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81話

 一際甲高い金属音が響いた。それがロイの意識をぼんやりとした完了から引き戻す。欠伸をしながら段上を見れば、エリシアの刀が相対する男――ヴェルハイムの剣を弾き飛ばしていた。流石だね、そうロイは薄く笑みを浮かべながら一人ぱちぱちと小さく拍手をする。


「……む、見事。類稀なる才か」


「褒めていただいてありがとうございます――貴方も良い剣でした、感謝を」


 一度、虚空を切り払ったエリシアは静かに剣を鞘へ仕舞いこむ。その所作といい、凛とした声といい、観衆を盛り上げるには十分なものであったようだ。同時にどっと歓声が沸きあがり、それを一身に受けながらエリシアは段上を後にする。ロイの元まで歩いてきたエリシアは、掛け金――買った金を集めているロイを見て、ふーんと澄ましたような瞳でロイを見た。


「賭けだなんてしていたのか、不誠実だな」


「……いや、ほら。だってエリシアが勝つの分かってるし、それに乗らないワケないじゃん?」


「まぁ、信頼されていると思っておこう――私は暫くここで他の人も見ていくことにするよ。あの剣三本はロイに任せてしまってもいいか?」


「おう。売り払ってくるわ」


 たんまりと積まれたこの世界の紙幣を鞄に詰め込んだロイは、にっこり笑顔で三本の剣を脇に抱えてエリシアへ背を向けてアリーナを去っていく。それを見届けたエリシアは暫く体に異変がないかどうか確かめながら、活気を取り戻しつつあるステージを見上げるのであった。


 ……


 一方、アリーナの裏手へ去っていった男――ヴェルハイム。彼は汚れた外套を脱ぎ捨てた。丁寧に整えられた燕尾服が、その初老の男にはよく似合っていた。そのままヴェルハイムは静かにアリーナの裏手に備えられた椅子に腰を下ろす。ふー、と昂ぶった吐息を零した。


「いやはや、アレは大した逸材ですな。私とて剣の道を究めた自負はありましたが、この姿ではどうにも。まさに……化物と呼ぶのが相応しい」


 まるで愚痴とも取れる言葉だ。だがその言葉の端々では堪えられぬ昂ぶりが溢れ出しており、何よりも吊り上った頬が、見開かれた瞳が、再戦を望まんとばかりに煌いていた。

 そんなヴェルハイムの隣に、不意に闇が溢れ出す。ずるっとその闇の中から這い上がってきたのは――短い金髪。垂れた赤黒い瞳。先ほどまで宿屋でロイ達と話していたノアだった。最も、その相貌は別人のようであったが。


「やぁ――どうだった、ヴェルハイム。あの二人組みは」


 闇から這い出たノアの背には身の丈ほどはあるだろう翼。煌くアメジストのようなそれは妖しく輝いている。白いシャツは止めてすらおらず、筋肉質な胸元をはだけさせていた。


「ああ……やはり見ていられましたか。あれはノア殿が連れてきたんです?」


「何、町の外で見かけて目に留まってね」


 ノアは宙に浮かびながらけらけらと笑うと、ヴェルハイムの肩に腕を乗せ、妖しく笑いかける。


「――あの女。エリシアは中々そそるぜ?」


「ええ、確かに。まだ歳もいっていないのにあの才は……素晴らしいの一言に尽きる」


「どうだ、殺されそうか?」


 唐突な問いにも関わらず、ノアのそれにヴェルハイムは獣のように苛烈な笑みで答えた。


「それが適うならば、どれだけ幸せか」


 ヴェルハイムはそういうとおもむろに立ち上がり、腰元の剣を引き抜いた。静かな輝きを携えたそれを正中に構え、踊るように剣を披露する。先ほどエリシアとステージで剣を交えた時とは全く異なった、型に当てはまらない自由な剣技。


「エリシア嬢との戦いでは何度、本気を出してしまおうかと考えたでしょう。ですが私がそうすれば歯牙にも掛けず目の前の相手は死んでいく」


 事実だ。ヴェルハイムという男は剣才に恵まれた。だがそれは、圧倒的なまでの剣の才能は、ヴェルハイムを満足させる事は決してなかった。どんな相手も剣才だけでで捻じ伏せる事ができたから――。剣での会話を、心温まる最高の瞬間を求めていた、それなのにも関わらず圧倒的な剣才はそれを許さない。


「安心しろよヴェル。お前は東の城へ帰ってろ。オレがあの二人を連れて行ってやる――そこで本気でも何でも出すがいいさ」


「はは、嬉しい限りです」


 刻まれた皺を深くしヴェルは笑う。奇しくも、一身に剣の才をその身に受けたエリシアとヴェルハイム。過ごしてきた日々の密度は違えど求めるものは同じ。剣を交えるに足る相手だ。


「――さて、ロイ君にもなんか仕掛けて見極めなきゃね。どう、ヴェル? お前、ロイ君の方も相手にする?」


「ご冗談を。あの隣の男からは迸るような才は何も感じなかった、私が出るまでもないでしょう」


「あらーそう。オレも今相手するのはタイミングが悪いしねぇ……相手するならベッドで歓迎したいのに、あいつらったらすげー嫌な目をするんだぜ?」


「ノア殿は相変わらずですね。……であれば、西の魔女は如何でしょう」


 西の魔女。それはロイ達にノアが話していた――西の魔女の手下を指す。自分が相手取ろうとしないヴェルに対して、ノアはお前も相変わらずだな、と苦笑する。


「……ま、あいつも来てるか。んじゃあそうしてもらおうかね」


 面白い事を思いついたと言わんばかりに笑うと、ノアは右手を地面へ向けて伸ばす。指先から一滴の闇が零れ落ちたと思えば、瞬時にそれは一人が難なく通れるほどまで拡がっていった。そのままノアは現れた時同様、その中へ沈み込んでこの場から消え去った。


 一人になったこの空間で、ヴェルハイムは独り言を零す。それは感情と、これまでに積み重なった様々な思いが重なった、本心からの言葉。


「本当に、この生を終わらせるに足る存在であってくれよ」

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