4話
「別にいいと思いますけどね、私は。女の子を侍らせるもお酒を飲むのも、自身がやるべき事を成していればそれでいいんです! 私は許しますよ!」
事の顛末をありのままに話したロイ。アイリスから帰ってきたのは引いたような言葉でもなく、怒りでもなく、肯定の言葉だった。恐る恐る話していたロイも思わずアホの様に口を開き、内心で、助かったー! と声高に叫ぶ。
「そうだよな! いやぁ、アイリスなら分かってくれると思ったぜマジ!」
「――ふふ、そう言われると嬉しいですね?」
傍から見ればSランクのギルドのメンバー同士が楽しそうに話している貴重なワンシーンだが、その実は若干病み気味の盲目で一直線なゴリラヒーラー。そして片はSSランクだなんて人類に何人いるかすら分からないアビリティの持ち主なのに素行の悪さで大臣にすら見放され、Sランクギルドを追放されたクズ。この世界とは良く分からないものである。
「そういえばロイ様、見てくださいよ。遂に私もアビリティが成長したんですよ、これはSSのアビリティも近そうではありませんか?」
「おー、どれどれ。ちっと見てやるか……」
この世界の人間は大半が他人にステータスカードを見せることは無い。奇特な、だが稀代の名王とも呼ばれているアルカディア等は除いて。アイリスもその奇特な人間に分類され、一度命を救われたロイに対しては臆することなく全てを見せようとしてきていて、それはステータスカードも同様だった。
まだ蒼穹を追放されていない時に、ロイはアイリスのステータスカードを見せてもらったことがある為、輝く光の粒子と共に生み出されたステータスカードを遠慮なく覗き込む。
「……あ、あぁ、Sに成長してるね。ええんちゃう?」
どこか青ざめた顔で頬を引き攣らせたアイリスのステータスカード。
---
アイリス・エヴァンス
筋力A、耐久E、魔力S、幸運F
アビリティ
・聖職者S
・真言C
・筋力上限開放A
---
ロイが入る前からアイリスは蒼穹のメンバーであり、回復術の使い手であった。聖職者として世界に愛された彼女はその技能を瞬く間に向上させ、遂に最上位とされる聖職者Sランクまで上り詰めたのだ。その回復量は並大抵のものではなく、身体の一部が欠損しても、例として千切れた腕が原型さえ残して手元にあれば元の姿へ治療出来るほど――その神のような所業を、アイリスは起こせるのだ。
聖職者がAランクであった頃からアイリスはこの街を巡回して施してをしていた、それが神様の目にでも留まったのだろうか……とロイは思考する。
「……でもこの筋力はなんなんでしょうかね。私はこんなにも乙女なのに、酷いと思いません?」
「あ、あぁ……思う思う、凄く思う――」
「右から左へ聞き流していますね、ロイ様?」
身を乗り出したアイリスがガッ、とロイの肩を掴む。
にっこりと満面の笑みが逆に怖い。
「ちゃんと聞いてるわ、マジで! ……でもなぁ、本当にこの調子だと聖職者SSランクも目指せそうだな。そん時は俺のステータスカードも見せてやるから、まぁ頑張れや」
身体を限界まで捻り、アイリスの捕縛から逃げるとロイは宙を指先でなぞった。光の粒子が発生すると、ロイは生み出された自身のステータスカードを掴み取って、見せびらかすようにアイリスにひらひらさせようとし――途端に真面目な顔になると、それをぐっと握り潰す。潰されたステータスカードは光の粒子へ戻ると、そのまま虚空へと解けて消えていった。
「ん……どうしたのですか、ロイ様? 急に真面目な顔をして、何かありました?」
「いや、なんでもねぇ。それよかアイリス、お前なんか用事あったんじゃねーのか?」
「私にとってはロイ様が最優先事項ですから! ……でも、残念ながら本日は教会巡りを行わなくてはいけません……なので、一旦お別れしましょう。うう、このアイリス、断腸の思いです……」
およよ、とさも悲しげに目元に両手を当てると、凛とした笑みを浮かべ、ではまた、と言い残して席を立った。少し離れたところで、あ、と声を上げて戻ってくると懐から財布を出し、テーブルの上に些か多い金額を置く。
「……パラソル代と、ロイ様へのお小遣いです。噂は聞いていますよ、文無しだって……私はロイ様がヒモになっても構いませんので、お待ちしておりますね!」
小悪魔的に笑い、金紗の髪を揺らしながら今度こそアイリスは去っていった。思わず苦笑いをし、ロイは店員を呼んでその金を修繕費と言って渡し、概算での釣りを受け取ると、溜息を零しながら席を立った。ヒモ。なれるもんならなりたいんだがゴリラヒーラーはなぁ、という溜息であった。
「(だが、さっききの俺のステータスカード、ちっとおかしいな。なんかトラブルでも近付いているのかね……?)」
街中を歩き、視線に気をつけながら再度ステータスカードを生み出すと、ロイは自身の――SSランクのアビリティが発動した後の基礎能力値を注視する。
---
ロイ・ローレライ
筋力A、耐久SSS、魔力S、幸運SS
アビリティ
・不退転の決意SS
・常在戦場SS
---
――この世界、表の面もあれば裏の面もある。有名どころで言えば盗賊ギルドや暗殺ギルド、全うに生きていれば一生関わることはない、裏の世界とも言われている面。そこでさえもSSランクのアビリティやステータスは殆ど見ることは無い。表立って出てくることも無いのだ。
だがロイのこのステータスはSSランクさえ超越している。SランクとSSランクでは越えられない壁があるのだが、SランクとSSSランクではどれほどの差があるのだろうか? 答えは、一人に対して万の軍勢が一気に襲い掛かってどうにもならないほど。過去に居たとされ、伝承として語り継がれている存在――それは勇者。ありとあらゆる魔物の万をも越えた大群を打ち払ったと言われている存在、それがSSSランクだ。
だが最終的には勇者は危険すぎると、平和を取り戻したところで同じギルドのメンバーに毒を盛られ殺されたなどと言われている。過ぎたる力は必ず滅ぼされるのだ、それがこの汚い世界の真理――故に、ロイは自身のステータスを誰にも見せないと決めていた。
SSランクのアビリティを持ちながらも、ロイは優勢の戦場では活躍できない。何故ならSSランクアビリティである不退転の決意も、常在戦場も、優勢の場では発動しないからだ。背後に護るものが控え――不退転、言わば決して己が引くことが出来ない窮地に立たされた場合のみ、自身のステータスに強靭無比な、他のSランクアビリティなどでは比べ物にならない程の補正がかかり、敵となるものを粉砕することが出来る。
だがそれでは終わらない。不退転の決意が発動し気の遠くなるような時間を戦い抜いたところで、更にもう一つのSSランクアビリティ、常在戦場が重なって発動するのだ。常在戦場は一定時間以上を戦場で過ごすと発動するアビリティであり、自身の基礎ステータスに経過時間に応じた補正を掛けていくのだ。
この二つが重複し発動するからこそロイはどのような死地でも潜り抜けてくることが出来た。
では、何故このスキルが今発動してしまっているのか。
「めんどくせーことが起こりそうだな、これ。ったく、あんまり会いたくはねーが、アイツにご意見でも聞いてくるかね。っクソ、追放されてから俺の風向き悪すぎだろ……」
アイリスから受け取った金でギャンブルに行こうとしていたロイは、地面の小石を蹴り飛ばすと、流石に無視は出来ないよな……とぼやきつつ、何年ぶりに行くか分からない魔術師ギルドへと足を向けたのであった。
その頬を、三月にしては異常に冷たい風が撫でていった。