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91話

 それからオレが始めたことは、兎にも角にも情報収集だった。仲間を失った喪失感は確かに大きかったが、それ以上にこのままではいけないという焦りがオレを突き動かした。放っておけばオレもリリィのように、黒の宝玉という得体の知れない何かに飲まれてしまう、そう感じてならなかったから。

 この城に置かれていた書物や、リリィの話、そして周りの集落へ実際に赴いて話を聞いたり。およそ二年もの歳月をかけて、オレ達二人は自分の身に起きている現象を把握することになる。


「……まず、オレたちはもう人間ではねーってことだな。ま、二年も経てば自分の体のことなんてわかってくるし、お察しだな。あーあーアホくせえ、ちっとは人間様の間に遊んでおくんだったぜ」


 オレとリリィが邂逅した城の玉座。赤い絨毯の真ん中に豪華な長方形のテーブルを置いて、お互いが向かい合う形にしてオレ達は座り込んでいた。オレは大理石を積み重ねただけの椅子もどきに、そしてリリィはあの忌々しい玉座に。


「うん、それは知ってた。……でも、遊ぶって言っても、基本的には私たちは人間と変わらないはず。何かが違ったりするもの?」


「わびさび、よ。人間様は短い一生だからこそ一つの愛だ恋だのに、命を投げ捨てても焦がれるものを感じるんだ。それがもう出来なーいって考えると虚しくてよぉ……」


 オーバーリアクション気味に手を広げて首をすくめる。リリィはそれがわからないようで、少しの間首をかしげて考え込んでいたが、答えにはたどり着けなかったのだろう。そうだね、と絶対わかってないような返事を返して、さらさらと机の上の羊皮紙に、人間ではない、と記した。


 この頃になるとオレの思考もだいぶ様変わりしていた。何せ命がほとんど無限になったのだ。寿命なんか前例がないのでわからないし、多少のことじゃ決して死なない体も得てしまった。決死の覚悟でリリィに腕を吹き飛ばしてもらったりしたが、相も変わらず生えてくる有様だ。


 そりゃあ考え方も変わる。ずっと放置されていた前代勇者様の死体……まぁ、骨しかなかったが……から金になりそうなものを漁り、そして集落で全て売り払った。得た金は、不死であろうオレ達の娯楽になる食事に変わった。もっとも、売ったものは勇者様の持ち物だ。それだけで使い切れるわけもない。


 贅を尽くした食事を買い尽くした後の残りは、オレとリリィで半分に分けた。リリィは主に貴金属を好んで買っていた。白いゴシック・ドレスの首元には、鮮やかな巨粒のルビーが装飾として施されたネックレスが輝いている。宝石が好きみたい、とのことだ。職人の技で加工された宝石、その中に差し込む光が、まるで別世界に連れて行ってくれるようだから、らしい。

 オレは女を買った。そういったものと縁がない一生だったから三日三晩遊び尽くしたりもした。他には店に並んでるバカみたいな金額の酒も全部まとめて買ったりもした。高い酒は……思わず唸るほど、美味く感じた。随分と都合のいい体だな、と酔いを味わえることに感謝しつつ、次々と飲み干していったものだ。


「でも、ノア。今は真面目な話をしている。お酒はよくない」


「あー? 女連れ込んでないだけマシだろ」


 最近はこいつも随分と小うるさくなったものだ。一本二百万だったか、それくらいはする酒を硝子製のボトルで飲みほさんとしていたオレは、テーブルの上にそっと置く。


「……まぁ、いつものことだから追求はしないけど。それで、私達を殺すために必要なものだけど、まずは……境界を超えること。これが大前提になる」


「夜天の魔王様が言ってた境界越え、ってやつねえ。それこそ眉唾だろ、民衆の間じゃ超越者とも呼ばれてるらしーが……そんな存在がいたら、お前もそんな長生きなんてしないで殺されてるんじゃねーのかよ」


「ごもっとも……夜天の魔王の記憶ーー黒の宝玉から得た記憶だと、人間の枠を超えた力を持つ存在がいるらしい。その一線を境界と例えて、境界越え。これを探すところから始めないと、私たちは死ねなさそう」


 荒唐無稽な話だ。人間としての力を超える? そんなこと、ただの人間には無理だろう。何せあれだけの力を持っていた、仲間だった連中でも夜天の魔王の前には無力だったんだ。ため息しかでねぇ。


「境界越えをしたものを見つけても、それだけじゃちょっと怪しい。だから、私たちを弱体化させないといけない。ノアの力は星の下で増幅するし、私の力は夜だと増幅する。……夜に戦いをするのは最低の愚策」


「……そんなこと言ってもお前は夜を呼べる。あの時みたいにな……だから黒の宝玉の力を削ぐことも絶対条件。あれの力の供給は、オレを迎え入れて確かに少なくなった、そうだな?」


「うん、そう。だからーー私たちは同じ地獄への道を歩む仲間を見つけないといけない。例え騙してでも、ね」


 今まではリリィに対して百の宝玉の力が全て注がれていた。フルパワーってやつだ。だがそれは、オレが宝玉に見初められてからおおよそ八十程度に減少したらしい。この前提を踏まえると、同じく見初められたお仲間が増えるごとにリリィの……いや、夜天の魔王の力も削られていく算段だ。


「オレはいわば無力化に突出していて、リリィは完全に相手を屠る方向に特化してるもんな。夜天の力の弱体化は絶対か。……もっとも、仲間が一人死んだ途端にリリィへの供給が再開されたら、仲間もオレたちも同時に首揃えて跳ね飛ばしてもらうくらいじゃねーと無理ゲーになるけど」


「……境界越え、頑張って」


「他力本願かよ」


 呆れたもんだぜ。硝子のボトルから酒をぐいっと煽ると、熱い感覚が臓腑に落ちてすっと意識が冴えていく。酒はいい、嫌なものも全て忘れられるし、溢れてどうしようもないほどに遅く感じる時間も早くしてくれる。喪失感でさえ曖昧にぼかしてくれるのだ。もう手放せないものになってきている。


 ある意味、悪化しているかも知れない俺の精神状況に反して、リリィの方が随分と改善されていた。殺してしまい汚れた手で街へは降りられない、そう思い込んでいたリリィを連れ出してからあいつは明るくなり始めた。それも影響したのだろう。あの玉座に座る回数も随分と減ってきている。まだ、これから話すだろう内容に夜天の魔王のことが含まれていると、無意識に玉座へ座り込んでしまうようであったが。


「そういえばノア」


「あ?」


「ノアはいろんな女の子に手を出してるけど、なんで私には出さないの?」


 ぶっと酒を吹き出す。いきなり何を言い出してるんだこの馬鹿は。口元を拭い、改めてリリィの顔を見れば……そこにあったのは単純な疑問の感情のみ。それ以上の何かは見て取れなかった。深いため息を零しながら、呆れた表情を作って嫌そうにオレは口を開く。


「だって、お前と致してる最中にあのクソ魔王が出てきたらどうするんだよ。あいつ、ぜってーもぎりとってきそうだもん。しかも一発じゃなくて複数回に分けて時間をかけてもぎりそう。流石に痛みにはだいぶ慣れたけど、それはオレも嫌なものでな?」


「うん……?」


 よくわからないと首を捻るリリィ。ああ、それでいい。

 わからないままでいてくれ。

 こんなクソくだらない建前で納得してくれ。

 だってそうだろ? 別人でしかない、宝玉が覗かせている別の存在であることはわかっていても、仲間を殺した女の顔がくっついてるんだ。抱けるわけがないーー。最もそんなことは口にも出さない。オレとリリィは仲違いなんてせず協力関係でいるべきなんだ。そうしないと互いの、殺される、って目的も果たせない。


「まとめると、まずはオレとリリィの仲間を増やして宝玉の力を分散させて弱体化させる。そして次は、境界越えした誰かを見つけて、うまくオレたちを殺す方向へ誘導させる。そしてーー最後は神頼み。うっは、死ぬハードル高すぎだろ」


 だが、これだけでも成果だ。死に向かってオレは歩めている。

 少しだけの達成感を胸に秘めて、残りの酒を一気に呷った。


 ……


 あれから何年が過ぎたか。ようやく黒の宝玉に見初められそうな人間を見つけた。思わずうひひと変な声が出そうになるのを抑えて、オレはーー戦火に包まれた街の上、アメジストの翼を広げて眼下を見下ろした。醜い人の争う声や、金属同士がぶつかり合う中、今まさに十字に縛り付けられた一人の女の足元に、火が共されようとしていたところだ。

 これは魔女裁判。元の人間の経歴も、問答の内容でさえも関係ない。

 ただただ罪をかぶせるだけのくだらないものの末路がこれだ。


 火が灯され、女の顔が苦痛に歪んだ瞬間を見計らい、オレはその場へと舞い降りる。周りの、無骨な鎧を着た連中から驚きの声や、やはりかという声が聞こえてきた。


「……初めまして、聖女さま。お迎えにあがりましたが……これはどうにも、周りが騒がしいご様子。しばし、お待ちください」


 相手はただの人間だ。宝玉の力を受けたオレに叶うわけもない。ちょっと研ぎ澄ました黒の魔力を放つだけで、それらはもの言わぬ肉片となって吹き飛んで行った。ああ、脆い。脆すぎる。長いこと自分の中で燻っていた黒い感情に火が灯ったのを感じた。

 このまま周り全てを殺してしまいたい。戦火の後、炭さえ残さずとばかりに暴れまわりたい。これがリリィの言ってた感情……相変わらず、きつい。だがそれでもオレたちは死ぬために歩みを止めてはいけない。流されてもいけない。歪に笑ってしまいそうな頬をどうにか抑えこみ、瞳を薄めて小さく微笑みさえ携えて、オレは火に炙られたままの女を振り向いた。


「さて、クレア。信仰を決して捨てずに、正しい理想と共に祈りを捧げた聖女。おめでとう、キミには選択肢がある! このまま偽りの罪と共に魔女として生きたまま焼かれて死ぬか、或いは……、永遠かもしれない旅路を歩み続ける、そんなバカみたいな道の二つがね」


「……何を、言って」


 きっと意地悪く笑っているんだろうな。自分でそれがわかる。

 どうしていいかわからない、そんな顔になった女を見てーーオレは止めとなる言葉を放つ。


「あぁ、後者はーー君が信仰を捧げ続けることができる、そんな道でもあるんだぜ?」


 ……


 そこは枯れた大地だった。数多の死体が転がる虚無の世界。私はそこを、一歩一歩歩き進んでいく。その歩みが自らの死へつながると信じて、目的の存在で出会うため、歩み続ける。そして歩みを進めた先、一本の枯れた杉に背を預ける人影を見つけた。


「……おめでとう、貴方は権利を得た。羅刹の如く戦場を駆け、命を捻り出して燃やし尽くした鬼よ」


 その人間は老いが始まっていた男だ。きっと丁寧に整えられていただろう白髪はだらしなく乱れ、その体には五本を超える剣が突き刺さっていた。たった一人で本隊を逃がすため、この場に止まり足止めを果たした男だった。


「ふむ……私も、ここまでですかな。戦場に、このような……娘が」


「うん、残念だけど貴方はここで死ぬ。でも、ヴェルハイム。貴方には選択肢がある」


 まだ残っていた兵士が私の姿を見つけたようだ。法螺貝の音が響き渡り、辺りからわらわらと、蟻のように兵士がたかってくるのが視界に映り込んだ。ヴェルハイムは瞳を開ける力も残っていないのだろう、本当に小さく、言葉を零す。


「……娘、ここは君が来る、場所ではない。逃げ、なさい」


「ううん、それは必要ない。先にも言った通り、貴方に選択肢を与えるために、ここにきた」


 私は夜天の魔王の力を解き放つ。飢えていた宝玉の力が暴れだしそうになるが、どうにかひと掬いだけしたそれを取り込んで、魔術を行使する。……一瞬にして昼は夜に移り変わる、時を超える夜のヴェールが世界を一度包めば、空には星々さえ輝き始めた。


「……逝きなさい、弱きものたち」

 

 それだけの言葉で、夜天の魔力に押し潰されて赤い塊に変わっていく蟻たち。

 溢れそうな獣の欲を押え付け、私はヴェルハイムを頷かせる為の言葉を告げる。


「さぁ、選択の時間。この場で朽ち果て至れぬ剣の境地を思い鬼哭啾々の一風となるか、永永無窮となるかもしれない道を剣と共に歩み続けるか」


 そして私はしゃがみ込み、ヴェルハイムの力なく落ちた腕を手に取る。


「答えは知っている」


 老いた指先が、私の腕を掴んだ。


 ……


 そうしてオレたちは仲間を得た。もっとも詐欺に近い方法で手に入れた仲間だが。二人ともオレたちの目的には同意してくれたようで、今は別々の城をもたせて、魔王として活動してもらっている。もっとも名ばかりの魔王であり、そんな侵攻活動だなんて一切していないのだが。

 ようは、人間様のお相手をさせてるってことだな。


 最も、マリアは信仰の道を貫き様々な街へ出かけては人々を救い続けている。

 そしてそれが祟り何度も殺されていたが。オレには理解できない感情だね、何か自分の意図にそぐわないものがあれば団結して自分を殺しにくる相手だなんて、救おうとすら思わない。


 ヴェルは剣の道を極めるが如く、放浪魔王様をしていた。健気にもオレやリリーを主と慕い尽くしてくれる体のいい従者だ。それくらいの自由は認めてやらねーとな。マリアと違ってヴェルは言われたことを守る、だからこそ、自由にしていい、だなんて言わなければいけなかったのだが。


「ねぇ、ノア。あれから何年経ったかな」


「さぁ、何年だろうな。ああ、リリー。転がってる酒のボトルを数えようぜ。クリスタルみたいな形したやつが一年に一本しか買わないやつだ、それを数えたらわかるかもしれねー」


「それはあてにならない。戦争で買えない年もあったと覚えている」


「じゃあオレにもわかんねーな」


 今、オレたちは城から少し離れた街の中で暮らしていた。名目上は境界越えをした連中を探すため。終わりの見えない死ぬ為の旅路に嫌気がさしたのもあった。本当にそんなものいるのか。出会えるのはどんな確率なんだ。もう焦りだなんて感情は湧かない、あまりに長く生き過ぎたから。


 安い金で借りている倉庫の寝床から立ち上がると、広い中央まで出て行き、石の上に木の板を乗せただけのテーブルへ腰をかけた。今日は何をしようか。いい加減、女も男も抱き飽きた。酒もそんじょそこらの高級品じゃもう新鮮味さえ感じない。

 新しい刺激が欲しい。あとは死ぬだけが目的の人生に新しい刺激が。


「……ん?」


 珍しい客人がきている。倉庫の敷地内から足跡が聞こえたからだ。オレの耳は人間様と比べて異常に優れている、それくらい聞くのは造作もなかった。待つのも面倒だ。偶然、扉を開けたところで鉢合わせしよう。そんな気まぐれを起こしたオレは倉庫の扉の前へと向かい、タイミングよくそれを開いた。


「ッおっと……悪い悪い、オレ今から出かけようとしてたんだけど、なんかあった?」


 ヘラヘラとした笑みを浮かべて、目の前に立つ人間を観察する。性別は男性、身なりはいい。少し汗をかいている。中年。顔を出すようにしている酒屋の店主。なんかトラブルかね、と簡単に結論付けた。この街じゃオレは多少なりは荒事にも対応できる運び屋として身分を偽っている。それを期待してのことか?


「すまねえ、ノアさん。またあの門番があてつけみたいに金を毟ろうとしてるんだ。悪い噂が立つと商人もこなくなっちまう、ちょっと見てきてくれないか?」


「あー、いーよいーよ! 任せてよー、でも、今度お酒サービスしてね?」


「うちには関係ないんだが、ノアさんならいいよ。お得意様だし、いろいろと世話になってるしなぁ。そうだ、いい酒が入ったんだ、試飲させてやるよ!」


 ……金貨一枚以下の酒だろう、どうせ。

 歪みそうな頬をどうにか整えて、オレは軽快に返事をして倉庫を出て行く。


「ったく、あの門番……いくら降格に左遷食らったからって外部の人間に手を出すなよなー。余計な仕事じゃねーか……オレ、なんでこんな人間なことしてるんだ」


 ため息混じりに駆け足で門番の元へと向かっていく。途中で魔術を使って自分の存在を認知できないようにして、アメジストの翼を広げて空を駆けた。どれどれ、相手はどんなやつだ。また商人相手に吹っかけーー。


「――ほざくなよ。金貨が一枚幾らの価値があると思っている?」


 その瞬間に鳥肌がたった。まるで陽光のような、黄金と柔らかい橙色が混じった髪の女が振るった剣の軌跡が、集中していなかったとはいえオレに視認できなかったから。それにあれはなんだ。かつてオレとリリーが仲間にできるか考えていた、若くして死んだはずのエリシア・ダナンじゃないか――。


「無駄に剣を振るうなよ、エリシア。クズに振るうにゃお前の剣は勿体無さ過ぎる」


 そして隣の男が使った紫電を纏うあの力、あんなものはオレですら見たことがない。思わず絶頂しそうになるほどの興奮を感じた。あれらには可能性があると、そんな種類の興奮だ。試したい。今すぐ試したい。キミたちはオレを殺すことができるのか、試してほしい――!


「……ヤベェ、ヤベェよ、ようやく見つけた、可能性……!」


 慌てて地面へと降り立ち魔術を解除する。そして、早鐘のように響き始めた心臓を押え付け、溢れ出る狂気の笑みを押し潰し、平時の表情へと戻していく。ああ、そろそろ頃合いか。駆け出してしまいたい気持ちを押さえつけて、オレは門から二人に向かって歩みを始めた。


「――クールだね。悪いけど現行犯だ、その身柄はこっちで貰いたい」


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