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Sランクギルドを追放されたクズは何でも屋を営むそうです  作者: 398
1章/無職のクズは秒速で一億円を稼ぎたい
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6話

 リーシャ・フローレス。それがロイの目の前で、本物の馬鹿を見下すような瞳をしながら純度百パーセントの呆れが込められた溜息を零している女だった。歳はロイと同じ十九歳、まだ若年でありながらも魔術師ギルドの統括として周囲から認められている権力者である。

 遡ること一年ほど前に、彼女は自らSランクギルドである蒼穹を脱退しその職に就いたのだ。無論、蒼穹のマスターであるハウエルも反対したが彼女はそれを「魔術師ギルド統括の立場よりも良い研究環境が用意できるなら残るけど出来ないですよね?」と切り捨て脱退に到った。


「……あんた、素行はどこまでもクズだからね、分からない事もないわ。で、何やらかしたのよ? 三股? 四股でもしたの?」


 銀髪をうっとおしそうに払うと、手首に巻いていた髪留めゴムを器用にも取り、そのまま髪を括る。ポニーテールにすると、ふうっと一息ついて細い指先を宙に走らせた。それだけで――リーシャとロイが腰を下ろしている真ん中にあるテーブルへ、香り立つコーヒーが淹れられたカップが二つ、ちりんと僅かな音を立てて並ぶ。


「そんなことする訳ねーだろうが、俺は見境なしに手を出すクズじゃねーぞ! なんだよ、お前は俺を猿かなんかだと思ってんの?」


「そーいうなら自分の行動を振り返りなさい……ま、いずれあんたが飛ばされるのは分かってたけどね、蒼穹は見栄っ張りだし」


 Sランクギルドを見栄っ張りなどと言える立場にあるのがリーシャである。技術面も精神面も秀でていなければいけないだなんて見栄っ張りだとリーシャは思っているのだ。長所も伸ばして短所も同時に伸ばすだなんて人間が人間である以上不可能で、ならば長所を伸ばすほうが良い――そう考えているから。

 自分自身、魔術以外の殆どがからっきしの人間であった為、その思いは強かった。


「ひでえ奴だ……なんだよ、慰めの言葉くらい掛けてくれてもいーじゃん?」


「追い出されただけでは飽き足らず、今度はあたしに手を出そうっての? 呆れた呆れた」


 男って馬鹿だわーと言わんばかりに、されどどこか面白そうに笑みを浮かべるとリーシャはテーブルの上のカップを手に取り、乾いていた喉へコーヒーを一口含んだ。苦いわね、とだけ呟いてそれを戻すと、真面目な顔をしてロイと向き合う。


「あたしは出来ることしかやらない主義よ。これを見て出来そうなら話を聞く、出来なさそうなら黙って帰って頂戴。もっとも、その時は――詰みに近いんだろうけど」


 虚空からステータスカードを取り出すと、リーシャはそれをロイへと放り投げる。別にステータスカードは必要ないんだが、とは言わない。一年間もこの女を、神様や世界に愛されたとしか思えない女を見ていなかったのだ。断ることなんて出来なかった。

 指先で放り投げられたステータスカードを受け取り、視線を落とす。


 ---

 リーシャ・フローレス

 筋力F、耐久F、魔力SS、幸運D

 アビリティ

 ・高速詠唱S

 ・精霊の加護SS

 ・不眠不休A

 ---


「――おいおい、お前人間止めたのか?」


 基礎ステータスの内、もっとも上位ランクを保有している絶対数が少ないのが魔力である。それがSSになっていた。ロイが一年前に見ていた時はAだったのにも関わらず。この魔力というのは超常的現象を起こすためのエネルギー源を指している。ランクが高ければ高いほど、何度も魔術を行使することが出来るのだ。

 故に幾らエネルギー源となる魔力の総量が多くとも、それを行使する人間の魔術を扱う力が高くなければ意味がない。ロイは典型的なこの「魔術を上手く扱えない」タイプの人間であり、幾らSSランクのアビリティである不退転の決意が発動して魔力の総量が大幅に跳ね上がろうとも、難易度の高い術を行使することはできないのだ。


「失礼ね……人は成長する生き物よ。現状に不満を抱いて、知見を得て、自己に投資し修練を重ねていくものだから。あたしが才能を持ってるというのもあるけど」


 不服そうに腕を組んで鼻を鳴らすその姿は、まだ二十歳にもなっていない年齢相応。だがその実態はSランクを束にしても勝てない魔力総量を誇る化物だ。こいつなら俺のSSアビリティについても相談できるか――とロイは一瞬だけ考えたが、即座に否定し、ステータスカードをリーシャへと投げて返す。


「悪かったから拗ねるなよ。……ま、こんなお前なら間違いなく出来るわな。最近さ、物騒な出来事とか、やばそうな予感とか、そういう系の何かを観測してたりしてないか?」


「……随分曖昧ね。あんたの危機感知にでもなんかあったわけ? 昔からそういう悪い勘だけは良かったわよね、まるで引き寄せられるみたいに」


 僅かに眉を潜めながらリーシャは立ち上がり、自身のデスクへと向かうと拳一つほど詰まれた書類を漁り、読み返し始めた。ロイの悪い方の勘が良いのはある意味間違いではない。こっそりとステータスカードを取り出し、それを見ながら様々な方向へと歩いていき突然として自身のステータスが跳ね上がった方向が、最悪が起きる場所なのだから。SSランクアビリティ、不退転の決意とロイは上手く付き合っているのだった。


「ま、そんなところ」


「ふーん……信じてあげるけど。……あった、これくらいかしらね」


 数枚の紙を手にとって、リーシャは再度ソファーへと座る。机の上にそれを広げるとロイが見やすいよう、ざっと広げた。


「二点ほどあって、直近だと――これ。今この大気中にも精霊の要素ってものが滞在しているんだけど、少しバランスが悪いのよね。調べている範囲はこの街周辺だけだけど」


 指先が示すのは様々な色が散りばめられた折れ線のグラフ。その中でも飛び出ていたのは、深い青をした線だった。どうやら、氷の精霊の要素なるものが前年度などと比較して随分と多くなっていることが魔術に疎いロイにでも見て取れた。


「もしかしてこれが最近やけに寒いことの原因か?」


「恐らくだけど、ね。要注意に留まってるけど続くようなら私も出なきゃと思ってるやつ」


 動くの苦手なんだけど、とぼやいてリーシャは次の資料へと説明を進めた。


「次はこれよ、東の国で遂に無機生命体……分かりやすく言えば、命がないのに自立して考え行動する機械が作られたことかしらね。短期的には距離もあるし危機はないけど、長期的な目線で見たら、恐ろしいわね」


 資料にはどうやって撮ったのか不明な写真が何枚も上げられていた。密偵、スパイというやつだろう。情報を蔑ろにする石器時代ではないのだ、それぞれの国は自身が成り上がる為、日々情報収集を欠かしていない。これはその成果なのだろう。


「……人間の形をしてやがる。これで魔術なんて使えたらやべーな、死をも恐れず生産される兵士とか洒落になってないぞ」


「その通り、そんなもの大群押し寄せてきたら魔術師の魔力が切れた時点で負けね」


 だがこれは短期的な危険ではない。ロイのSSランクのアビリティ、不退転の決意が発動するとしたらそれは氷の精霊関係であろうか。およその目測は立てられた――ここまで来ただけあった、とロイはリーシャに向かって感謝をする。


「忙しい中悪いな、すげー助かった。……答えに辿りつけはしなかったけど、目星は付けられた」


「そう、ならよかったわ。――久しぶりに顔を出したんだし、少しくらいゆっくりしていきなさいな。


 手早く机の上を片付けると元々あった位置に資料を戻し、デスクの引き出しからお菓子を取り出して机へ置いて、再三ソファーへと座り込んだ。


「あんた、次はどんな仕事するのよ」


「決めてない。無職真っ只中だよ……それに教員として働こうとしたら俺だって分かった瞬間に皆手のひら返してきやがった、マジであり得ないわ」


「あたしからしたらあんたが教員って時点であり得ないけどね。鏡でも見てみたら?」


「鏡見たら良い男が映ってるに決まってんだろ?」


「そういうところよ? だらしない顔して酒も飲んで、挙句の果て何股もかけてる男が教員に採用されると本気で思ってるのかしら……」


 引いたような冷たい眼で、手のひらをしっしっとしながら離すリーシャ。ごもっともであるので、ロイはぐぬぬと低い声を出すことしか出来なかった。


「ま、蒼穹はSランクだったし蓄えはある程度あるでしょ。自分に合うところ探したら?」


 ぐさっと何かが刺さったようにロイはそっぽを向く。頬には冷や汗。目ざとくそれを見つけたリーシャは、冗談の冷たい目線ではなく、本当に心の奥底から引いたような瞳でロイを見ながら、今のロイにもっとも突き刺さる言葉を投げるのだった。


「えっ……全部使ってるの? さすがにそれは金銭感覚ブッ壊れてるわよ、救いようがないクズだと思うんだけど」


「……う、うるせーわ! 大体誘惑が多いこんな世の中だからわりーんだよ!? あー真人間に更生したいのに世間が邪魔する!」


「はー……こりゃ蒼穹も追放されますわ……。あんた、確か泊まってたのは東風って宿だったわよね。あそこのマスター、金銭にはめっぽう厳しかったと思うんだけど――まさか宿無し?」


「ヴッ……」


 救いようがないわこりゃ、と両手を広げるリーシャ。自身の欲を満たすためだけに後先考えず浪費し、挙句の果て職も無くし家まで失くすその神経はきっと誰にも理解されないだろう。心を抉った言葉のナイフにも耐え、どうにかメンタルを持ち直すと、ロイにはふと気になったことがあった。


「……てか、なんでお前が俺の泊まってる宿知ってるんだよ。来たことあったっけ?」


「――え?」


 その返答は予想していなかったのだろう、ぽかんとしたあとに、リーシャはどこか慌てたように腕を組み、鼻を鳴らすと、行った事なんてないわよ、と視線をズラしながら答える。


「……有事の際にすぐ連絡できるよう、メンバーの宿くらい把握してるわよ。個人行動だなんて、有事の際には危険だから」


「ふーん?」


 ま、そりゃそうかと勝手に納得するロイ。そしてそれを見てどこかほっとしたようなリーシャ。もちろん、メンバー全員の宿なんて把握しているわけがない――ロイの宿だけであった。事実は蒼穹にいた頃より、正確には、とある出来事があって以来、使役している精霊を利用して時々、本当に時々覗いているだけだ。故に宿も知っているだけ。リーシャが魔術において本気を出し、念入りに念入りに隠蔽すれば決してバレないのだ、魔術に関しては素人であるロイには絶対に気付けない。余程高ランクの看破アビリティ持ちなどが出てこない限りは。


「あ、あと良い機会だから渡しておくわ――」


 話を切り替えたかったリーシャは、指を鳴らして魔術を発動させた。すると、テーブルの上には見慣れない形である手のひら程度の大きさの長方形の板が一枚、現れる。


「魔道工学、電気学、様々な部門が総力を挙げて作った発明品よ。電話っていうんだけどね」


「電話、ねえ。これって何が出来るんだよ」


「魔法が使えなくても遠方の人間と話せたり、情報をリアルタイムで配信したり出来るわ。娯楽的な使い方も出来るけどね」


 白い指先がその板を撫でると、突如として発行し始めた。そこにはアナログな時計が現れ、現在の時刻を表示している画像があった。興味心身にロイはそれを手に取ると、指先で操作をしてみる。思った以上にスムーズに動くそれは、ロイの興味を引くには十二分であった。


「……興味持ってくれたようね。ちょっと説明するけど、大人しく聞いていてね――」


 にこにこと笑いながら、楽しそうに身を乗り出すリーシャ。ちょっとくらい時間を貰ってもいいだろう、何せ一年もこの男はあたしを放置していたんだから――と、なるべく時間を使うように、細かく電話の説明をするのであった。

 

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