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Sランクギルドを追放されたクズは何でも屋を営むそうです  作者: 398
1章/無職のクズは秒速で一億円を稼ぎたい
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8話


 魔術師ギルドの統括が持つ権利は非常に多岐にわたる。ギルドで行う研究の予算から始まり、更には人員の配置から給与面、そして配属先。簡潔にまとめるのであれば、魔術師ギルドとしての金のかかる部分、研究内容、配属するすべての人員を指定する権利がある。

 無論、リーシャとて人の子であり、それら全てを並行してできるほど化け物じみてはいない。故に、管理職を立て、彼らが配下をまとめ、それらの成果をリーシャが聞き、指示を出すのだ。


 普段は持ち前の冷徹な瞳で、報告をしている管理職の人間を見抜き、嘘をつけばその場で燃やされそうな程に威圧をしているリーシャが今日に限ってはどこかおかしいように見えた。部下が報告をしていてもどこか上の空で、頬を緩めたり、時折には凄まじい怒気を放ったりしていたのだ。


「……報告の途中ですが失礼します。リーシャ様は調子が優れないのでしょうか?」


「えっ、あぁ……そう見えたか?」


 リーシャは気を払って集中するかのように持ち前の銀髪を振るうと、瞳を細め質問をしてきた管理職の人間を見据える。


「ええ、どこか……失礼なお言葉かもしれませんが、少々嬉しそうに見えました。私はこの一年間、リーシャ様の傍で働かさせて頂きましたが、そのような表情は初めて見ました」


「ふむ……大事な打ち合わせの場なのにすまないな、一旦外部の監視の目は切っておこうか」


 赤い瞳が一際大きく輝くと、これまでとは一転して赤ではなく漆黒の瞳へと移り変わる。リーシャの赤い瞳は魔術を行使している証であり、それはこの魔術師ギルドでもごく一部、リーシャ自身が信頼し、仕事を任せている管理職の人間しか知らない。

 ではその赤い瞳が何を見ていたかというと、この王都を見渡すような景色であった。リーシャは持ち前の魔力総量の多さでいくつもの監視の目をこの街へと飛ばしている。見た目は青い鳥であったり、小動物であったりと様々だが、統一されているのは致命的な異変を見逃さない為に展開しているというところか。……現在はその監視の目の一つが、異変を完治する為ではなくロイを覗き見る為に使用されているが。


 今夜の約束を取り付けたというのにあの男は酒場に行った、とか、マジでガバガバ飲んでやがるとか、相変わらず変わらないなぁ、とか様々な感情が入り混じった結果がこのような感情の露出だった。どうやら久しぶりにロイに会ってテンションが上がったいたらしい、と内心で反省するリーシャ。


「失礼したな、続きを聞こう」


「いえ、とんでもございません。寧ろ、年相応の表情が見れて私共も安心します」


「そういうものなのか? ま、いい。続けよう、もう三月で四月には予算の申請、そして税の申告も済ませておかねばならないからな」


 大きなテーブルに肘を置き、聞き漏れがないよう手元に配布されている資料を見返しながらリーシャは意識を会議へと没頭させていくのであった。


 ……


 まだ昼間なのにも関わらず、ロイは酒場へと入り浸り、カウンターで店主とべらべらとおしゃべりを楽しんでいた。片手には冷えたエールの入ったグラスを持ち大声で何かを叫んだあと、ぐっと一気に飲み干す。ごくごくと爽快な音を立てながら飲み干すと、ロイはグラスを木製のカウンターへだんっと勢いよく置いた。

 ヒュー、とちょび髭の生えたマスターはオールバックの黒髪を搔き上げながら口笛を吹いて賞賛する。おかわりとは言われていないが、何も言わず次のエールをグラスへと注ぐと、ロイのテーブルの前へと置いた。


「クーッ、やっぱこれだわ……昼酒は染みるぅ! んでよ、聞いてよ店主さん。蒼穹のマスターったらすげー赤くなって怒った顔で俺に言ったの! 人間的にダメなやつはクビだ追放だって。ひでー話だよなぁ、どれだけ俺が劣勢な場所に立ってきて支えてきたと思ってんだっての」


「話は聞いてるよ、今じゃ街中の噂さ。遂にロイ君が追放されたってね。聞いてる限りだと貴族様、立場が上の人間からはえらい悪い評価もらってるね、ロイ君は。ま、素行が素行だから仕方ないとは思うんだけど……君は自分の功績をアピールしなさすぎる」


「……アホ言え、じゅーぶんにアピールしてるわ」


 苦笑しつつ、店主はカウンター越しに備えられた椅子に座ると、ロイの眼の前で自身のグラスへとエールを注ぎ、返答をする前にぐっとグラスを傾けた。おいおい、店主が飲んでいいのかよ、とロイが突っ込むが、店主は、お客さんはロイさんしかいないからな、とにっこり笑って返す。


「ロイさん、君は見捨てなさすぎるんだ。故に私も救われて、こうしてあんまり売れちゃいないが酒場なんて切り盛りすることができてるーー」


 ロイは黙って次のグラスへと口をつける。


「そうやって救われた人間はたくさんいるよ、この街に。ロイ君がその体を張ってさ、本当に破られたら終わりの戦線を支えてくれたこともあっただろう? 私は今でも覚えてるよ、同じSランクギルド、蒼穹の…リーシャさんを背負いながら、君が帰ってきたあの日のことも」


「そんな古い記憶よう覚えてるな……忘れちまったわ、んなもん」


「私は娘を救われてから君にお熱でね。それで格安で酒も出すし、こうやって楽しくお話もしたりするんだ。だからこそ、今回の采配はあまり、というかすごく……納得がいかない」


「おいおい、今は二人しかいねーからいいけどよ、もしも発令したのが大臣様や国王様だったりして他の奴らが告げ口したら店主さんも捕まるぞ。打ち首なんてされはしねーだろうけど、一週間は店が開かなくなるぜ」


「おっと、口が滑ったよ、ふふ。……ま、ロイ君がいいならそれでいいけど、思った以上に君は愛されてるよ、きっと」


「野郎に愛されているよーなんて言われても気持ち悪いわ、鳥肌が出てきちまうからやめてくれ」


 ロイがこの店主の娘を救ったのは本当だ。隣国の密偵に攫われそうになっていた、いや、一度拉致されてしまったのをロイが単身で乗り込み救い出したのだ。蒼穹としては公式に受けていない依頼のため、ロイの成果が評価されることはなく、公表されることもなかったが。


 Sランクギルドへの依頼は金がかかる。故に、店主は自身の娘が隣国へ拉致されても、依頼を投げることができなかった。どれほど悔しくて惨めな思いをしたか店主は今でも思い出せる。可能であれば臓器を売り、命を捧げてもいいと思った程に大切な愛娘なのだから。だが、もう再会することは叶わない、そう絶望の淵に追いやられた時、救いの手を差し伸ばしたのがロイであった。


『ーー金はいらねえ、美味い酒で手を打ってやるよ、あんた酒屋だろ?』


 アルコールを一気に飲みフラフラしているロイは、木製のカウンターにうつ伏せになり、今すぐにでも寝息を立てそうだった。そんなロイを見て店主は微笑むと、椅子から立ち上がってカウンターの下の引き出しから毛布を取り出すと、そっとロイの背中へとかける。


「どれだけ素行が悪くても、君はきっと愛されてるよ。でも、ちょっとは控えてもいいかもしれないね」


 すっかり起き上がる気配のないロイを尻目に、店主は再度自身のグラスへと冷えたエールを注ぐと、心の中でクズの英雄に乾杯、とだけ呟いて夜の営業へ向けて料理や酒の仕込みを再開するのであった。


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