つが組み合わさった攻撃だ。防がねば、赤いドレスという軽装のエリシアでは即死する。だが、死に対する恐怖だなんて感情はエリシアにはなかった。


「天才か、そうじゃないかだ――どうやら私はこの身になって、更に才を開花させたらしい」


 その銀の閃き、神速なり。

 身体を捻り、その身に宿ったロイの魔力を操り、ただただ自らの身に宿った剣才のままにエリシアは刀を振るった。音さえなく、一振りで走ったのは二つの銀の閃き。一つはヴェルハイムの剣を切り落とし首を薄皮一枚残して切り裂き、もう一つはマリアの両目を横一文字に切り裂いた。僅かな悲鳴さえ上げず、マリアはその場に蹲る。


「……何をした、昼間のアリーナの一件では力を隠していたか。一閃で二度斬るなど、聞いたことが無い」


「一閃じゃない。ちゃんと二度、振ったよ」


 右手に持ち振りぬいた刀を身体の回りで大きく回すと、右肩に乗せるエリシア。その姿はあまりにも様になっていて、剣鬼として名を知らしめていたヴェルハイムでさえ畏怖を感じてしまう。だがそれでも、ヴェルハイムは今この瞬間を求めていたのだ。剣同士で殺しあうこの瞬間を。ただの殺戮には成り得ない、対等であるべきこの瞬間を――。


「素晴らしい才能だな、エリシア・ダナン。どうだ、昼間の続きといかないかね?」


「……構わない。――と、再選の希望だそうだ、ロイ。悪いが、そっちの聖女さまを相手していてくれないか?」


 ヴェルハイムがハッと振り向けば、そこには呻きながら紫電を散らして起き上がるロイの姿があった。それを視界に入れて、ヴェルハイムは思わず馬鹿なと喘ぐ。あの魔女の罠だぞ、こんなにも早く凡才が立ち上がれる訳が無い、と。


「いってぇ……っくそ、ハニートラップかよマジ。純情な男の気持ち弄びやがって、何が聖女だ」


「ロイ・ローレライ。貴様、何をした」


「あー、昼間のジジィじゃねーか。お前もグルかよ、ついてねぇなぁ……何をしたのか、だなんて俺に聞くのは間違ってるって、ほれ……後ろで笑ってる、やべーやつに聞いたほうがいいんじゃねぇの?」


 両眼を切り裂かれた傷でさえ一瞬で治療を終えたマリアが立ち上がり、赤い涙を流しながら一心にロイを見据えていた。悪癖が始まったか、とヴェルハイムは小さく溜息を零すと、やれやれと真ん中で切断された自らの剣をエリシアへ向けて構える。


「すまないが、私の興味はエリシア・ダナンにしかない。ロイとやら、君はあの魔女の相手を頼むよ」


「……爺様の頼みごと、ロクなもんがねぇなぁ」


 呆れた声を零し、身体の調子を確かめるようにロイは足首、手首と関節を回していく。

 直ぐ目覚める事ができたのは、以前見たリーシャの、気を失っても自らを無理やりに目覚めさせる魔術を予め組んでいたからだ。

 更に、不退転の決意は意識が無いのを劣勢の状態であると判断した為、見事に発動した状態でロイは起き上がった訳である。最も、このアビリティの効果が無ければマリアの罠からは長らく目覚める事はできなかっただろうが。


 互いに切先を向け合うエリシアとヴェルハイム。そして、赤い雫を両目から零して笑みを携えるマリアと、蒼い稲妻を迸らせながら対峙するロイ。何事だと騒ぎ始めた城内で向かい合った四人を、夜天の下で冷たく見据えているのは――ノアとリリー。


「……ちょっと二人とも進みすぎてんなァ。オレも気をつけておかないと、知らない内に飲まれるのかもね」


 ノアはリリーを腕に抱えたままアメジストのような紫水晶の翼で空を舞う。まだ時間を置いてからあの二人を合わせようとしていた計画が、がらがら破綻する音を聞きながらどう修正していこうか頭を悩ませた。


「なぁ、リリー。どうしたらいいと思う?」


 腕の中のリリーへとノアは問いかけた。わからない、といういつもの言葉を期待したノアだが――いつまでたっても返ってこない返事を疑問に思い、視線を配る。


「どうし――」


 そして息を詰まらせた。表情から余裕が掻き消え、思わず抱えたリリーを落としそうになる。なにせ、そこには――絶対に人間では回せない角度までぐるりと首を曲げ、ノアの相貌を覗き込むリリーの顔があったからだ。リリーではないソレは凍ったようなノアの表情を見て、満足げに瞳を細ませる。


「――ああ、丁度イイ玩具を用意してくれたのか。ここ数百年は静かだったからなぁ。退屈凌ぎには丁度と良いか?」


「なんで……お前、夜天の方のリリィ・クルーシャ……!?」

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