74話
無為に高い金を通行料として搾っていた衛兵は、ノアが別の衛兵に突き出してしまった。
その後、ノアに連れられ、ロイとエリシアは衛兵が不在の門を潜り抜けて街の中へと入っていく。辺りを見渡したロイは、元の世界と同じくらいの建築技術だねぇ、と興味深そうに並び立つ家、そして店を見ていく。
「そういえば君達のお名前を聞いていないんだが、どうだい、自己紹介だなんて洒落込まない?」
「……ロイ・ローレライ」
「エリシア・ダナンだ」
「あらら、無愛想だね。そういうのもキライじゃないけど――まぁいい。入ってくれ」
そういうとノアは大きな倉庫の前で足を止めて、大仰に一礼する。その倉庫は古びた木製の倉庫だった。警戒心を抱きながらも二人がその中へ足を進めると――迎え出たのは一人の少女。リーシャと同じ白銀の髪をツインテールとして括り、華奢で、そして儚げな印象を与える小さな背。ゴシックなホワイト・ドレスに身を包まれたその子は、まるで人形のような雰囲気を漂わせてた。
「――ノア。この人たちは?」
「オレが連れてきた。聞いてよリリー。あの女の子、クソみたいなことしてた門番に何したと思う?」
「知らない」
「あの刀で頭バッコーンって! オレの手間も省けたし、面白そうだし、連れてきちゃったんだよねー」
「そう。……とりあえず、貴方達は座って」
そのリリーと呼ばれた少女は自らのドレスなど気にも留めず、そこらへんに転がっていた木箱の埃を軽く払うと、そのまま足で蹴っ飛ばしてロイとエリシアの元へ木箱を寄越した。もっとも力が足りていないようで、最終的にはロイがその木箱を――倉庫の中の、大きな木の長テーブルの傍に運んだのだが。
「……おい、このテーブル大丈夫かよ。適当に木箱乗せただけの柱じゃねーか」
よく見ればそのテーブルの端は雑に乗せられた木箱で出来ていた。よくよく見ればテーブルも僅かに傾いている。
「ああ、気にするなよ。少なくともオレが使っている限り壊れた事も崩れたこともないぜ」
気を利かせたのだろう。ノアがガラス製のビーカーに珈琲を人数分淹れて持ってきた。人の良い笑顔でロイとエリシアの傍にそれを置くと、足を組んで対面側の椅子へと座り込みヒューと口笛を鳴らす。
「ま、寛いでよ。せっかくオレの仕事を減らしてくれた客人だ、なんでも聞いてくれ――どうせその格好から見るに、どこからか流れ着いた旅人か、果ては訳ありか、探りはしないから遠慮しないでよ」
ああ、やっぱりこの格好は特異なのね。思わず苦笑いしつつ、珈琲の香りを味わうロイ。変な匂いはしなかった。そして本当に一口だけ口に含む――妙な感覚は一切しない。それを見ていたノアは、あらあら、随分と警戒されていること、と嘆くと――テーブルを回りロイの目の前の机に腰を下ろすと、軽くロイの手からビーカーを取る。
そして人の良い笑顔を浮かべたまま大きく一口、飲み干した。
「……どう?」
「ふーん、毒は無さそうだね」
「本当に信頼されてないなーもう……ま、いいよ。正しい心構えだ」
ちらっとノアが隣のエリシアに目を配ると、しまった、といった表情で既に珈琲に口をつけていたエリシアがいた。お前警戒心無さすぎだろ、というロイの視線と、傑作だ傑作、とけたけた笑うノアの声に当てられ、僅かに顔を赤らめたエリシアが眉を潜め、ダンッとビーカーを机へと叩き付けた。
「……もう戯れは終わりでいいだろう。ノア、お前は何を企んでいるんですか」
「ひー、笑った笑った。……でも、本当に企んでるんでもなんでもないんだよね。仕事でラクさせてもらった、だから礼をしたい、キミらは常識が無さそう――おっと失礼、そう、ユニーク……だったから質問があれば応えてあげよっかな~、くらいの軽い気持ちさ」
なぁ、リリー。と、ノアが銀の少女を振り向く。
その少女は少し考えた後に、口を開いた。
「ノアは楽しければそれでいい。でも、悪意は無い。それだけ」
快楽主義者――そんな言葉がロイの脳裏を過ぎった。ああ、確かにその気はありそうだ。ならば気になっていること――この世界で起きている戦争について、そして魔王について、あわよくば黒の玉について、知っている限りを吐いてもらってさっさと出よう。そう決めたロイは、ノアが口を付けたビーカーの淵を避けつつ、珈琲を口へと含んだ。
「ならば三つほど教えてもらいたい。この国では……いや、世界では戦争があったらしいじゃねーか。それは今、どうなっている?」
「ああ――ロイ君、キミは来訪者か。なんだっけ、流浪人とか落人とか言われてるアレ」
ぴくっとロイの眉が動く。
「そう驚くなよ。この世界じゃ戦争だなんて日常の隣にあるものさ。知らない奴だなんていない」
ま、そうだろうなとエリシアは大した驚きを見せず珈琲を飲み続ける。その瞳は真っ直ぐにノアを捕らえ、嘘など許さないとばかりに鋭く煌いていた。
「東の魔王の手下と、西の魔王の手下が勢力争いをし続けている。さながらボード・ゲームのようにね……それに挟まれてオレたち人間様は窮屈でヒモジイ思いをしてるのさ。一昔前は人類と魔物の決戦! って雰囲気だったけど――今じゃ巻き込まれる側さ。それくらい、今の人間と魔物じゃ力の差がある」
現状の話だよ? と両手を広げてアピールするノア。ロイがリリーと呼ばれている少女を見ると、一回、こくんと頷いた。えー、オレの方が一緒にいる時間長いのにぃー、とノアは奇妙なシナを作りながら、テーブルに腰を下ろしたまま身悶えするフリを見せる。
「……二つ目、魔王について。何か知っていたりしない?」
魔王。その言葉を聞くと――ノアは僅かに頬を歪める。
「キミがもし魔王に挑むつもりなら――やめておけ。アレは人知を超えた存在だよ」
「知っているなら教えてくれ。それに俺が用があるのは魔王様本体じゃねー、その背後にあるだろう黒い玉だ」
――今度こそ、ノアの表情が凍った気がした。今までのヘラヘラとした笑みは失せ、真剣に、まるでロイを見定めるかのように鋭い瞳になる。その雰囲気に当てられエリシアが腰の刀の鯉口を鳴らす。一瞬で凍りついたこの場の空気を割ったのは、ロイでも、エリシアでも、ノアでもなく――リリーと呼ばれた少女であった。
「――黒の玉は人間も魔物も魅了する。そして落してしまう。落とされた物は環となり黒の玉のエネルギーになる。もしも破壊するのであれば、東と西の魔王の手下を、殺さなくてはいけない」
「へぇ……随分と詳しいね?」
「うん。私達はそれを破壊するために手段を模索していた。――それともう一つ」
リリーは立ち上がると丁寧に頭を下げる。
「あなたが黒の玉を破壊するのであれば私達はそれを手伝う。だからお願いしたい、黒の玉の破壊を」
唐突な依頼に、無口な少女の静かに頭を下げたその姿。思わずロイもエリシアも次の言葉が出てこなくなってしまった。ロイはエリシアと視線を合わせ――迷いを抱く。果たしてこんなに都合よく目的への道は現れるものか、と。
物事がうまく行き過ぎている時は大抵どこかしらが間違っているのだ。振って沸いた良い結果に、ロイはどう対応していいか分からなくなっていた。
「……もしもキミたちの目的がそれなら、オレからも頼むよ。さっきは悪いね、マジな顔しちゃって」
僅かに眉を潜めたノアも、リリーに合わせるように頭を下げた。そして頭を上げると、リリーを見ながら、ノアはぽつりと独り言のように言葉を漏らす。
「オレもリリーも黒の玉には大事なモノを奪われてるんだ。だからアレだけは壊して、因縁を終わらせたいんだよね。運び屋だからあんまり良い報酬は出せないけど――情報は期待していいぜ。なにせ、世界各地を回ってかき集めた情報があるからな」
片目でウィンクしたノアに、ロイは溜息を吐いた。どうやらこの胡散臭い男の言っていることは信じるに足るだろうと思ったからだ。でなければあの刹那的快楽主義であるだろうノアが、あんな表情をするとは思えなかった。
「……いいぜ、その話に乗ってやるよ。その前に宿を案内してくれねーか? お前の言うとおり落人で、少し疲れてるんだ、安宿でいい」
ぱーっと顔を明るくしたノアは、やりぃとばかりに親指を立てた。リリーもどことなく嬉しそうに頬を緩めてみせる。安宿ねぇ、とノアは少しばかり考えると、いいところがあった、とばかりに手を打ち鳴らした。
「安宿ならいい所がある。この倉庫のオレの部屋のベッドさ――」
「人の貞操を狙うなクソが!」
ぎゃーぎゃー騒ぎ出したロイとノアを尻目に、エリシアは下らないと溜息を零すと、ご馳走様、とビーカーをテーブルにおいて一足先に倉庫の外へと出て行ってしまう。こんな危ないところにいられるかと、ロイもその背中を追うように倉庫を出て行き――ノアとリリーだけが取り残された。
途端に――ノアは鋭く目を細めると、リリーへ視線を向けた。まるで刃物のような鋭さのそれにも動じず、リリーは真っ直ぐな、サファイアのように蒼い瞳をノアへと返す。
「――いいんだな、リリー」
「うん。これで終われるなら、あの子達も幸せだろうから」
「ま、そうだろうな。蝕まれる苦しみから、満たされて終わることが出来るんだ。幸せだろうよ」
まるで今までの軽い雰囲気が嘘であるかのように、鋭い雰囲気を振りまきながらノアは椅子に腰を下ろす。余っていた自分の分の珈琲を勢いよく飲み干すと、小さく溜息を零した。
「ノア。あの二人はどうなの?」
「エリシア・ダナンの方は完璧さ――正直、オレでも剣閃が見えないくらい。まったく、数年前に死んだ女が出てくるだなんて思ってなかったが僥倖だよ。利用させてもらう」
「じゃあ、男は?」
「んー……まだわかんないね。だけどあの亡霊モドキと一緒に居たんだ、普通な訳が無い。でも本当にいいのかい、リリー。あの二人で。目論見が違えば、あの二人を喰らって東と西、どちらも大きくなりすぎる。そうすれば――」
「いいの。どのみち、私達に時間は無いから。これが優しい終わりになればそれでいい、ならなければ――」
「……ま、その時はオレに言えよ。優しい終わりじゃないが、気は使ってやる」
「ありがとう、ノア――」
どこか疲れたような二人の表情がそこには在った。
リリーは銀の髪を翻して、倉庫の奥へと消えていった――。




