78話
この世界でのアリーナは入場する為に金を払う。そうすれば入場する事が可能となり、内部の施設――訓練所や備え付けられた武具、そして模擬訓練を行うステージが利用可能となるのだ。エリシアの皮袋から出された貨幣でロイとエリシアは並んでアリーナへと入場すると、そのまま案内に従い、訓練を行うステージとやらへ向かっていく。
「……しかし、先ほどからすれ違う冒険者だが」
「あー、言うなよ。ノアはアリーナへ行けば腕自慢に会えるぜ……みたいに行ってたけど、あんま期待はしないほうが良さそうだな」
すれ違う冒険者をロイとエリシアは横目で流し見る。どれもこれも二人のお眼鏡に適いそうな実力を持っているものはいなさそうだった。人を見た目で判断してはいけない、よく言われているが――あまりにも弱そうなのだ。迫るような剣気もなければ覇気もない。
「なぁなぁで生きる、日銭の為に武器を取った連中だわな。俺も同じだけど……なんていうか、ここですれ違う連中は、そうだな――武器が命を奪う事を知らない顔をしてやがる。ぬるま湯に浸かってる、そう言えば伝わるか?」
「伝わるとも。私には理解できない、これで腕自慢とは笑わせる――長居するような理由も無さそうだな、早く見て帰ろう。まったく、期待していた分だけ損に感じ――」
エリシアの言葉が途切れぬ前に二人は広がったアリーナ内部へと出た。ロイの下の世界にあった闘技場よろしく、回りには観客席が備え付けられ、空が見える吹き抜けの構造になっている。ただ違うのは、一つの大きなステージではなく、九つほどのステージが揃えられていたことだ。
そしてその真ん中――ステージに立つのは、深く皺が刻まれた、老いた顔立ちの剣士。伸びた白髪をオールバックにしてまとめており、汚れた外套を一枚身に付けていた。その老剣士は今入ったばかりのエリシアを見つけると――驚いたように瞳を見開く。
「――損に感じたが、どうやらそうでもないらしい」
頬の端を吊り上げたエリシア。昂ぶった感情に答えるが如く、腰に下げられた刀がまるで出番を急かすかのようにかたかたと震え始めた。老剣士とエリシアは互いの剣気に当てられたのだ。闘争本能が求めるがまま、エリシアは鋭利な瞳で老剣士を見据え、腰元の刀の鯉口を鳴らす。
「……程ほどにしとけよ。俺にゃわかんねー世界だが、やりすぎんなってことで」
生憎、ロイは剣の道に生きるものではない。ただ片手剣が使いやすかった、それだけの理由で担っているだけだ。ましてや天才でもない、エリシアと老剣士の間に何が起きたのかは理屈では分かったが、理解はできない。
戦闘民族様だねぇ、そうへらへら笑いながらエリシアの元を離れると、ロイは手短な地面に腰を下ろす。
「――成る程、良い気概をお持ちのようだ。だがその場で殺気を零すのは些か良くないだろう、登って来い、名も知らぬ剣士よ」
老剣士は冷静だった。自らが上っているステージへ来るよう促すと、静かに、冷静な青い瞳でエリシアを見下ろす。ああ、そうだなとエリシアは頷くと、周りの視線を一身に受けながらステージへと足を進め、段上へと上がっていく。
「……あの女、早々にヴェルハイムとやる気かよ」
「賭けようぜ。どっちが勝つか」
「アホ言うな、結果が分かってちゃ賭けにならないだろ」
周りで訓練をしていた連中が集まり、ざわざわと騒ぎ始めた。あの老剣士の名前はヴェルハイムというらしい、相当な実力者のようだった。賭け、という単語が聞こえた瞬間にロイはその輪の中へと何食わぬ顔で入り込んでいく。
「おいおいおいおい、賭けするの賭け、俺も混ぜてよ」
「種があんならいいよ、でも今回は不成立だ。皆ヴェルハイムに賭ける」
「あ、そう。じゃあ俺はあの女に賭けるよ――おーいエリシア、お前の腰の剣、三本ともちょーだい!」
え、まじかよ、といった視線を受けながらロイはエリシアへと声をかけた。直ぐに三本の剣がぽいぽいと軽く投げられ、ロイはどうにか一本も落とすことなく両手で受け取った。そしてそのうちの一本を鞘から引き抜くと、地面に突き刺し、鞘を賭けグループの全員に見えるように突き出す。
「ほい。これで種も足りるし賭けも成立だ。いいだろ?」
「……随分と信頼してるのね。こりゃあの女に賭けとく方が正解か?」
ばたばたと賭けグループが盛り上がっていく中、向かい合ったエリシアとヴェルハイムの間の空気は酷く鋭利なものと化していた。互いに何を語るでもなく、その空気を味わうかのように深く深呼吸をする。
「――エリシア・ダナン」
エリシアが名乗る。その名を聞くと、ヴェルハイムは思うところがあるのか僅かに眉を潜めたが、何かを聞く事はせず言葉を返す。
「ヴェルハイム・テリア」
エリシアの心中、湧き上がる感情は剣を交える事が叶う歓喜。長い時をただ静かに、虚弱な体で過ごしてきた彼女が持つものは天道剣聖。横に出るものなど何一つとして存在しない、唯一無二の剣の才能。昔はそれを十全に振るう事ができなかった。だが虚弱な体から開放された今ならば、それが叶う。
――相手に飢えていたのだ。恐ろしいほどの空腹感、満たされぬ存在意義。ロイと剣を交えて得た満足感でさえ、エリシアの器を満たすには全然足りない。
「……さぁ、剣を」
自らの腰元から抜いた剣を軽く握り締め、正中に構える。
そしてエリシアは飢えた獣のような表情で、乾いた唇を軽く舐めた。




