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Sランクギルドを追放されたクズは何でも屋を営むそうです  作者: 398
2章/ソーシャルゲームはこれだからやめられない
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52話

 ハルの叫びと共に全てのゴーレムが静止した――。セルシウスは自らが存在する為の魔力の供給元でもあるリーシャの魔力が底をついた為、実態を保てず霧のように宙へ溶けていく。そして背後で意識を保っていたリーシャでさえも、限界を超えた魔術の反動、そして己が首元に突きつけられていた死というモノが遠ざかった安堵感により、意識を失って四肢を大地へ放り、気絶する。


 それと同時に、硝子の割れるような音が響いて世界の雰囲気が変わったのをロイは感じた。恐らくリーシャが張っていた結界なのだろう。術者本人の魔力が途切れてさえも動作した結界だ、誰にも真似できねーだろ、そうロイは嘆息する。


「……ハールート、邪魔をしないでくれ。いや、それは違うか……考え直すんだ。君は逸材だ、神の寵愛を受けたかのように恵まれたんだ、錬金術の星の下に生まれたようなものだろう。それなのに、真理を得る機会をみすみす逃すというのか?」


 歪に、ハルの表情が半分だけ動き、言葉を紡ぐ。その姿はまるで、ハルという身体をハル本人と、フィア・ルーセントハートが丁度半分ずつ使っているかのようだ。アダマンテイァ製のゴーレムが、まるで存在すら嘘であったかのように砂になって大地へと返っていく。


 訪れた安堵感、そして遠ざかった危機。それを感じて、発動していたロイの不退転の決意の効力が弱まっていく。ハルの両手に包まれた左腕が力なく大地に落ち、右手に持っていた金色に輝く剣さえも取り落とし、ロイは大地に四肢を着いた。際限なく上がっていく鼓動、そして呼吸困難に陥りそうなほどに駆け上がる呼吸――使った魔力も、消費した体力も、削られた精神も、その全てが上限を超えて使ったツケとして跳ね返る。


「違います、私が恵まれたのはそこじゃありません。――ロイさんと、リーシャさんと、そして私に笑顔を向けてくれる全ての人と、出会えた事が幸運で、祝福だったんです! その前じゃ、真理なんてもの、価値なんてない……!」


 強靭な意志を持って告がれたその言葉に、フィア・ルーセントハートは溜息を付いた。丁度、ハルの顔半分だけが尻下がりの眉に諦めた光を点した瞳になっている。決意を称えたもう半分側の表情とは相反していて、傍から見れば喜劇でも見ているかのようだ。


「……バレンシアとは違ったね、ハールートは。ならば約束通り、君に真理を一部だけ授けよう――私からの選別だ、拒否はするなよ。それと、もう少しだけこの身体は借りるぞ」


 ハルの意識が何かを話す前に、その身体を極彩色の稲妻が包むとハル自身の意識は引っ込まされた。再度全身の主導権を得たハールートは倒れたロイの目の前にしゃがみ込むと、血と泥、そして埃で汚れたロイの頭に手を添える。


「……なんだ、てめぇ。お前の、試しは終えただろう――さっさと、ハルを返せや、ボケナスが」


「ああ、終えた。だがそのままでは――ロイ・ローレライ、君は死ぬぞ?」


 空白の時間が訪れる。どれだけロイがハールートを罵ろうとしても言葉が出てこなかったからだ。声帯にも限界が来ていた――これまでには無かったほどの痛烈な、致命的な反動。指の先しか動かせず、ただ大地を掻くだけの爪先。


「君は凡人だ、魔術に愛されたリーシャ・フローレス、そして錬金術の星の元に生まれたハールート・グレイセスとは決して交わらない。私から見れば、なぜ君が魔術の申し子やハールートの傍に居るか、いや、居れるのかさえ分からないよ」


 喧嘩なら買うぞ、とロイは内心で吼える。

 血走った瞳だけが、フィア・ルーセントハートを捕らえていた。


「その力の根源を譲り受けた、そう勘違いしている君の姿はレプリカにも劣る――ただの粗悪品でしかない」


 ばち、とロイの頭に添えられた指先から、先ほどの極彩色とは違う――真紅の稲妻が爆ぜ始めた。同時にロイは、自分の根幹を何か致命的に弄られている様な、おぞましい感覚が身体から上がってくるのを感じている。


「……だが君は足掻いた。足掻いて足掻いて道を切り開いた。それは粗悪品には出来ない事だ――だから一つだけ、私からの、真理の解錠者たるフィア・ルーセントハートからの贈り物をあげよう」


 視界が明滅する。全身の血液が沸騰するかの様に沸き立ち、そして冷めかけていた身体の中心に熱が再度宿り始めたのをロイは感じた。落ちる寸前であった意識はどうにか持ち直し、そして鼓動も、僅かではあるが落ち着きを取り戻す。


「お、い、何、しや……がった……」


「君のその力の根幹たるアビリティを弄ったのさ、最もこんな歪な形のものじゃ、私もこれが限界だけどね。何、マイナスなことはしていないさ――少しだけ、君の表面上の意識で起動できるようにしただけ」


 どうにか首を動かしてロイが自分の身体を見れば、僅かではあったが青の紫電が立ち上がっている。これは紛れも無く、絶望的な状況、ないし、危機的な状況でしか起動しない筈のSSランクアビリティ――不退転の意思が起動している証明であった。


「少しだけだが、それで身体も持つだろう。……何、君に死なれてはハールートも後を追いかねない思いの重さだったから梃子入れのようなものさ」


「へ、へ……そーかい……、覚えてろよ、フィア、いつか……ボコるから……な……っ」


 そうしてロイの頭がすとんと大地に落ちる。だが呼吸は途絶えておらず、まだ生きていた。だが放っておけば早々に息絶えてしまうだろう。だから、フィア・ルーセントハートはもう一度ハルと話す為に、自らの意識を飛ばす。ハルの意識を無理やり退避させた精神上の空間へと。


・・・


 何も無い。そこには何も無い。純白の正方形の空間には、なにもなかった。

 二人の人影以外には、何も存在しない虚無の空間であった。


「……ようやく君と落ち着いて話せるね、ハールート」


 一つの人影はハルの姿そのもの。ハーフアップにした黒髪に、つけてはいない筈の鈴の髪飾り。だがそれと相対するのは――顔も、身体も、何も無いただの白の人型だった。


「あなたが、本当のフィア……なんですか?」


「ああ、そうさ。私は真理を得て――初めに世界から自分の存在を分解した。いらないと思ったからだ、真理を得て、その先のまだ知らぬ知を得る為に、身体も、人間関係も、不要だとそう思った」


「――それは」


「ああ、とても快適だった。何にも縛られずに、ただ欲求に従って真理を辿り、噛み砕いて理解する時間はどんな甘味よりも甘くて、幸福に包まれた時間だった。宇宙の生まれを、人の根源を、魔術の原理を、根源を解錠していくのは思わず頬が釣り上がりそうな時間だったよ」


 ハルは想像した。もしも自分がそうなった時の事を。きっとその孤独の時間を耐えられるのは初めだけだ。時間が過ぎていく内にきっと自分の精神は緩やかに、真綿で絞め殺されるかのように、本当に緩やかに死を迎えていくのだろう――そう、想像した。

 真理を欲していたら何かが変わったのだろうか、それだけは考えても、直ぐに答えは出そうに無かった。


「……そうして私は時間さえも越えた存在だと、そう自覚したんだ。体感の時間だなんて意識だけになった私であれば幾らでも変えられる。なにせ、真理そのものだからね」


 その人型は両手を広げて、まるで笑いを取るかのようなポーズを取る。


「真理へ辿り着く人間が居たら片っ端から試したんだ。そうして、我欲で得ようとする私みたいな人間は全員殺していった。君の父親、バレンシアもそうさ――娘を生贄にして、だなんて保険まで掛けてたんだ、君は知らないだろうけど」


「ええ、勿論知りませんでした。でも、いまさらそれを知ったところで何にも感じませんが――」


「ああ、それでいい――」


 僅かばかりの空白を挟んで、人型が再度、口を開く。

 口なんて付いておらず、澄んだ声だけが響くのだが。


「おめでとう、ハールート・グレイセス。君は資格を得た。口だけじゃないよ、真理を得る為の本当の資格だ――だが、君がそれを断ることも分かってる。だからそんな顔をするなよ」


 思わず口を挟もうとしたハルを見て、その人型は両手をぶんぶんと振った。


「じゃあ、何が言いたいんですか! 私を早くあっちに返してください、ロイさんもリーシャさんも、私のせいで傷つけたんだから、助けないといけないんです!」


「――君はここに来る必要はない。だが、私の得た錬金術を授けてあげる。困ったら落ち着いて、想像するんだよ、君が求めているものを」


 そうして白の空間はこれで終わりと言わんばかりに崩れ始めた。まるで砂の城のように、端のほうから黒い虚無に帰る様に、ゆっくりと。それから先はお互いに言葉は発せず、ただ完全に黒に飲まれる時を待つのみとなる。


「フィア……あなたは、もしかして――寂しかったんですか?」


「――私の只一度の過ちは自らの人間性を分解しなかった事さ」


 黒に飲まれていく。白の人影、フィア・ルーセントハートに瞳という概念は存在しなかったが、まるでハルと見つめ合うかのようにして、お互いに黒に飲まれていく――。


「そうしたら、それを失う事が怖くなってこの様だったよ――」


 最後にハルに届いたその澄んだ声は、哀愁を帯びているように聞こえていた。そして、視界が全て黒に覆われる寸前にハルは――哀しい笑みを浮かべた、自分と似た背丈の金紗の髪の少女を幻視した。


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