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67話

 エリシアの屋敷の中は絢爛な作りであった。散りばめられた調度品は人目でよいものと分かるほどであり――その中でも、到る所に飾られた剣が、ロイの眼によく映りこむ。エリシアを先頭にして屋敷の中を進んでいく間でも、合間合間で飾られているその剣たちはどれも名剣であった。


「……剣が気になりますか、ロイ殿」


「そーね……普通、貴族様の家に武器になるようなもんなんてあんま飾らないからな。侵入者が取って武器にしちまうからよ」


「確かにそうでありますな。また後ほど説明しますが――この森は人々の里からは遠く離れているのですよ。野党など来る事など余りありません……それに屋敷の外には警護者が巡回しております故、敷地内に入ってくる事などもありませんでした」


「しっかりしてるのね。だけど、一本一本がいい剣だな。質実剛健、無駄な飾りはないのに――多分、なんかの加護でも受けてるのか? 魔術的な力を感じるぜ」


 ほう、と驚いたようにエリシアが振り向いた。


「いい眼をしている、その通り――この屋敷に飾られている剣は全て精霊の加護を、様々な形で受けているよ。……どうだ、気に入ったなら一本くらい持っていってもいいぞ?」


 脳内で加護付きの剣だと一本三千万はすんなー、と金勘定をしてから、ロイは首を横に振る。


「やめておくよ。生憎、それで貰ったら何を言われるかわかんねーし……俺に飾っておく剣を貰う趣味もないしな。第一、俺が使ったら使い捨てになっちまう」


「まぁ確かにアルフの剣も壊れてしまっていたな――気が変わったら言ってくれ。なに、特別何を言ったりもしない、ただの礼さ」


 そういうと大きな扉の前でエリシアは足を止めた。そして大きいその扉を、両腕でぐっと開け放つ――その先に並んでいたのは白のテーブルクロスで飾られた長机、そして柔らかなキャンドルの明かりと、静かに礼をする召使の人々。


「ともあれ、食事をしよう。ロイ、君は酒は飲めるか?」


「飲める飲める! ちょー飲める!」


「……そ、そうか。では少しばかりいい酒を出そう……私の書斎から持ってくる、アルフ、ロイをもてなしてくれ」


「は、かしこまりました――」


 そういうとエリシアはくるりと体を回して、今まで来た道を歩いていく。どうやら書斎は反対側にあるのだろう。それを見送ると、ロイはアルフに促され長机に添えられた豪華な椅子に腰を下ろす。アルフも並ぶように腰を下ろすと、ティー・ポッドを手に取り、傍にあったティー・カップへ紅茶を淹れ始めた。


「(――ん? あんな茶淹れ、今まであったか?)」


 アルフが手に持っているティー・ポッドを眼にしてロイは思わず首をひねる。視線を外した一瞬の隙に召使が置いたのだろうか。そう考えている間にもロイの目の前にティー・カップが差し出され、思わずそれを凝視してしまう。


「……ああ、これは失礼しました」


 それを見たアルフはしまった、という顔をしつつ、自身のティー・カップへ紅茶を注ぐと軽快にそれを飲み干した。


「っと……わりーな、そんなつもりじゃなかったんだが……急に茶器が出てきたように見えてな、おろおろしてただけだ」


「なるほど、当家の召使はどれも優秀ですからな。気を配っていないとその所作一つ一つが洗練されている故、気付きにくいかもしれませぬ。……だがしかし、先に私が口をつけるべきでした」


「気にすんなよ」


 そういうと、ロイは僅かに――アルフでは感知できないであろう微量程度に、不退転の決意を発動させながら紅茶を口に含む。いい香りがした、味は――あまり感じない。奇妙な、そう、毒のような痺れる感覚もしなかったので、そのままぐっと紅茶を飲み干していく。


「……改めて礼を。ロイ殿の助力のお陰で、エリシア様を無事に帰すことができました」


「通りがかった縁だしな。それにいい布も貰ってご機嫌よ」


 道中で慣れてしまっていてうっかりしていたとばかりに、アルフはロイの――腰みの一枚の姿を再度、凄く微妙そうな瞳で見つめた後、深い皺を眉間に刻みながらパンパンと手を鳴らす。すると、今まで空間に解けていたのか――そう思うほど、ぬるりと、召使が姿を現した。


「ロイ殿へ何か着るものを――」


 そうアルフが言ったところで、再度、大きな食堂の入り口の扉が開いた。エリシアが食器や瓶の乗った台車を運び入れてきたのだ。それを見るや否や、アルフは慌てたように立ち上がると、エリシアの元へと駆け寄っていく。


「エリシア様、このようなことは申し付けてくれればいいものの」


「気にするな、私の我侭だと思っていい。……ほらロイ、服を持ってきた。そこに個室がある、着替えてきてくれ」


 台車をハウエルへ任せたエリシアは、腰に抱えた布をロイへと手渡した。おっとっと、とロイが受け取り、広げてみると――少し寄れてはいるが質はいいであろう白い布のシャツと、僅かばかり埃の匂いがするが、同じくいい質のネイビーのジャケットとパンツであった。おまけに革らしいベルトまで付けられている。


「……すまないが、少し埃に塗れているかもしれない。払って使ってくれ。この屋敷にロイくらいの男手はいないものでな。古いものを引っ張り出してきた」


「いや、着れればなんでもいい……ってかわりーな、これ、割といい奴なのに」


「それこそ気にするなだ。ロイが戻ってきたら食事ができるよう準備をしておこう、部屋は向こうだ」


 そういうと、台車から食事を降ろしているアルフの手伝いをする為、踵を返したエリシアの背を見ながら、ロイは指定された小部屋へと向かっていって、そそくさと着替えをするのであった。もっとも、脱ぐものだなんて一枚しかないのであったが。


 改めて渡された服を、着替える為に手短なところにあった棚へ置くとはらりと男物の下着が落ちてくる。用意周到だねぇ、と思わず苦笑いすると、そのままそれらの服を着込んでいった。少々サイズは大きめだったが問題はないため、備え付けられていた鏡で全身を確認すると、そのままロイは小部屋を出て行った。


「……あら、俺も大概だけど――あんた達も随分と着替えるのが早いことで」


 食堂に戻ったロイが見たのは――鎧から執事服に着替えたアルフと、鮮やかな赤色のドレスを纏うエリシアであった。整えられた白髪に刻み込まれた皺がアルフの執事服とよく似合っていたし、エリシアに到っては、思わずロイがぼーっとするほどに美しいという言葉がよく似合った。


「ああ、早着替えは得意なんでね。ロイ、君も随分と似合っているよ」


「へいへい、お世辞をどうもね……」


 再びアルフの隣の席へ腰を下ろすと、再度注がれていた紅茶へと口を付ける。


「改めてだが――ロイ、君には助けられた、ありがとう。ささやかな礼ではあるが、落ち人である君にこの世界のことを説明してあげよう。何から聞きたいかい?」


 ロイのグラスへエリシアは琥珀色の酒を注いでいくと、アイスペールから大きなロックアイスを取り出して、からんとグラスへ入れた。そしてエリシアはロイの隣へと腰を下ろす。ふわりとロイの鼻腔を甘い香りが満たした。


「……確かにいい酒だな。で、この世界について俺が知りたいことね」


 軽く口を付ける。ウッディな香りが鼻から抜け――スパイスが効いた辛味が口内を満たした。抜けるような香りは、ロイがこれまで口を付けた酒の中でも、とびきり上質なもののように感じた。


「魔王。そんな奴がこの世界に存在するって聞いているんだけど」


 ぴくっとエリシアの眉が潜む。ふーん、これはいるね、と横目でエリシアの瞳を盗み見ながら、合間をいれず酒を口へと運んでいく――。


「確かに魔王という存在はいるね。私はもうずっと、この館で過ごしてきたから世間の事情には疎いが――数年前は随分と幅を利かせていた様だよ。人間と、悪魔。互いに相容れない存在が随分と酷い戦をしていた」


 気を利かせたロイがエリシアのグラスに同じ酒を注いで、氷を入れる。客人にさせてしまったな、とエリシアは困ったように笑うと、一口だけグラスに柔らかな唇を付け、こくんとそれを飲んだ。


「……慢性化していて私が知る限りでは酷い有様だったよ。資源は枯れ、国は痩せ――有数の騎士ですら反旗を翻し王を討つ有様だった。中には――貴族の家を襲い、家主を殺し、物資を奪うものまで居たな」


「へぇ。随分と荒廃した世界だこと……ま、それが続いていれば魔王はいるってことね。それ、正確には何年前?」


 エリシアはテーブルに置かれた料理をナイフとフォークで取り分けると、ロイの目の前へ次々と配膳していく。こんがりと焼かれた肉、新鮮そうな、瑞々しい野菜のサラダ――どれをとっても、まるで魔法がかけられたかのように美味しそうに見えた。


「大体五年ほどかな。この屋敷だと時の流れを忘れてしまいそうになるから、正確ではないが」


「戦争自体は何年続いた?」


「……さぁ。私が生まれる前からかな、今は丁度二十だから――まぁ、それくらい。まだ戦争が続いていれば二十年は超えている」


 しんどい世界だ、とロイは思わず肩を落とした。早くあの神様がいっていた黒の玉とやらを壊して、あの日常に帰りたいと溜息を付く。そうなるよな、とエリシアも苦笑して、目の前の皿に取り分けられた肉を口へと運んでいった。


「まぁ状態はわかったよ。ここから一番近い町だと徒歩でどれくらいになる?」


「一日はかかるだろうな、夜通し歩いていけば時短できるが――森の中を一人で歩いていくのは薦めんぞ。先ほどの熊はまだ可愛い、中には竜種まで出る森だ。……ま、ロイの力があれば苦では無さそうだが」


「勘弁してくれ……流石の俺も竜種だなんて相手にしてられん。人間様の身じゃ、ああいうのを相手にするのは億劫なんだよ」


 勿論、不退転の決意が発動すれば竜種でさえもロイは落とせる。前にいた世界では、傭兵として放浪していた際――中央都市に来る以前に狩った実績さえあるが、長い戦いを強いられた。可能であれば戦いたくない、それが本音であった。


「……次は世界についてじゃなくて、エリシアさんについてなんだけど」


「客人にさん付けされるのはこそばゆい。エリシアで構わない」


「あぁ、俺もそっちの方が気が楽だよ。んで――エリシア、あんたのその腰の鞘だけ吊るしているのは何?」


 赤いパーティ・ドレス。その腰に巻かれたのは無骨な革の帯に吊るされた、黒の鞘。ただ剣自体はなく、本当に鞘だけが吊るされているのだ。そういえば熊のときも鞘だけ吊るしていたよな、とロイは疑問に感じたので、聞いてみたのだ。


「ああ、これか。屋敷の中を見てくれたと思うが、私は剣が好きなんだ。元々虚弱な体質でね、本気で剣を振るえるのはごくごく短い間なんだけど――せめて鞘くらいは吊るしておきたくてね」


「ふーん……」


 熊との戦いを思い返すと――腑に落ちない点がロイに生まれた。あの摩訶不思議な、不退転の決意の出力について。実際に巨大熊と相対したロイだから分かるが、あの巨大熊に、ロイの不退転の決意を最大出力まで引き上げるほどの脅威はなかった。

 で、あれば。あの時の出力はいったいどんな脅威から生まれたのか。ロイはエリシアへ向けて鋭く視線を飛ばしながら、小ばかにするような笑みを浮かべつつ、問いを投げてみることにした。


「で、どれくらいエリシアは強いのよ」


「さぁてね。――暫く剣なんて振れていないからわからないよ、機会があればごくごく短い時間にはなるだろうけど、お相手しようか?」


「……いや、やめておくよ。女相手に剣を向けるのは趣味じゃない」


 まるでロイの考えなど見透かしたかのようにエリシアは笑みを浮かべながらさらりと流す。あら、一本取られたかと苦笑いしながらロイは目の前の料理に手を付け始めた。


「ロイは腹芸が苦手そうだね――」


 その苦笑いを白旗と見たのだろう。エリシアは陽光のような髪を震わせて笑うと、ロイに併せるかのように美味しそうな肉へと手をつけた。


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