77話
「ちゃちな魔術だなんて使いやがって。珍妙な格好までして、お前らスリの類……にゃ見えないよな」
「馬鹿を言わないでくれ、そんな事する訳が無いだろう」
その三人組は大衆の目前という事もあり直ぐに襲い掛かってくるようなことはしなかった。物陰から緊張した視線が注がれる中、エリシアは両腕を腰に当てて投げられた問いへと回答する。ロイはと言えば、エリシアの背後でこいつはスリなんかするより王城とかの宝物庫に乗り込んだ方がはえーわ、と苦い笑みを浮かべていた。
「難しく考えるな。お前達の実力が剣に見合っていなかっただけ、だから剣は私を選んだ。……だから貰っていっても構わないか?」
「――チッ!」
痺れを切らした三人組のうちの一人が懐から取り出したナイフをエリシア目掛けて投擲する。鋭く空気を切り裂きながら飛来するそれは先端が僅かに輝いており――ロイは毒が塗られてるなぁと他人事のように考えていた。無論、エリシアの実力であれば、そんなものは危害を加えるに足るものではないのだが。
三人組の行動は大衆の前でするのは相応しくないものであったが、冒険者同士では正しいものだ。危害を加えられる前に相手を制圧する。下手をすれば命の危険すらある世界だった、先手を取るのがどれだけ利を得るのかは考えなくても理解できるだろう。――だがこの場合、それはあまりに愚かであった。
相対しているのはただの冒険者ではない。エリシア・ダナンであったのだから。
飛来したナイフはエリシアの柔肌を傷つけることなく虚空で留まり、僅かな蒼い稲妻を放って石畳の地面へと突き刺さった。それを見た三人組はそれぞれ腰や懐から予備の武器としているだろう短刀や小弓を取り出したが――既に遅い。
「ああ、ロイ。決闘では見せなかったが、私はこんなことも出来るぞ」
エリシアはほんの少しだけ陽光のような、金と橙が溶け合った淡い色合いの髪を振るう。そして顎を少しだけ上げ、酷く鋭い瞳でその三人組を睨み付けた。いや、睨み付けたと言うのは正しくない――自らの殺気の世界へと、文字通り引きずり込んだ。
傍にいた影響だろう。ロイですら――首筋、心臓、肺、眼球、人体のあらゆる急所に鈍く光る刃の先を突きつけられたと錯覚し、強烈な寒気と悪寒を感じた。瞳を見開きながら、バカカスドジ俺を巻き込むな、と殺気に満たされた世界で不退転の決意を起動し――どうにかその世界から這い出ることに成功する。
溢れ出る大量の汗を愚痴交じりに拭うと、三人組はその場に倒れ伏せぴくりとも動かない。俺でもヤバかったもんそりゃ気絶するわ、としんどそうにロイは笑い――思いっきりエリシアの頭を平手で打ちぬいた。ばちーんと叩かれたエリシアはその場でよろけると、涙目で頭を抑えながらロイへと講義する。
「な、なんで私を叩くんだ!? 完璧にこの場を納めただろう、血の一つも流さず! 何処に不備があった!」
「俺を巻き込んでるからだよカッス! 本気で殺されるかと思ったわドジ!」
「な、なっ……それでもカスなどとは言いすぎだ!」
ぎゃーぎゃー喚きだした二人を暫くの間周囲の民間人は恐る恐る見守っていたが、暫くするともう剣を抜いたりすることはないのだろうと理解し、徐々に人の流れが元に戻り始める。冒険者同士の争いは良くあることなのね、と横目で通行人に無視され続けている三人組を見ながら、ロイは深く溜息を零した。
「……ま、いい。ロイが傍に居過ぎた、というのもあるが私のミスみたいなものだからな、――おいで」
そっとエリシアがおいで、と言った。すると三人組の背、腰から剣の鞘が飛来する。宙へ浮いていた剣は飛来したそれにしっかりと収まると、三本とも重なるようにエリシアの手中へと収まった。見事な装飾ではあるが、冒険者の手にあっても尚飾られたままなのは本懐を果たせないものな、と困ったように彼女は笑う。
「なぁ、その三本の剣はどうするのよ。売り飛ばしたいんだけど、エリシアの支配下とやらにあるんじゃねーのか? それだと売った後に文句言われそうだから、解除したいんだけど」
「そうだな、宝石が多く付いている鞘だけ売ろう。安い鞘でも新調して剣は私が持っておくよ」
ふーん、売ることに否定的感情はないのね、と確認を終えたロイは三人の事は振り向きもせずアリーナと呼ばれた場所へ向けて歩を進めていく。背後からエリシアが、重いから二本くらい持ってくれと頼んだが、ロイは重いし俺のじゃないしヤダ、などと言って歩を止める事はなかった。




