80話
大通りを武装して歩くのはSランクギルド、蒼穹のメンバー達であった。それぞれ精悍な顔つきで、これから始まるであろう戦にそれぞれの思いを馳せている。リーシャはそれを遥か上空――東国からの侵略に備えて建設された、街の外周に聳え立つ防護壁の上に立ちながら眺めていた。
その隣には胡坐で座り込むハル――いや、フィア・ルーセントハート。
「……タイミングが良すぎる。リーシャの話であれば、前回の戦争ではロイが幕引きしたんだろう? その当人が伏せった瞬間にこれはどうにもおかしいように思える」
「ええ、そうね。あたしも思うわ――もっとも、前回の戦の正しい答えは分からないんだけど。少なくともあたしを助けたロイが、何らかの手段を用いて終わらせたんでしょうね」
「へえ――随分と信頼していることで」
フィアの黒髪が風に揺れた。髪飾りがちりんと音を鳴らす、
「ま、それはいい。問題は相手の数だ――流石に多い、幾らそれぞれが確かな実力を持っていても白兵戦じゃ押されるぞ、戦争は数だ」
「勿論あたしも茶々は出すわよ、セルシウスとの契約上は彼女を攻撃手段に用いることは出来ないけど。それでも守護してくれる了承は得たから、その分は楽ね」
「……機械の国だろう、東国は。間違いなく遠距離攻撃をしてくるぞ、それがどんな手段――爆薬積んだミサイルが飛んでくるのか、レーザーが飛んでくるのかは知らないが」
呆れたようにリーシャはフィアを覗き込んだ。
よくそんなこと知っているわね、と。
「フィアが生きた時代にそんなものあったの?」
「流石になかったよ、銃のまがい物みたいなものはあったけど。真理を得ている私だぞ、時間は掛かるし脳に負担もかかるが、それくらい探し出すのは訳もない」
全ての情報が格納された知識の源泉、それが真理。フィアは真理を得ている――正しくは真理という知識の源泉に対するアクセス権を保有している。当人はそこから探し出すのは訳もないと簡単そうに呟いたが、事実は違う。簡単な訳がない。
常人であれば溺れて死んでしまう知識の海だ。そこから目的の情報だけを掴んで這い上がるなど、簡単などという言葉で済ませてしまっていいものではない。天才であり、自ら肉体を捨て真理を究めることに注力したフィアだからこそ出来る芸当なのである。
「……魔術に、剣や槍、斧に固執するこの国をフィアはどう思う?」
「急だな、今する話じゃないだろう」
「気になったのよ。錬金術を納め、真理を究めたあなたがどんな風に思うのか」
「――他を圧倒できる、それを継続できるなら手段はなんでもいい。魔術でも、錬金術でも、機械でも化学でも。だがそれが一人に依存し始めたら終わり、力を失った国は支配領域を失い、最終的には滅ぶ」
遥か先――とはいえ、既に肉眼で見えるほどの距離にまで近付いてきた灰色の軍。それをつまらなさそうに見据えながらフィアが言葉を零す。まるでそれは、自分が辿った道であるかのように深い重みを持った言葉であった。
「実体験?」
「ま、そうだね。私が生前に居た国はそうだったよ。運悪く――私の錬金術の師が戦争で亡くなってね。膨大な数の錬金術師達を纏めていた人だ、影響は計り知れなかった」
フィアは立ち上がると、埃を両手で払いざっと足元の小石を散らす。――すると、音もなく静かに足元から質素な椅子が練成され姿を現した。それを見たリーシャは思わず息を呑む。僅かな練成反応さえ見せなかった、今の現象に。
「……驚いただろう? 私の師が極めていた練成術だ。バランスが良ければ練成光は青色、意志が強すぎたり何らかの原因でバランスが崩れていれば赤色、そして――完璧な制御とバランスが保たれていれば練成光は出ない。今みたいになるんだ……その反応を見るに、失伝した技術だろうけど」
私はバランスに関しては下手だから直ぐ赤くなるけど。そう呟いたフィアは退屈そうに椅子に座り、足を組む。その金色の瞳が見据えるのは果たして迫りつつある灰色の群なのか、それともまた、別の何かなのか。リーシャはどう話しかけていいか分からず、小さく吐息だけを零した。
「その師が亡くなり、私が属していた組織――法政錬金術師たちは早々に腐っていった。まぁ、初めから腐敗していたんだけど。……後はもう察している通りだ、がたがたと組織は崩れ落ち、錬金術師の街は地図上から消えた」
そう、ありがと。それだけ返すとリーシャはフィアと同じように眼前を見据えた。果たして自分に、迫り来る機会の大群を止められるかどうか。いつか自らを捨て殺されかけた瞬間の、鈍い鉛の色がフラッシュバックする。
「……私はこの戦争には参加しない。振り払う火の粉は払うがそれだけだ、期待す――」
自らの意思を告げたフィアであったが最後まで言葉を告げることは適わず、瞳を見開いたような変な顔をした後で、大きな声で騒ぎ出した。その瞳の色はフィアが真理を辿っているときの金色ではなく、ハルが元々持っている明るい茶色に戻っていた。
「聞いてないです、フィア! 私はロイさんが居る街を護らなきゃいけないんです、貴女が出ないなら私が!」
ハルと精神が入れ替わったのだろう。何度見ても慣れない――そう思いつつリーシャが椅子から立ち上がったハルをなだめようと手を伸ばしたところで、再度ハルの瞳が金色へと戻っていく。
「……何も、私だって好き好んで意地悪しているわけじゃない。原初の精霊とリーシャが護りとして立ち回るんだ、今の私のリソースを割く最優先はそこじゃない。あの馬鹿を戻す手段を探すのを優先しているだけだ」
ハルの身体に居座っているのはフィアの方だ。身体の優先権的な意味合いだとハルが有利だった、それを無理やり押し付けたフィアは頭の中で響くハルの声と、唐突に真理の海から追い出されたことによる頭痛で頭を抑え、椅子に座りなおす。
「……随分とあいつに尽くすのね」
「はは、そう見えるか。尽くすというと甲斐甲斐しい女のようで嫌だけど、それでもいい。結果、私はあの馬鹿に救われているから」
「ふーん……まぁいいわ。そろそろ目下の問題の対処ね」
リーシャが天目掛けて片手を上げた。黒のワンピースの上に着込んだ白衣が風に揺れ大きく舞い上がる。腕の先には大きな魔方陣がいくつも重ねて展開されていき、次第に青い稲妻を携え始める。リーシャが腕を下ろしてもその先に魔方陣は残り続ける――高等技術とされる遅延魔術の一種。
こうして、ロイの知らない間に戦は始まろうとしていた。




