44話
薄暗い洞窟の中で悲鳴と、甲高い喜ぶような声が響き渡っていた。それらを発生させているのは、三人の冒険者パーティと、夥しい数の子鬼の群れである。三人は全身汚れだらけになりながら、赤い血液を零しつつ群れから逃げていたのだ。
「くそ、聞いてないぞ……なんでこんなに子鬼が居るんだ、幾ら巣といっても多すぎる! それに、子鬼なんて雑魚なんじゃないのかよ……!」
殿を務め全身を鉄の鎧に包んだ体格のいい青年が声を上げた。背後から飛来する矢を大きな盾で塞ぎつつ、前を走る二人――軽装の女魔術師と、斧を持った青年を護っている。初めこそ軽快に子鬼を倒して進んでいたのだが、それは巣の半ばまでしか持たなかった。斬っても焼いても叩いても、まるで無限に製造されているかのように現れだす子鬼に押されてしまったのだ。
「……本当、ありえない。最悪よ、最悪! 子鬼なんて下種に負けるだなんて最悪! こんなの聞いてないわよ、あんなの……まるで知恵を持った生き物じゃない、魔物じゃないわ!」
赤いショートヘアーを揺らしながら女魔術師が叫んだ。どの物語でも冒険譚でも子鬼は弱い――そんな風にしか書かれていなかったのだ、彼らはそれを読み育ち、そうして冒険者になるための試験もパスしてしまった。生まれるべくして生まれた現状でもあった。斧を抱えた青年は完全に萎縮してしまい、荒い息を吐きながら只走る。もう言葉すら吐く余裕はない。茶髪の下に隠れた瞳は、完全に恐怖に染まりきってしまっていた。
子鬼は逃げるパーティを真綿で絞め殺すかのように、ゆっくりとその包囲網を縮めていく。実際、巣に入り込んだこの三人のパーティがここまで生きることが出来たのは、子鬼が持っているその嗜虐嗜好の為だ。
怯えるその様をまるでスパイスの様に楽しみ、最後には捕らえて弄び犯し殺す。それが数々の冒険談の裏にあった子鬼の真実である。決して油断してかかって良いものではなかったのだ。
「もう駄目だな、二人とも。俺を置いていけ、そのほうがまだ可能性はある――」
殿を務めていた男が走るのをやめ、背後からにたにたと笑い迫り寄ってきた子鬼を振り返り、大きな盾を構えた。引き付けるから先に逃げろ、そう背中が語っていた。だが三人は曲がりなりにもパーティであった。試験をパスする為、同じ学院で過ごしていた頃から育んできた信頼と、情があった。
「……何してんのよ、ダン。それは流石にないわ、私達を何だと思ってるのよ」
「……!」
女魔術師と、斧を構えた青年がその背に続くように並ぶ。このダンと呼ばれた男を見捨てられるほど、仲間は腐っていなかったのだ。怯えていた斧の青年も、魔術師も、震える足を鼓舞しながら子鬼の大群へと己の武器を構えた。
「ねぇ、ダン。子鬼に負けそうになったら私を殺しなさい。噂で聞いたけど、あいつらって人間の女を犯すそうじゃない。そうなるのは死ぬよりも嫌」
「なら逃げろ、俺も五体満足で剣が震えるとも限らん」
「そう、じゃあ危なくなったらでいいわよ、一思いによろしく。援護は任せて、行くわよ――」
そう意気込み、勝ち目の無い戦いを挑もうとした瞬間だ。まるで大きな何かが破壊されたかのような地響きが、その場にいる全員を大きく揺らした。初めこそ三人のパーティは動揺したが、それよりも子鬼に集中しなければと気持ちを引き締めなおす。子鬼は呆けたように、その緑色の身体を震わせながら聞き取れない甲高い言葉で、ひっきりなしに仲間と何かを話していた。
その音は段々と近付いてきて――遂に時が訪れる。
「――ここか!? っしゃ! ロイさんの神探知ヒットー!」
洞窟の壁が勢いよく爆破され、そこから現れたのはロイであった。正攻法で探し回っていては間に合わないと判断したロイは、探知の魔術を使ってパーティの位置を探り、そこまで一直線に壁を壊し、打ち抜いて来たのである。無論、雷以外の魔術に適正がないロイの探知だ。場所も正確にはわからないし、そして反動もある。実際、探知を発動し続けて反動を受けた左目は視界が赤く染まり、殆ど機能を為してはいなかった。
「な、なんだあんたは! ここは危ない、来た道を戻れ! 壁を抜いてきたってことは相当な実力者だと思うが、あの子鬼の数は――」
「落ち着けよ、戦闘はいかなる時も落ち着くべし、だぞ。それに相手は只の子鬼だ、このロイさんにとっちゃな」
ロイの充血した赤い瞳に威圧され、ダンは黙りこくってしまう。誰だ、こいつは――。だがこの間のお陰で冷静さを取り戻した頭で考えてみれば、あの飄々とした喋り方、そしてロイという名前。あの中央都市で冒険者をしているのであれば、一度は聴いたことがあるあの人物と一致することに気付いた。
「まさか、あんた――いや、貴方は……!」
「そ、元蒼穹のギルドメンバー、ロイ・ローレライだよ。疲れてんだから休んどけよ、サービスしてSランクギルドの戦い方ってやつを見せてやる……って、剣がねーんだったわ。そこのお前、剣貸してくれない?」
呆けた顔でダンは自らの剣をロイへと手渡した。受け取ったロイは、粗雑品かよ、と失礼なことを言いつつそれを真っ直ぐ子鬼へ向けて構える。
「お前ら新人だろ、少しばかり教えてやるから目を見開いておけよ――」
丁度子鬼達も落ち着きを取り戻したのだろう。突然として現れた闖入者、ロイへ向けて弓矢を放つ。だがそれは一切届かず、途中で何かに打ち落とされて地面へと落ちていった。第二射、三射とそれは続いたが、須らく同じ末路を辿り、地面へ打ち落とされていく。
「……何よ、あれ! 魔術も何も使ってない!? あんなの、主席の私でも見たことが無い……」
「当てだよ、直接魔力を当ててるだけ。なんだお前、それで主席なの? そんなんじゃ魔術師ギルドの統括の爪の垢以下だぞ、カッス!」
「なっ……か、か、カスですって!? そりゃあの統括のフローレス様には届いてないのも知ってるわよ、でもカスって何!?」
「それぐらい知恵も知見も学も足りてないんだよ……っとバカ、無闇に歩くな!」
降り注ぐ矢に怯えたのだろう。斧を持った青年が、一歩後ろずさんだその瞬間だ。ロイの目の前から明るい紫電が奔り、青年の直ぐ隣の壁を打ち抜いた。その途端に矢が青年の鼻先を掠める――ブービートラップだ。
「こっから先は罠だらけだぞ……お前ら運が良いな、マジで人生の終着点だったんじゃね。で、話を戻すけど――」
弓は効果がないと察したのだろう。十を越える子鬼が奔り寄ってきた。体格は一メートルほどでもその筋力はバカには出来ない。簡単に大人一人を絞め殺す力を持っているのだ。だが、されど子鬼。ロイの前では敵ではない。
「魔物も生きているわけ、知恵が浅くてもそれを絞って、日々過ごしているわけよ。決して浅く見てはいけないんだ、こんな子鬼でも、野良犬でもな、それこそ鼠でもな」
剣の範囲には入っていない筈なのに、ロイが剣を振るうと子鬼の首が飛んでいった。
「それこそ魔物を討伐する時に考えなきゃいけないのは、自分の安全、そして確実性。お前らはこの巣を見つけたときに潜りこむんじゃなくて、いかに中に入らずして勝つかを考えなきゃいけなかった――」
第二波が迫る。だが意味は無い、ロイの殺気が込められた当てによって次々と気絶していく。
「燃やすもよし。生き埋めにするもよし。冒険者なら正々堂々だなんて言葉は忘れてしまえよ、無駄死にするぜ」
薄暗い洞窟が激しい轟音と共に明滅した。放たれた紫電が倒れている子鬼も、背後に控えていた百を越えるであろう子鬼も全て打ち抜いた。歪な、今まで嗅いだ事の無い匂いに三人は餌付き、女魔術師は込み上げて来た吐き気を堪えられず、嘔吐する。
「(ま、新米ならこんなもんか。……だがしかし、数年前より子鬼の量も増えてるな、なんでだ?)」
激臭が漂う中でも平然とした顔でロイは暗闇の奥を見据える。探索して元を潰しておきたかったが、背後には新米が三人もいるのだ。一人でならどうとでもなるが、お荷物を護りながらは厳しいね、と溜息を吐いて小首を傾げる。そして三人を連れて戻るために、手を貸そうとした。その時だ。
「……ふーん、この騒ぎの元凶の元ね。大鬼まで沸いてるのかよ」
暗闇の中から現れたのは子鬼よりも大きい体躯の大鬼。緑の身体には獣の服が巻かれており、知性を伺わせた。持っている武器はさび付いた大剣、ここの洞穴かどこかで命を落とした冒険者のものだろう。縋るような三人分の瞳を受けたロイは、いいところ見せますか、と剣に魔力を込め始めたが――それよりも速く大鬼の身体に異変が起きた。
「ガ……!」
唐突にその動きを止めたのだ。そして次の瞬間には頭が後方へ弾け飛んでいく。だが出血はない、その傷口は――凍り付いていたから。僅かな空白の時間を持って現れたのは、絶世の美貌を揃えた、雪のように白く長い髪を持つ女性――セルシウス。
「……おい、なんでお前がいるんだよ。日頃のお前の気配には気付いてるんだ、リーシャがなんかやったな?」
なんかやったな、とは魔術で存在を隠蔽したな? ということである。
「存外に鋭いな。まぁそれしかないのもあるだろうが。……何、私はロイがパチンコに行くようだったら殴っても止めろと言われた、それだけだぞ」
「問題大有りだわ! お前確かエレノアで山割ってたよな!? そんなバカ力で殴られたら俺の頭が爆発四散だぞ、この良い顔を吹き飛ばすとか正気か!?」
「……パチンコなどという娯楽をするのがいけないのではないか? 私は主に聞いたぞ、あれは射幸心? を煽って財布の紐を緩くして、無限に猿から金を引き出す悪辣な機械だと」
痛いところを差されたと、顔を歪めるロイ。
「うぐぐ……ッ! いや! でも、俺トータルでプラスだし!?」
「ああ、こうとも言っていたな――合計で計算してプラスという奴は、手遅れだから頭捏ねていいわよ、とも」
「お前に頭コネられたらミンチだわ、まだパテにはなりたくねぇ……すいません正直に言います、大分マイナスです……クソ! なんでこんな現実ここで直視させられなきゃいけないんだよ!?」
青い顔をしてロイは地面へ項垂れる。今まで逃避してきた現実をなんでこんなタイミングで突きつけられなければいけなのだ、と大して信仰心も持ち合わせていない神へ問うが、答えは勿論返ってこない。当たらない数字がいけないんだ、と勝手に拗ね始めたクズを置いて、セルシウスはその白く細い腕を三人へ向けて伸ばした。
大鬼を一撃で殺した存在だ。ダンを含め三人はビクッと身を震わせたが、セルシウスはただ優しく微笑み、言葉を紡ぐ。
「――安心しろ、冒険者。曲がりなりにもこの場にはロイ・ローレライとこの私がいるぞ、危険な事はもう無い。さぁ、出ようじゃないか」
こうして、子鬼の巣での一件は落ち着いた。




