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82話

「うーん、ヴェルにはああ言っちゃったけど……オレも魔女様は苦手なんだよねぇ。ウマが合わないっていうの? ああ、そんな感じでどーもどーも」


 ぼそぼそとノアは独り言を零しながら――この町の西部に存在する一際大きな大聖堂、その中心部に姿を現していた。ノアの能力をもってすれば、例えそこが聖なる結界に包まれた空間でも構わず移動する事が出来るのだ。影縫い、一定範囲内に存在する影へ転移する事が出来る異能の力である。

 大きな人の像に祈りを捧げている女を見つけると、ノアは肩を落とす。まだ続けているのね、そんな想いを込めて。


「――やぁ、マリア。久しぶりだね、元気にしてたかい?」


「――ええ、言われずとも。本日はどのような御用でしょうか、色情魔」


 辛辣な口調でノアへと言葉を放った女が振り返った。肩下まで伸ばした曇りなき金色の髪、穢れを一切知らぬ真白のドレス。全てを見抜き通しそうな金色の瞳の前では、あらゆる嘘など零す事さえ許されない。彼女の名前はマリア――先ほどノアと話していたヴェルハイムと同属、遥か西に城を保有している筈の魔女であった。


「いやー相変わらずだねマリアは。流石のオレも惚れ惚れしちゃうよ、その金色の瞳には。どう? 開眼した女の子とプレイしたことないんだけど、ちょっと一回ヤらせてくれない?」


 聖女――いや、魔女はその言葉に眉を顰めた。

 金色の瞳は開眼の証だ。この世界にも、そしてロイがいた世界でも、その色の瞳は特別な意味を持つ。世界に愛されて、そして自らが追い求めた自称に愛されたモノだけが開眼しえる特別な瞳の色だから。例えばこの魔女、マリアの金色の瞳――それは魔術において他の追随など決して許さぬ程の技能を修め、才に恵まれた証となる。


「まだそんな下らない事を。数年ぶりに顔を出したと思えばそれですか」


「はは、下半身には正直でいるって決めてるから。で、どうだい?」


 きっと、マリアの瞳がノアを射抜いた。やべ、とノアが引き攣った顔をしたが時は既に遅い。魔術抵抗力には自信を持っていたノアでさえ、一瞬でその瞳に引きずり込まれ――気付けば上下左右さえあやふやになりそうな星の海の中へと放り出されていた。

 そこはかつて天才錬金術師が辿り着いた真理の海に良く似た場所であった。ただ、点在する眩い星星の一つは真理ではなく――人間では到底及ばない英知の塊であったが。


「……タンマタンマ、流石にこれはヤバい。マリア、冗談がキツいぜ」


「冗談でノアをここまで連れて来たりはしません。用件自体は既に分かっています、この町自体私の監視下なのですから。ですが、初めからそれを告げず懲りずに何度も何度も下らない誘いを」


「ほーら、あれだよ。仲がいいからこそ――ワンチャンス、期待しちゃうみたいな?」


 指を一本立てながら細い垂れた眼をにっこりとさせ、反省の欠片も見せずけらけら笑うノア。それを見たマリアは両足を肩幅まで開き、金の瞳をすっと細ませながら両腕をゴキゴキと鳴らすと、先ほどまでとはうってかわってドスの効いた低い声でぼそっと言葉を零す。


「流石にノアを殺す事はできないので、半殺しにしましょう。ここは私の世界です、半殺しにして、回復させて、半殺しにして――ああ、意識があるままミートパテにするのはどうです? 意外と気持ち良いかもしれませんよ」


 そしてマリアの姿が掻き消えた。あまりに早い移動速度にノアはえっ、マジでやるの? と呟こうとしたがそれさえ許されない。


「シッ――!」


瞬き一度すら許さない速度でノアの懐に潜りこんだマリアが、白のドレスを躍らせ美しいフォームで振り上げた拳を顔面へと叩き込んだからだ。

 

 赤い血を噴出しながらノアが凄まじい速度で吹き飛ばされていく。僅かな躊躇さえ見せず、マリアは吹き飛んでいくノア目掛けて左手の平を向けた。一呼吸する間に十を超える幾何学的な魔方陣が構築され、稲妻、氷、炎――あらゆる魔術元素がうねりを上げ、鼓膜を破りそうな程の轟音を伴って放たれる。

 それは確実にノアを直撃し屠る――とまではいかずとも、暫くは立ち上がれない傷を与えるはずであった。だが、その攻撃がノアに直撃するよりも早く、星の海の空間が悲鳴を上げ――ひび割れ、崩れ落ちていく。呆れたようにマリアは溜息を零すと、向けていた左手を下げ――その崩壊を受け入れた。


 気がつけばマリアは先ほどの大聖堂に立ち尽くし、ノアはアメジストの翼を広げて、神聖な巨像の頭に胡坐をかいている。


「……何度見ても、特異な技をもっていますね。まぁいいでしょう、あの二人には私も興味があるので乗ってあげますよ。ロイ・ローレライとエリシア・ダナンという存在を見極めましょう」


「えへへー話が早くて助かるね。いや、全然早くはなかったし殺されかけてるけど、ま、いいや」


 翼を仕舞いこんだノアはそのまま飛び降りるようにしてマリアの隣へと降り立つ。すると腕を組みながら、先ほどまでとは違う、細く、冷め切った瞳でマリアを見据えて、確認のように言葉を投げた。


「ねぇ……マリア。いや、クレアか? それともエーテル? フィーレン?」


「マリア以外は過去の名前ですから。マリアで結構――本当の名前も忘れましたので」


「ハハハ、笑えない――あの二人はもしかしたら、お前を殺す事が出来るかもしれない存在なんだ。見極めるときも殺すなよ?」


「心得ています。聖女が人殺しだなんてするとでも?」


 ああ、なんて朗らかな笑みだ。だがそれと共にノアは思う。

 ――お前は何年の時を過ごしてきた?


 黒の宝玉に犯され人間を辞めさせられた。それでもお前は信仰を捨てはしなかった。

 クレアは老いる事のない聖女の名前だった。最終的には魔女だと火あぶりにされた。

 エーテルは老いる事のない聖女の名前だった。最終的には魔女だと猛毒を飲まされた。

 フィーレンは老いる事のない聖女の名前だった。最終的には貼り付けにされ幾つもの剣の切先をその体に沈めた。


 ああ――それは全部、マリアだ。どれだけの信仰を、奇跡を捧げようとも、老いることのない姿を見た群衆に裏切りの刃を突き刺され続けたマリアだ。生きたまま炙られようとも、一滴舐めただけで全身が麻痺し臓腑が腐り落ちるような毒を飲まされても、剣で体を陵辱されようとも、信仰を捨てなかったマリアだ。


「もしかしたら、全てを出し切った上で――死ぬ事ができるかもな」


「――それは、甘い夢ですね」


 ヴェルハイムも、マリアも、余りに長い時間を生き過ぎた。いつか本当の化物になる前に、安らかな死に場所を。初めこそ黒の宝玉を壊して二人を助けようとしていたノアであったが、過ぎた時間が、自身をも犯している黒の宝玉の力が、今更に壊してもとうに遅いんだと思い知らしめてくるのだ。

 ならば最高の死に場所を。剣を極めたヴェルハイムは剣で。魔術を極めたマリアは魔術で。


 どれだけ身体は化物になっても心は人のままだ。

 何百年と続くこの世界を生きるには脆すぎる。特にヴェルハイムは剣に固執しすぎていた――どれだけこの世界を巡ろうとも己と満足に戦えるものがいなかった絶望は、徐々に心を飲み込んでいくだろう。事実、飲み込み始めていた。

 そしてマリアもヴェルハイムと同様だ、彼女の場合は相手を探すことすら諦めて何度も何度も裏切られた信仰に依存し、どうにか人格を保っているだけであったが。


「……頼むぜ、ロイ君、エリシアちゃん」


 どこか寂しげに笑ったノアの笑みが、大聖堂へと消えていった。


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