5話
魔術師ギルドは中央都市の王城、その隣に塔として存在している。外壁に使われているのは真白の煉瓦、これには巨大な魔力が込められており、外部からの攻撃に対してめっぽう強い。兵士が二人警護している正門の前に立つと、ロイは軽く会釈して声を掛ける。
「……元、蒼穹のロイだが。このギルドにいるリーシャに用事がある、通してくれないか」
普段からロイは真面目な態度を取りはしないが、門番程度には几帳面に接するようにしていた。彼らにも仕事があるしトラブル起こしちゃ勤務明けの美味い酒が飲めないからな、と思っての行動である。殆どの男は酒、女、ギャンブルが好き――それがロイの考えであった。
「リーシャ様ですか……失礼ですが、お約束などはされておりますか?」
「いや、してない。なんだ、都合が悪いか?」
「大丈夫です、ロイ様はSランクのギルド、蒼穹に在籍しておりましたので――確認して参りますので、こちらにて少々お待ちください」
兵士がそのまま塔の中へと入り込み暫く待つ。手持ち無沙汰だなどうも、と首筋をぽりぽり掻いていると、直ぐに扉が開いて、先程の兵士が出てくる――焦ったような声色でロイへと確認してきた結果を告げる。
「お待たせしてすいません、リーシャ様よりご許可が下りましたので、ご案内致します」
……
「ロイ様、つかぬ事をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
石造りの階段を上りながら、兵士の質問へと言葉を返す。相手が気さくなロイだと知っているからこそ、そんな言葉を投げられたのだ。普段であればこのような余計な言葉を発することは失礼に当たるからである。
「……リーシャ様がまだ蒼穹に在籍していた頃のことです。その頃からリーシャ様は、あのように無口だったのでしょうか」
「ああ、そうだな。あいつは……昔からあんまり喋らんかった、持ってる力が力だったからな。色々と事情があったんだろうよ。あんま詮索してやんなよ?」
「はっ!」
何度目かになるか分からない溜息を零したロイは、一人苦笑いを浮かべる。何故なら――リーシャという女は決して無口などではなく、ただキャラ作りをしているだけと知っているからだ。寧ろウザいタイプに入るのがロイの本音である。
決してリーシャの前でそんなことを言ったりはしない、何故ならリーシャもまた、SSランクのアビリティ持ちである為、不退転の決意が発動していない状態では些細な喧嘩でさえボコられてしまうからである。なんとも小さな男であった。
……
こちらがリーシャ様の執務室となります、と案内されたそこには豪華な扉があった。あいつこんなすげーとこに住んでいたのかとロイは感心する。入って良いのか、と隣の兵士に目線で聞いた。
「……構いません。リーシャ様より伝言ですが、無礼な客人がいるので好きに追い出していい、だそうで。なので、私は先に失礼させて頂きます」
敬礼すると兵士はそ知らぬ顔で上がってきた階段を下っていく。
「はー……まためんどくさいことを。リーシャの立場上めんどくさい事も多そうだもんなぁ。ちーっと働いてやりますかね」
ノックをすることもなくロイは目の前の扉を勢いよく開け放つ。その室内にいたのは、小太りの男と鎧姿の兵士、そして――銀髪と赤い瞳を兼ね揃えた女。様子を見ればどうやら銀髪の女、リーシャに向かって何やら小太りの男が問い詰めているようだった。
「はいはい、失礼するよーSランクギルドのロイさんだぞー」
「な……貴様、ここは魔術師ギルドの長であるリーシャ様の執務室だぞ!?」
「うるせー、ぴーぴーガキじゃあるまいし喚いてるんじゃねーぞ。猿かてめぇは!」
小太りの男が何やら喚き始めたがロイは無視してづかづかと歩み寄り、無言でにこっと笑うと――そのまま小太りの男の襟首と、鎧を着た兵士の頭を掴むとそのまま力を込め、リーシャの執務机へと勢いよく叩きつける。派手な音がして小太りの男はそのまま床へと崩れ落ち、鎧の兵士は脳が揺れたのだろう、床に膝をついてどうにか立ち上がろうとしていた。
「……き、貴様ァ。わ、わしを誰だと」
「そういうのいいから、どうせ権力だなんて俺には関係ねーし。ひっこめひっこめ」
蒼穹をクビになったロイにとって権力も何も関係ない。ここぞとばかりに小太りの男に蹴りを入れる様はクズそのもの。慌てて兵士が立ち上がりロイを止めようとしたがそれは適わない。小太りの男も鎧の男も、身体が宙に浮き始めてしまったからである。
「――大事な客人なの。そろそろ出て行って、苦情は受け付けない」
浮いた二人はそのままひゅーんと扉の外まで飛ばされると、勢いよく扉が閉まる。外で何か騒いでいるのがロイには聞こえたが、開ける気はもうないのだろう、リーシャはふんと鼻で笑うとロイへと視線を投げかけ、腰まで伸びた銀の髪を指で梳かし意味深な笑みを浮かべて言葉を投げた。
「で、あんたがここに来るのなんて初めてじゃない。どうしたの? 座って良いわよ、あたしが蒼穹を出てからもう一年近いし……聞きたい話もあるしね」
リーシャは黒のワンピースをはためかせながら席を立つと、ロイへ来客用のソファーへと座るように促しながら自身も腰を降ろした。最初からそうやれや……と苦笑いしてロイも習うようにソファーへと腰を落とす。
「あー、そのことなんだが……」
どうやらここまではロイが蒼穹を追放されたという話はまだ回っていないらしい。本来であればSランクギルドからの脱退情報だなんて、魔術師ギルドの長でもあるリーシャには一番に回ってきてもおかしくない。そんな立場にいるのにも関わらず、リーシャが耳にしていないのは本人の行動ゆえ。研究第一とするリーシャは昨日も研究室へ篭っており、耳にしていなかったのだ。
「俺、蒼穹クビになったわ、ははは!」
「……はぁ?」
眉を八の形へ顰め、飽きれた様なリーシャの声が執務室に響いたのだった。