49話
風を豪と切る音と共にアダマンティア鉱石で出来た腕が迫る。ロイはまともに打ち合っても文字通り骨が折れるだけだ、そう判断して背後へ飛んでその豪快な一撃を回避した。腕が吹き抜けると共に凄まじい風圧が抜けていき、思わず片方の目を閉じてしまう。
「……おい、フィア。お前の試しとやら、こいつをブッ壊せばいいだけか、あぁ?」
「そう力むなよ。ま、そうだね、これを壊したら一段階は完了かな」
「そうかい……ハルの身体にゃ、何の悪影響もないんだろうな」
「――いや、あるよ。まだ未熟な身でこの私、フィア・ルーセントハートの錬金術を行使してるんだ。あまり長時間長引かせると、ハールートの脳が焼ききれるかも」
最低でも二段階はある、そう聞いて体力を温存して戦おうとしていたロイであったが、その言葉を聞いて考えが変わる。時間は無い、余りに時間を掛け過ぎるとハルが死ぬ。頭の奥がじりじりと焦げ付くような焦りを覚えながら、ロイは自身が保有する不退転の決意の出力が上がるのを感じた。
言葉も掛け声も無い。青い稲妻が閃いた一瞬でロイの姿は消えた。同時に大地は強く抉られ、土埃を宙へと舞い上がらせている。速さを得るには強靭な力で大地を蹴らねばならない――その影響であった。僅かに瞬く青い閃光しか見えず、次々と抉れていく地面にフィア・ルーセントハートも興味を示したのだろう。大層に座り込んでいた椅子から身を乗り出してその光景を見ていた。
「――ここ、だな」
ロイが目をつけたのはその強大な身体を支えている脚、その間接部分だった。強引にゴーレムの視界から外れた瞬間に移動する方向を反転し、その勢いを利用して手持ちのアダマンティア鉱石製の剣を突き刺す。ごん、という酷く鈍い音と共に衝撃がロイの腕を痺らせた。
無論、ゴーレムにとってその程度は致命傷ではない。何せそれはフィア・ルーセントハート――真理を解錠せし存在が作りえた唯一無二のものだからだ。稼動域が落ちた程度、支障にもならないとばかりに上半身をぐるんと回し、とんでもない質量の腕がロイを破壊せんと振り上げられる――。
「……ゴーレムはいわば人形だ、腕というモノがある以上、間接は身体のどこかにあると思ってたぜ――中心軸、身体を司る脊椎、見えたぞ!」
右腕は痺れが残っていて使えない。だからこそ盾にでもしてしまえ。ロイは右手に魔力を込める。紫電が爆ぜ、不退転の決意で強化された魔力が右腕へと集中した。だがそれでも受け止めるには足りない、右腕だけは耐えられても身体が耐えられなくては意味が無いからだ。
だからこそ受け流す。振り下ろされた腕に対してロイは右腕の甲を添えるように当て、そのまま僅かに押し出すように、身体の外側へと圧を掛ける。だが想いの外にその力は強い。直ぐに右腕が悲鳴を上げるのが分かったがもう引けない。最後は力の限り、右腕を振りぬくしかなかった。
「――ッ、クソがァ!」
ロイの身体の直ぐ右にゴーレムの腕が振り下ろされた。大地が大きくひび割れ、まるで悲鳴のような轟音が一面に響き渡る。不退転の決意をもってしても許容量を越える魔力を流し込んだ右腕は、魔力の過多による障害を起こし、まるで深度の深い火傷を帯びたかのように皮膚が剥け、そして血液が噴出し始めていた。それに加えてゴーレムの腕の一撃を流した事により、到る所の骨が皹の入った状態へとなっている。
だが好機だ。ゴーレムの稼動の中心となる、脊椎部分の位置はもう見えている。そしてロイはその腕が届く間合いへと入り込んでいるのだから。すぐさま大地を蹴り、ゴーレムの内側へと潜りこむとそっと左腕を脊椎の外側へと当てた。
「ま、こんなクソゴーレム相手にしては上々かな――ゴーレムの稼動区域とそれに纏わる構造の本、読んでおいてよかったぜ」
そしてそれをそのまま捻じ込んだ。捻られた魔力の圧と共に打ち出された掌底打ちは、外部に対する破壊力こそ低いが、内部に対しては甚大な衝撃を与える業であった。ゴキンという音と共に僅かながら吹き飛び、大地へと崩れ落ちていく。
ずきずきと鈍痛を発する左腕を振るいながら、フィア・ルーセントハートへと向き合い、ロイは声高に告げた。
「ほら、倒してやったぞカスが。次出すなら早くしろ」
「言葉が汚いね、君は。……でもいいのかい、この私が作ったゴーレムだよ、あれは。通常のゴーレムの脊椎は一本だろうけど、私のは二本は用意してるよ?」
「なっ……!」
ロイが焦りを感じながら振り向くと、フィア・ルーセントハートの発した言葉通り、ゴーレムはまだ破壊されきってはいなかった。先ほどよりも鈍い動きではあったが腕をロイへと向けてしっかりと狙い定めるかのように向けていたのだ。
爆音と共に腕が射出される。砕けた腕の破片が散弾銃のように襲い掛かった。慌ててロイが魔力による障壁を張るも、出力が大きいだけで魔術全般が拙いロイのそれは、一瞬にして限界を迎え硝子の割れるような音と共に粉砕されてしまった。
砕けた拳ほどの岩石がロイの飛来を直撃し、吹き飛ばす。不退転の決意が発動していたが故に頭が弾け飛ばされずに済んだが、それでも甚大な威力を持ったそれは、意識を飛ばすには十分すぎた。
「……普通の人間にしては奮闘したが、まぁこんなものか。何せアダマンティア製だからね、魔術も通用しないし、錬金術で分解するにはこの時代じゃ難度も高いだろうし――」
そう、フィア・ルーセントハートが溜息を零した時だ。視界の端に、人影が映ったのは。
「リーシャ・フローレス。……死ぬ心算かな、魔力の大半を削られた君じゃ、出来ることなんてないだろうに」
「あのクズがあれだけ身体張ったのよ、あたしが、このあたしが――黙っていられる訳ないでしょ!?」
怯えてしまっていた。恐怖してしまっていた。自分が知らない内にこんなにも魔術に頼りきりになってしまっていたとは思わなかった――。そう、ロイが吹き飛ばされるまでは。魔術を扱えないリーシャは弱者だ。筋力も無ければ耐久力も無い。知恵があるばかりに、あのゴーレムの一撃がどれだけ自分に甚大な一撃を――致命となる一撃を当たるかが分かってしまっていた。
「……自分が嫌になるわね、本当に」
どれだけ強くなっても死に対する恐怖は変わらない。御伽噺の中や、作り話の中の主人公達を除いて。何かに対して燃え滾ることがなければ、人間は死へ立ち向かうことなど出来やしないのだ。
だがリーシャはその燃え滾る何かを得た。ここで自分が何もしなければロイは殺されるだろう。そんなものは認めないと。自分自身を救ってくれたロイを、自分自身が見殺しにするだなんて許さないと。
ゆっくりとした動きでゴーレムがリーシャへと振り向いた。先ほどと同じように、今度は左腕を爆発させ撃ち放つ気だろう、ずるずると左腕の先がリーシャへと向けられる。未だ恐れはあった。あの破片が一個でも直撃すれば、魔術障壁も、身体強化も施していない自分は即死するだろうと。そしてこの魔力が欠乏した空間ではセルシウスの援護を求める事さえ出来ない。
「まるで欠陥品みたいね――」
自嘲気味なリーシャな呟きと共に――ゴーレムの左腕が爆発した。風圧でリーシャの、白銀と漆黒が交じり合ったポニーテールが大きく揺れる。飛来した拳ほどの鉱石の破片が、リーシャの身体を打ち抜かんと迫った。
「君みたいな逸材を失くすのは惜しいけど、残念だったね――」
頭を護るかのように先に出されたリーシャの掌が、飛来した破片とぶつかり合う。
「――決め付けるのは早いわよ?」
次の瞬間、赤い稲妻が迸る。手のひらに触れた瞬間に鉱石は分解され――まるで埃のように宙へと掻き消えていった。頭、そして心臓を護るかのように添えられた右腕と左腕にあたった鉱石は全て同様に赤い稲妻が発生し、宙へと掻き消えていく。
「……まさか、それは!」
細かく砕けた鉱石がリーシャの左の脚を打ち抜いた。強烈な痛みさえも堪え、リーシャはゴーレムへ手が届く範囲へと辿り着いた――。
「あんたには悪いけど、この鉱石に関しては研究済みだったのよ、まさかこんなところで役に立つとは思ってなかったけど!」
リーシャが触れると同時にゴーレムは存在自体が嘘であったかのように掻き消えていった。後に残ったのは僅かな残滓だけ。その場に倒れ伏せたリーシャの手のひらには、赤い血液で書きこまれた錬金術の陣があった。
「驚いたよ、まさか君がアダマンティア鉱石を分解できるほどに錬金術に精通しているだなんて。私の見立てだと、君は十二分に魔術に愛されているように見えたんだけどな?」
フィア・ルーセントハートが椅子から立ち上がり、金色の瞳でリーシャを見据えた。笑みさえ浮かべているそれに、焦りの類は一切見られない。
「勤勉なだけよ、分解するだけなら精製する十倍は楽だったわ。……それで、二つ目の試しってのはどんな内容なのかしらね? そこの倒れてるクズを起こしてから聞かせて欲しいんだけど」
「悪いけどそこまで譲歩するつもりはないよ。じゃあ、二つ目だ――」
その場でくるんと回転し、つま先で大地に何かを書き込んでいくフィア・ルーセントハート。まるで子供が悪戯をするような笑みを浮かべたまま行われていくそれに、リーシャは、今までに無いほどの悪寒を感じ取る。
「二つ目にして最後の試しは、私に一回でも触れればいい。今の奮闘を祝って魔力を返しておいて上げるよ――」
極彩色の稲妻が再び走ると、まるで大気中に漂う魔力が練成されたかのように溢れ出す――。それと同時に、リーシャの漆黒が混じっていた髪も、透き通った白銀の色へと戻っていった。気絶していたロイも途端に溢れた魔力に触れて目覚めたのだろう、慌てて周りを見渡し始めている。
「――貴女、無事か? 辺りの魔力が急に枯渇し、顕現すら出来なかったのだが」
ふわりとセルシウスがこの空間に舞い降りた。
それと同時にリーシャの左足の傷が瞬時に凍り、止血される。
「セルシウス……見て分かってよ、あまり無事じゃないわ。あれ、無傷で止めたいんだけど出来そう?」
「ああ、やろうではないか――貴女とこうして肩を並べて戦うのは初めてだな」
無表情ではあったが、セルシウスはどこか緊張した面持ちでフィア・ルーセントハートと対面する。原初の精霊という存在を前にしても、フィア・ルーセントハートは僅かたりとも臆したりせず、笑みさえ浮かべて口を開いた。
「じゃあ、二つ目の試しを始めよう――さぁ、面白いものを私に見せてくれると願っているよ?」
高らかな宣言と同時に彼女は足元の錬金術の陣を起動した。途端に赤い稲妻が生まれ、周囲の草原を次々と飲み込んでいき――現れたのは先ほどと同じ程度のゴーレム。大きさや感じる威圧感は同じであったが、数が違った。周辺を埋め尽くさんばかりの、ゴーレムの海がそこにあったのだ。
「……いや、あの、これは流石に俺も聞いていないんですけど――」
「あいつに一度でも触れれば終わりらしいわよ、気合入れてよね」
「最短でいくしかねぇよな……」
青い稲妻を走らせながら、引き攣った笑みと共に左腕で剣を構えるロイ。リーシャとセルシウスは互いに背を向け合い、ゴーレムへ向けて同じ構えを取っていた。そうして、百はいるだろう、アダマンティア鉱石製のゴーレムが上げた草原を埋め尽くさんばかりの轟音で、二つ目の試しは幕を上げたのだった。




