7話
リーシャから電話について粗方の説明を受けたロイは、そこに詰められた技術に感心し思わず息を吐く。遠方との連絡手段として、魔力を持たない人間でも容易に使える道具なのだ。それでいて使い方も非常に簡単ーーこれほどまで、情報を遠くまで届けるのに便利なものはないだろう。
「今はテスト段階なんだけどね。良かったらあんたがテストとして使ってくれないかしら、これ。色々とデータが足りていないのよ、とりあえずは持ち歩いて、電話がなったら出てくれればいいから」
「へぇ……俺も新しいものは好きだし使わせてもらおうかねー。でもいいのか、蒼穹を追放されたロイさんだぞ、テスターになんて指名していいものなのかよ。魔術師ギルド的に」
「統括のあたしが言うんだから文句なんて出させないわよ。それにあんたにとっても都合はいいでしょ、非公式の依頼とは言え魔術師ギルド統括様からの依頼だし給与も出るわ」
「リーシャ様のお望みのままにテストさせて頂きます。して、賃金はおいくら万円ほどで!」
畏まった物言いに思わず苦笑いするリーシャ。金が絡んだ時のこの男の態度の変わり方があまりにも早かったからだ。初めから金で釣っておけば良かったかーーなんて黒いことを考えつつ、魔術で虚空から紙とペンを取り出しサラサラと金額を書き込んでいく。
「まだどれくらいテスト期間が設けられるかわからないから、期限は未定。月額での報酬に加えて、変な箇所とか見つけて報告して、それが問題になるようなものだったら追加報酬よ。これくらいかしらね、問題の大きさにもなるけど。
電話を持ち歩いて使うだけで月額三十万。そして電話の問題をロイ自身が見つけた場合はその大きさに応じて追加報酬。ロイは内心でなんだこのバイト美味しいだろ! と涎を零しながら書き込まれた数字に見入っていた。クズの笑顔である。
「……物凄い締まらない笑顔のとこ悪いけど、報酬の初めの支払いは四月よ」
「えっ……それじゃあ俺が今月生活できないだろ!?」
「自業自得よ。これを気に自分の金銭感覚と見つめ合って治療しなさいな……そんな都合のいい話はないってことね」
呆れたように仕草でリーシャは立ち上がると、自身のデスクへと座り込んだ。
「あたしはこれから打ち合わせやら研究成果の発表とかあるから、ここまでね。後日また来て頂戴、報酬の支払先としてあんたの銀行ギルドの番号とか聞かなきゃいけないし。こっちでも異常に関しては調べて、何かわかったらあんたに貸した携帯へ連絡するから」
「忙しい中悪かったな、それにいい仕事までくれて悪いね。んじゃ、また明日あたり来るからよろしく頼むわ」
ロイは電話を蒼穹の白い制服の懐へ仕舞い込み、来客用のソファーから立ち上がった。そのまま手をひらひらと降り、リーシャの執務室を後にする。ロイがいなくなると、デスクに座っていたリーシャが大きなため息を零しながらズル、と椅子の上でだらしない座り方をした。
「事前に連絡もなしに来るんだもん、緊張したじゃない……ま、久しぶりに話せて良かったけど。うーん、でも電話渡したのはやりすぎ……いや、そうでもないか。あたしが統括だし、これくらい良いわよね、うん」
指先が虚空を撫でる。それだけでリーシャのデスクの上に、青い色をした灰色の板ーー電話が現れた。それを手に取ると、あらかじめ登録しておいたテスト用の電話の電話番号を開き、登録名を「テスト端末」から「ロイ」へと変更。ぼーっと見た後にヘラッと緩く笑うと、そのままその端末へ初めての呼び出しをかけるのであった。
……
リーシャの部屋から出たロイは訪れた時に通った石畳の階段を下っていく。そんな最中、先ほどリーシャから借りた電話がなにやら震え音を鳴らし始めたので、これが着信かーーと懐から取り出して応答ボタンと表示されている部分へと触れた。予め受けた説明通りに耳を当てると、当てた部分からリーシャの声が聞こえてくる。直接聞くのとは質が違ったら、リーシャとはっきりわかる程度には鮮明であった。
「……聞こえてる? あたしだけど」
「ああ、すげー鮮明に聞こえてくるんだな」
「魔術師ギルドの総力をあげた開発だからね、そこらへんはある程度調整済みよ。特定の条件下だと少し聞き取りにくくなるけど。……いい忘れたことがあったんだけど、あんた今夜の宿は決まってるの?」
「おいおい、それを聞くのかよ、決まってるわけねーだろ! 文無し舐めるな! ま、最悪野宿だわな。蒼穹のギルドホーム行くのも手だけど、二度と行きたくねーし」
「そ。じゃあ良かったらあたしん家来ない? あたしが抜けた後の蒼穹の話も気になるし、あんたの今後
についても相談とか乗るわよ」
「……え、なんでそんな気を使ってくれるんだよ。裏がありそうでめっちゃ怖いんだけど。大丈夫? 寝てる間に臓器とか売られたり変な魔術の実験に使われたりしない?」
思わず眉を顰めたロイ。どこまでこの男は失礼なのだろうか? 電話の向こうでリーシャは頬を染めながら怒りに頬を震わせているのだが、そんなことは知らぬロイは失礼な口を開き続ける。
「有難いからいくけどな。魔術師ギルド統括様のアドバイスは正直欲しい、楽して秒速一億円くらい稼ぐ方法とか! 詳しいことは今夜聞くわ、どこに行けばいいよ?」
「腐りきった性根ねクズめ。ま、いいわ……あたしの勤務が終わるのが夕方くらいだから適当に時間潰してて、待たせて悪いわね」
それだけ聞こえると、ブツッという音と共に電話は切れた。これが終了の合図か、とロイは懐へ電話を仕舞い込んで、魔術師ギルドを抜けるとまだ高い日差しに思わず喘ぎつつ、どうやって時間を潰すもんかねえ、と一人呟いて行く当てもなく街を彷徨うのだった。そんなロイの遥か頭上に、とても珍しい青い色の小鳥が飛んでいるのにも知らないまま。
……
「……あー、秒速で一億円欲しい。あいつから貰ったこの電話のテストも内容を加味したらすげー実入りがいい仕事だろうけど、物足りん」
なけなしの小銭を払って商店街でりんごを買うと、皮ごと齧り咀嚼する。爽やかな香りが口内に広がるのを味わっていると、ロイの目に物乞いをしている老人の姿が映った。ボロ布の上には首から看板がかけられておりーーなんでもやります、と書かれているではないか。
「なんでも……ねえ」
齧っていたりんごをその老人めがけて投げると、老人は嬉しそうに受け取りりんごへと齧りつく。あんがとな、にーちゃんという声に片腕をあげて対応すると、ロイは口元に指先を当てたまま考え込んで歩を進めていく。なんでも、なんでもねえ、と。
「そういや、商業ギルドも色んな店……遊楽から賭博場、宿屋とか鍵屋まで大小あるけど何でも屋ってねーよな……」
これはもしかして良い閃きか。考えこめば考え込むほど、ロイの思考はより具体さを増していく。多少の戦闘なら俺ができるし、俺が出来ないことは人を雇ってやらせればいいーー何よりも、自分自身の休暇も自身の給与も自分で決めればいいのだ。売れに売れれば秒速一億円も不可能ではない、と。良いのか? という考えは次第に、良いんじゃね? へと変わっていき、最終的には最高じゃん! と自分自身で思うまでに至る。無論、都合のいい展開しか起きなかった場合であり、最悪のケースのことは一切考えられていないのが実にロイらしい。
「始めますか、何でも屋……まずは今夜、あいつに相談せんとな!」
浮き浮きの気分でロイはステップを刻み、まだ日が高いのにも関わらず、酒場の扉を潜っていくのであった。夜には女性と会う用事があるのにも関わらず、酒を飲むその姿はまさにクズであるーー。
勿論、ロイのことを常に視界に収めるように飛んでいる青い鳥になんて、気づくわけもなかった。