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69話

 案内された風呂場は広々としたもので、よく分からない獅子のような置物の口からお湯が湧き出ていた。たんまりと長い間お湯に使ったロイは、口笛を吹きながら身体を拭いて、用意されていた服――主に元の世界の東国にて流行っている浴衣に似ていた――を着込む。流し着のようなそれがロイは気に入り、るんるんと食堂までの道のりを歩いていった。


 道中、様々な剣が飾られていた。赤い刀身の剣や、まるで御伽噺に出てくるかのような見事な造りの一振り。果たして剣が好きだから名剣を集めているのか、それとも剣に愛されているから勝手に寄ってくるのか――エリシアのことを考えながら、食堂の扉を開く。


「……ロイ殿、湯加減はどうでしたかな」


「ああ、ばっちりよ。……そういやエリシアがいねーな、どこいった? まだまだ話したいことがあったんだけどさ」


「――はは」


 それを聞くと、困ったようにその執事は笑う。


「さて、話したいこととは?」


「まあ色々だな。だけど最初に……こんなことをしている理由について、かね」


 ロイは手短な椅子を引くと、疎子に腰を下ろして足を組んだ。執事姿のアルフも習うように、ロイの正面の椅子に座り込むと、ゆっくりと腕を組み合わせ、鋭い視線を送る。


「……こんなこと?」


「ああ……ちょっと露骨過ぎたな。俺も干渉系の魔術の本を知らなかったら疑いもせず信じてただろうね」


 呆れたようにロイは溜息を零すと、アルフの鋭い視線に噛み付くかのように、ぎっと冷たい瞳を向けた。今の二人は客人と、執事同士の関係ではなくお互いの腹を探り合う敵同士、そんな言葉が似合うような雰囲気だった。


 だがそのにらみ合いも長くは続かない。唐突に食堂の扉が開いて、赤いパーティ・ドレスを着たままのエリシアが姿を現したからだ。やはりこうなったか、そう言わんばかりに苦い笑みを見せると、ちょいちょいとロイを指先で呼ぶ。


「……まさか今日気付かれるとも思わなかったが、まあいい。中庭まで来てくれ、ロイ。そこで話そう」



 ……


 中庭に下りると、静寂と、そして柔らかに世界を照らす月明かりの世界に迷い込んだかのようだった。花壇の白い花は優しく照らされ、幻想的な雰囲気を漂わせている。エリシアの陽光のような髪も、一度夜風に舞えば、まるで宝石のように煌いて見えた。


「……さて、ロイ。どこから気付いた」


 静かに石畳の上を歩いて中庭の真ん中まで進んでいく二人。


「初めからさ、最も風呂入っている時にピースが漸く繋がったけどな」


「ほう?」


「まず、お前の言葉には――説得力があり過ぎるんだよ。俺には三十日っていう期限があるんだが、その一日をここで過ごすほどバカじゃない」


 茶髪の髪をぼさぼさとかきながらエリシアの瞳を見つめ、ロイは自分が気付いた点を次々と述べていく。


「あと執事のオッサン。あの身のこなしは業じゃない、俺ならそれくらい気付ける。多分、魔術かなんかか? 俺の知らないことをやってんだろうなとは思った」


「次は?」


「屋敷の中が静か過ぎる。初めこそ食堂に召使はいたが、それ以降誰も見合わせてないし気配も感じない」


 ははは、鋭い鋭い。エリシアは朗らかに笑うと、中庭の中央に辿り着いたタイミングで足を止め背後のロイを振り返った。その真っ直ぐな瞳に向かい合う様に、ロイも足を止めて視線を返す。


「それでロイの結論は?」


「この屋敷には初めからお前しか存在しない。何らかの手段を用いてお前は迷い込んだ人をもてなしている、理由は――いくら考えても分からない。なんでこんな無駄なことをしてるんだよ、取って食う為か?」


「取って食いやしないよ、でも――無駄なことは認めるよ。何せ……この屋敷の中は、私の我侭の世界だからね」


 不意に気配を感じてロイが振り向けば、そこには執事であるアルフがただ深く、エリシアに向けて頭を下げていた。やっぱり、気配を感じなかったな――それを確認したロイは、改めてエリシアへと振り向いた。


「さっき話しただろう。私の家は――戦争の煽りで騎士だったものに襲われ没落したんだよ。その際に当主だった父親も、母親も、執事長も、私も殺されている」


「……へぇ」


 困った笑みを見せながらエリシアは話を続けた。


「父親は母親を庇って殺された。母親は慰みものにされて殺されたよ。そうしたらアルフが私を庇って死んだ。漸く我に返った私は、剣を持って何人か殺したけど大人には、騎士には勝てなかった。そのまま槍で殺された」


 エリシアの瞳に影は見えない。その裏にある気持ちはロイには分からないからこそ、余計な口を挟む事もできずに、ただただ吐露される心中と、今まで伏せられていた事実を聞くことしか出来ない。


「そうして私は最後に言葉を吐いたんだ。皆死んでしまえ、そう言葉を吐いた。言葉には力がある。死に掛けて曖昧な存在になっていた私に、それは良く馴染んでいたらしい――」


 儚い笑みを見せたエリシアは軽く指先で虚空をなぞる。すると、光の粒子に包まれたカードが零れ落ちた。それを指先で掴むと、書かれている内容を見たエリシアは不親切かな、と言葉を零す。そのまま指先で一回叩いて、ロイへくるくると回すように投げ渡した。


 この世界にもステータスカードなんてあるのね、と苦笑いしたロイはそれを覗き込んで――更に、苦笑いを重ねることしかできなかった。

 余りにも相反した神様の悪戯ともいえるそのアビリティに。


 ---

 エリシア・ダナン

 筋力E(D)、耐久F(E)、魔力C(B)、幸運D(C)

 アビリティ

 ・天道剣聖SS

   剣に愛され、また、剣を愛した、天で唯一無二の存在

   武器種類:剣を用いている場合、莫大なステータスを加算する

 ・言葉魔術S

   言葉を用いて相手の魂にまで事象を刷り込ませる魔術

   殆どの場合使用されたことすら分からない

 ・虚弱体質S

   虚弱な身体、全てのステータスを一段階下げる

   また、体力の消費量を二倍にする

   また、体力の回復にかかる時間を二倍にする

   また、全ての状態異常耐性を莫大に減少させる

 ---


「あまりにも酷いと思わないか、ロイ。こんな生まれ持った虚弱な身体でも全うに生きてきて、そして、大きな夢さえ抱かず、規律に準じた結果が――これだ。騎士に殺されて終わりだって? ふざけるのも大概にしろ――」


 そう吐き捨てたエリシアの表情は酷く歪んでいた。


「私の呪いで騎士は全員死んだ。言葉というものは強かったようでね……そうして私はもう一つ、言葉を吐いたんだ。まだ――この世界にいたい、そう言葉を、吐き散らかしたんだ」


「……そういうことか、エリシア。今のお前は――」


 そのロイの言葉を遮ると、エリシアは優雅に一礼した。所作の一つ一つが研ぎ澄まされていて、頭を上げたエリシアのその表情が、あまりにも綺麗なものだったので――ロイは思わず、溜息を一つ零す。


「改めて。――エリシア・ダナン、現世に縛りつく亡霊」


 ……少女は両親を無様に殺された。信頼していただろう執事も殺された。

 だから少女は剣を取って人を殺した。でも直ぐに少女でさえも殺された。

 命の灯火が尽きる間際に、その少女は二つの言葉を吐いた。


 ――その一。皆死んでしまえ。

 ――その二。まだこの世界で生きたい。


 あまりにも純粋で無垢な願いだ。そうロイは思った。本当に激情のままに出た言葉だったのだろう。ではその少女の、まだこの世界に生きたいと願うに到った根源は何なのか? 少しだけロイは考えて――直ぐに結論を導き出した。


 ああ、そうだよな、この屋敷に居たのは執事のアルフだけだった。

 この屋敷に飾られたのは数多の剣だけであった。

 そして彼女は剣が好き、そう言った。

 つまりは――そういうことだろう。


「……改めて、ロイ・ローレライ。亡霊なんかじゃない、ただの落ち人だ」


 胸に手を当て、ロイも格式ばった一礼をした。ロイが頭を上げると――隠せない高揚に顔を赤く染め上げ、瞳を見開いたエリシアがそこにいた。そのまま互いに一歩下がると、エリシアが思い出したかのように言葉を零す。


「ああ、剣がないか」


 エリシアは剣を求めるかのように天へ右手を突き出した。するとその求めに応じるかのように――屋敷に飾られていた名剣達が青い稲妻と共に飛来し、綺麗に切先を中心へ突き出した円形のような形で虚空へ留まった。


「さぁ選んでくれ、私の最初で最後の――決闘だ」


 エリシアが望んだのは剣と剣の決闘だった。強い相手と戦いたい想いは消せなかった――だから最後にずっとずっと心中に秘めていた思いを吐き出した。繰り返される亡霊としての日々、迷い込んだ人間を言葉魔術で鮮やかに誘導し――自身に適わないと分かればそのまま悪戯のように数日を過ごさせ町へと返す。


 残された亡霊としての日々が少ないのをエリシアは直感的に悟っていた。だからこそ――暴力的なまでの力で大熊を薙ぎ払ったロイを見たときに心が躍ったのだ。その彼が今、今まで誰一人として気付かなかった言葉魔術に気付き、そして――そして、一人の剣士として、自らに一礼をした。


 ああ――なんて心が躍るのだろうか。


「……良かったですな、エリシア様。では先にあちらでお待ちしております故、どうかごゆっくりと――」


「アルフ、今までありがとう。大儀だった」


 ロイが振り返ると、アルフはまるで初めから存在しないかのように、光になって消えていった。今までロイがいた屋敷も――まるで表向きの塗装が剥がれ落ちていくかのように、蔦が伸び、苔が生えた概観へと代わっていく。


 俺の言葉は無粋かね、そう判断したロイは――虚空へ浮かんだ剣を一目見て、どれを使おうと頭の中で考えを巡らせたが――結局、どれも合いそうなものはなかった。やっぱりこれかね、と溜息を零しながらロイはその場に屈む。そのまま親指を噛むと、零れだした赤い雫で、簡易な陣――練成陣を刻んでいく。


 エリシアがそれを見守る中、練成陣を完成させたロイが片手を当て錬金術を発動させた。すると、大地の鉄分を吸収し――赤い稲妻と共に一本の無骨な剣が練成されていく。それを掴み取ったロイは、やっぱこれだね、と軽く振り回した。


「……それでいいのか?」


「構わない。寧ろ、人様の武器で決闘に挑むだなんて俺にはできないね。何しろ、どんな細工がされてるかわかんねーし」


 意地悪げに笑うロイと、そんなことするわけないだろう、とふくれっ面を見せたエリシア。柔らかい雰囲気もそこまでで、お互いに言葉さえなく――気が鋭く尖っていく。手加減など無用とばかりに、今は後先の事さえ考えず、ロイも不退転の決意を発動させ――出力を高めていく。


 青い稲妻がロイから迸っているのを見ると、負けてられないな、とエリシアは笑い自らの愛剣を手に取った。腰に巻いた鞘なんて邪魔だ、と茂みへ投げ捨て、虚空へ浮かんでいた剣達は、まるで観客のようにロイとエリシアを取り囲む形で大地へと突き刺さる。


 だらんと脱力したように剣を構えるエリシア。対照的に、ロイは大上段へと剣を構えると、ふーっと深く息を吐く。エリシアは知らないがこれはロイとしての、決闘での最上位の礼であった。何せ彼の剣術は我流であり、わざわざ儀式的に剣を構えるだなんて普段からしていることではないから。


「最高の一瞬を――ありがとう、ロイ。全力でいかせてもらうぞ」


「こいよ、今は言葉よりも――剣で語ろうぜ」


 そして、エリシアの刀が――月光に煌いたのを合図として、エリシアの最初で最後の決闘が始まった。


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