61話
「ハルちゃん――棄権してもいいわよ? 悪いけど、あのクズを叩きのめしたいの。一分でも早く叩きのめしたいのよ。手加減もしてられないから、どう?」
「……そ、相当ご怒りの様子ですね」
「そりゃそうよ!? あのクズ、大衆の前であんな高らかに宣言してくれちゃって! 堪忍袋なんて爆発よ、爆発四散したわ!?」
ハルは会場の中心で眉を八の字に吊り上げながら、地団太を踏んでいるリーシャを苦笑しつつ眺めていた。無論、ハルに棄権などする選択肢などあるわけも無く、その脳内ではフィアと作戦会議中であったが。会場に来ている観戦者たちの間では、あんな統括様始めてみたぞ、と動揺の波が広がっているがリーシャ本人にそれを気にする余裕はないようであった。
「(こりゃあ、前と同じく中央突破してくるだろうね。リーシャは確か統括だろう、私が生きていた時代は上に立つものはすべからく忙しい……そうだな、このような娯楽に身を投じる暇など無かったと思ったが、現代の偉い人間は暇なのか? やけに強い武器やら、キャラクターやら持っていたと思うが)」
「(いやぁ……リーシャさんの場合は多分ですけど――課金ですね)」
「(……カキン?)」
「(ええ、ロイさんのゲームに付き合ってて覚えたんですけど、これって所謂現実でのお金をつぎ込めばつぎ込むほど、加速度的に成長する指数があがるらしいんですよ。リーシャさん、お金持ちなので多分それかと? 課金して経験値二倍、それに対して更に二倍……とか)」
「(大概、煽り耐性がないな……この時代の人間は……)」
呆れたようなフィアの反応に、ハルは溜息を零す。
――だが相手はリーシャだ。そしてロイの煽りを受けてフル課金してきている。
「(……これ、勝ち目あると思います?)」
「(実際に性能差を見ないと分からんよ。始まる前から諦めるのが一番愚かだ――負けが濃厚だとしてもな。気持ちはわかる。だがハル、君にはまだ切っていないジョーカーがあるだろう?)」
切っていないジョーカー。それはフィア・ルーセントハートの存在である。リーシャはまだハルの精神にフィアがいる事を知らない。切るタイミングによっては大いに動揺を誘い、ゲームのミスを誘うことだって出来るだろう。
だが戦とはいつの時代も数だ。それはこのゲームでも変わらない。
「(生憎、考える時間もないようだ――だから、ハル。二つ、君にはやっておいてもらいたいことがある)」
「(……なんでしょう? 私にできることだなんて、たかが知れてると思いますが)」
そして脳内でフィアはごにょごにょとハルへやってもらいたいことを伝えた。意図はハルには伝えないまま、行動だけを伝えたのだ。決して恣意的にハルが動かないように、最高のタイミングで自分――フィア・ルーセントハートを表舞台に出す為に。
聞き終えたハルは初めこそ戸惑ったが、わかりました、とフィアを信じて頷くと、背後に控えていたロイを手招いて隣へと呼ぶ。
「……なんだよ? アドバイスとかはできねーぞ、禁止って言われてるし」
「いえ、ロイさんが傍にいると頑張れる気がするので――私がどんな窮地に陥っても、そこで腕を組んでみていてもらえませんか?」
ぴんとロイは直感的なものを感じた。はーん? と内心で頬を吊り上げながら頷くと、審判――このゲームで不正が行われていないか確認する役目の人間――へ確認する。快く了解を得られたのだろう。ハルに向かってグッと親指を突き立てると、一歩だけ引いたところで、無駄に偉そうに腕を組みながらリーシャとハルが向き合うその瞬間を眺めていた。
「(――ま、ハルがわざわざこんなことする訳もねーな。ルールは俺と聞いてたし……フィアの入れ知恵だろう。ジョーカーを切ったその瞬間、リーシャがゲームを放棄してハルを助けに動くのを防止する為の)」
その通りであった。リーシャはハルの中に居るフィアを知らない。故に出てきた瞬間――フィアと認識した瞬間にゲームを放棄、迎撃体勢に移行させるのを防止する狙いがあった。フィアは、敵対していたフィアがハルの身体を持って再度現れたとしても、ロイがそれを隣で黙認していればリーシャは攻撃を留まるだろう――そんな確信を持っていたから。
「……余裕そうね、そんな隠し手がハルちゃんにあるのかしら」
「さぁね、俺がそんなこと言うと思うか? フェアにいこうぜ統括さんよ……おーい審判! この統括の行動ペナルティじゃねーの! 挑発して作戦をポロリさせようとか、人として風上にも置けなくない? 大丈夫あんたらの上司?」
ばか、煽り過ぎだ。私に返る可能性もあるんだからやめろ。そうフィアがハルの中で考えるも、言葉が届くわけも無く、ロイは軽い口をペラペラ回してとことんリーシャを煽っていく。お前喫茶店でかなり良い事言っていたのにあれは夢だったのか、と感じる筈のない頭痛を感じながらも、フィアはいつでも表に出れる準備をしながら、ハルへと告げた。
「(ハル――すまないな、せっかくの大きい舞台なのに私が出張ってしまって)」
「(良く分かりませんが――大事なのは勝つことですよ。ロイさんがそれを求めてるんですから、それが一番です!)」
携帯を握り締めてハルはリーシャと向かい合った。リーシャの表情があまりにも虚無なものになっていたので、思わずびくっとしてしまったが、大丈夫、私に対して怒っているんじゃない――そう言い聞かせて、携帯を操作し、大会本選のボタンを押下する。
「では始めましょう、リーシャさん。私にも負けられない戦いがあるんです!」
「――ええ、そうね。さっさと終わらせてあのクズをシバかないと」
こうしてリーシャとハルと戦いが幕を開けた。ハルはフィアに言われたとおり、ある二つの操作をしてから中央に向けて自分のキャラクター達を中央へ向かわせる指示を取るが――余りにも不意に、ハルの携帯の自軍エリア上に、赤い点が表示された。たった一人の赤い点が、唐突にハルのロードの前に現れたのだ。
「え、えぇ……嘘ッ!?」
「(ロードを引かせろ! そいつの持っている武器は――相滅だぞ!?)」
開始と共に湧き上がった会場が唐突に静まり返る。何せ、それは今まで誰も見たことの無い現象だったからだ。慌ててハルは傍にいた後方支援のヒーラーに指示を出しロードを庇わせる。庇ったヒーラーは相滅の刀の効果で一撃でライフを一にされ――繰り返された二の太刀であっけなく戦闘不能に陥った。
突然の襲来が齎した効果は劇的だ。相滅の刀は一撃でお互いのライフを一にする武器であり――たった一キャラでハルは後方支援を担っているキャラ一名を、そして敵を倒す為に向かわせたキャラ二名をライフ一にされた。一方でリーシャは突貫させたキャラクター一名のみを失っただけ。
「……スキル、空間転移。リーシャてめぇ、なんでガチャから一パーセント以下でしか排出されないクソ武器のスキルを移植させてんだ……!?」
――スキル移植。武器を失う代わりに成功、失敗判定を持ってキャラクターへその特性を引き継がせるいわば廃課金コンテンツである。成功してもスキル自体の引き継がれる濃度にも判定があり、殆どの場合においてそのスキルの五パーセントでも引き継げれば成功といえる、ロイの中でもクソコンテンツ認定してるものだった。利用率はとんてもなく低い筈だ。実際に何でも屋としてガチャ符を集めるサービスをしているときに、訪れた人にアンケートまで取っていたから知っている。とんでもなく、低い筈、だと。
空間転移、しかもお互いの拠点から拠点までを移動できる程のスキルレベルを持った武器を、移植させる――ロイにはとてもではないが考えられないことだ。何せ空間転移だなんてスキル自体がぶっ壊れなのだから。失敗したときのリスクが大きすぎる。
「ズルはしてないわよ。実力で引いただけ。そう、確立を、実力で」
これだから金持ちは! 頭を掻き毟りながらロイは低い唸り声を上げた。
この対戦形式ではとんでもなく有利な武器だ。何せ下手を打てばたった一撃で勝利が確定するのだから。リーシャは本来であればロイとの対戦まで隠しておくつもりであったが、空間移動は予め座標をしていしなくてはいけない。ロイがロードを自らの城だなんて分かりやすい場所に置いておくともリーシャは思えず、それ以外の手札を見せずに済むこの手段を選んだのだった。
ハルが対処に追われた一瞬の内にリーシャは中央から自らの軍を進めており、それはまるで迫ってくる赤い壁のようにハルの携帯へ映りこんでいた。咄嗟にハルが自軍のキャラを中央へ向かわせようとしたが――途中でその動作が止まる。
諦めかけたのだ。どうしようもないと。だが望みを捨てる事をハルは選ばない。どれだけ悔しくても次がある可能性をハルは選ぶ。
「(……フィア、お願いします)」
「(ああ、任された。すまない、まさかあんな武器を持っているとは……)」
「(少しはいいところ見せようと思ったのに……上手く進みませんね、何事も。私こそすいません、不利な状況に、一瞬で追い込まれて――)」
「(何、いいところはこれから私と、ハルで見せれば良い――解錠してやろうじゃないか、リーシャが切らない手札を、そしてこのゲームの仕様も!)」
一瞬――赤い稲妻が走った。ごくごく僅かな、見間違いかと思うほど極細なもの。だがリーシャ、そしてロイは気付いたのだろう。二人はハルの方を勢い良く振り向いた。天真爛漫な笑顔は消え失せ――底の見えない瞳で、僅かに頬を吊り上げた笑みを見せるハルが、そこにいた。
「――久しいね、フローレス。元気にしてたかい?」
「――ッ!?」
途端にリーシャの頭上でふわふわと浮かんでいたセルシウスが顕現し――ハルを背後から囲うように降り立った。それだけで早くもステージは凍りつき初め、いたる箇所では氷の花さえ咲き始めている。セルシウスの本気が伺える現象だ。
リーシャば瞳を真紅に燃やし、不適に笑うフィアを睨み付けている。
「待て待て、躍起になるなよ。大会の試合中だ。集中した方がいいんじゃないか?」
「……どういうことよロイ。あんた、なんで静観してるのよ」
流石、鋭いね――内心で賞賛の声を送りながら、先ほど審判に確認したルールに触れないよう、ロイは両手を上げ、朗らかな笑顔を見せて言う。
「そういうことだよ。フィアとはオトモダチになったからな、口を挟まないだけだ」
何を言っているんだこいつは? そう呟く間さえ無く――フィアの直ぐ後ろで赤い稲妻が走り、豪華な装飾が施された椅子が練成された。直後、リーシャの背後にも同じ椅子が練成される。何のつもり、と鋭い視線をリーシャがフィアへ向けて飛ばしたが、フィアはどこ吹く風とばかりに無視して、その椅子に深く腰を下ろし、足を組む。黒髪を払うと髪飾りがちりんと揺れ、そのまま座る事を促すかのように、右手を差し伸べる。
「座りなよ、立ったままじゃ疲れるだろう?」
「……何が目的?」
練成された椅子には座らず、鋭くフィアを睨みつけながらリーシャが問う。あの食いつきっぷり、そして対処の早さ、フィアが隣に――リーシャの視界に入るところに俺を置いたのは大正解だねぇ、と苦笑いしつつロイはその問いが交わされる光景を見ていた。
審判も戸惑っているようだったので、ロイはしー、と人差し指を口に当て、審判を制止させておく。
「強いて言えばことゲームに勝つこと、かな? 真理の解錠はもう気が済むまでやった、次は人間の気持ちを理解して、人間になりたくてね」
「冗談はよしなさい。殺しかけた相手に言う言葉がそれ? 本気なら冗談のセンスがないわ」
「いや、本気だよ、フローレス。人間になりたいのも、そしてこのゲームに勝ちたいのも。だから、君が中央から仕掛けてくる事も読んでいたし、あの空間転移も呼んでいたさ。そしてアドバイスするなら――中央には気をつけたほうがいい」
くいっとフィアが人差し指で天を指し示し――勢い良く下へ振り下ろした。
嗜虐的な笑みが前面に浮かんだ、とても意地の悪い顔をしている。
「隕石でも、降って来るんじゃないかな?」




