39話
小鳥が囀る朝。ロイは重い瞼を擦りながら、握っていた携帯をことりと床へ落とした。寝不足で重たい身体をベッドから無理やり起こすと、疲労と、達成感が込められた重みのある溜息を零す。
「……ようやっと終わった。最強キャラっぽいリーシャと他SSR、二枚重ねて引いてやったわ!」
確立にすると三パーセント程度で出るものを三枚である。十回しか引けない中、よくぞ引いたものだ。ロイの執念と、自身が持つステータスの幸運Aのおかげであった。
「朝日昇ってきちまってるし、飯食って二度寝すっかぁ……良い匂いするし」
ロイがリビングに立つと既に食卓には朝食が並んでいた。程よく焦げ目の付いた魚の塩焼き、そして食欲をそそる香りを立てているスープ。おっはよーと既に席についていたハルに朝の挨拶をして、ロイはハルの目の前の席へと座り込んだ。
「おはようございますー。……あれ、ロイさん。目の下にクマが出来てますよー、さては夜更かししましたね!」
「うわ、マジかよ。昨日の携帯で最近流行ってるらしいゲームしてたらさ、ついつい最初の選別作業に力込めちまってなかなか寝れなかったんだよな」
「あらら……何事も程ほどにしないといけませんよ? 私は今日はお店がお休みなので、リーシャさんの所に色々と教えてもらいにいってきますー、ロイさんはどうします?」
小首を傾げながら覗き込んでくるハル。どこか小動物的だ。
いつも通りのハーフアップの黒髪、覗く茶色の瞳は、ロイには不安そうに映った。
そりゃそうか、あいつんとこ初めていくか――と髪をボサボサと指で梳くと、ロイは優しげに笑いながらハルに告げた。
「しゃーねーな、俺もいくよ。……初めてだもんな、衛兵と仲良くなって顔パス出来るまでは毎回いってやる」
「ふふ、流石なのです! これはもう以心伝心ってやつでは!」
「調子に乗るな、そうと決めたら膳は急げってことではよ行くぞー」
「はい! ……でもロイさん、昨日はなんてゲームしてたんです?」
ゲームの名前を告げ、さっさとシャワーでも浴びてリフレッシュして来ようとロイは用意された朝食をがつがつと食べ始める。眠気はあるが食欲は変わらないようで、健全ではあるが不便な体よなーと哲学的なことを考え始めた。そんなロイの目の前で、ハルはゲームを落としてほぉほぉと輝いた瞳でそれを見ていた。
ロイが朝食を食べ終える頃にはチュートリアル的なものも完了したようで、昨晩は嫌になるほど見た無料十連! の文字が刻まれた画面が表示されていた。
「(……ま、幸運Aの俺でも一晩かかったんだ。そんな一発目からSSRの虹色を拝めるなんて――)」
ハルの細い指先がボタンを押した。次いで現れたのは――虹色が五つ。
「(ん?)」
「わ、なんか豪華な色……って、これリーシャさんじゃないですか! でもなんでゲームにリーシャさんが……? って、今度は分身しましたよ分身! リーシャさんが二人になりました!?」
このゲームにおいてリーシャ・フローレスというものは最強に近いキャラである。現実での立場や実力面も考慮した結果だろう。故に確立は多少絞られているはずだったのだが。目の前で起きたSSR五枚引きという結果に、ロイ自身の思考能力が耐えられず、茶碗を掴んだままロイの体が凍ってしまう。
「……あれ、ロイさん? ロイさーん!?」
ハルが目の前で手をひらひらさせて、ようやく我に返ったロイが一言めに発した言葉。
「なぁ、ハル。嫌じゃなかったらでいいんだが――ステータスカード、見せてくれないか」
「ロイさんに求められて嫌なことなんて無いですが――」
すっとハルの指先が虚空をなぞってステータスカードを出す。それを片手で差し出すと、ロイはそれを食い入るように覗き込み――頬の恥を歪める。そういうことかよ、と。今の五枚引きも納得できる結果であったが、それ以上に気にかかってしまうものもあった。
ロイの記憶にも存在しない――即ち、この国の王立図書館や研究機関にも存在してないアビリティ名である。反射的に魔術を使用し、それを看過しようと試みてしまった。
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ハル・グレイセス
筋力E、耐久C、魔力E、幸運S
アビリティ
・寵愛
>世■愛され■■在が保有す■。
>特定■■況下におい■■運値を■段■■昇。
・料理
>料■し■■果物に■■ス補正。
・禁忌(非活性)
>■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。
>■■■■■■■■■■。
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「(寵愛――聞いた事もねえ。それ以上に禁忌ってなんだこれ、ハルの人格、そして今までを振り返ってもこいつが禁忌に触れるだなんて機会はないはずだ。非活性ってことは本人には見えてないからまだ構わないが、リーシャには説明がいるな)」
元々、雷属性と力任せの魔術しか扱えないロイの看過である――とはいっても指導したのはリーシャであり、レベルの高い魔術を無理やり行使したものだが。
ロイにとって看過した内容にノイズが入って見えずらいのは良くある出来事だが、今まで生きてきて詳細情報が一切開明できないなんてこともなかった。故に、この禁忌という文字が酷く恐ろしく、不安な物に感じてしまう。
禁忌に触れる。即ちそれは死者蘇生、もしくは時間遡行、或いはゼロからイチを作ってしまうこと――その三点を指している。この三点は世界そのものが嫌っているといっても過言ではなく、ありとあらゆる研究、そして手法を取っても成功への欠片すら見えず、試しにと実践したものは須らく死しているのだ。
「(俺はこの国へ流れ着いて蒼穹に拾われてから、殆ど全ての文献を漁った。間違いなく成功事例はない、ゼロのはずだ。……それなのに禁忌? ハルが?)」
僅か一瞬の間ではあるがロイの頭の中でぐるぐると疑問と、それに対する一時的な回答が打ち出され、思考が繰り広げられていき――最終的に消去法でそこに辿り着く。
「(グレイセス――ハルがここに来るまでの幼少期で間違いないな)」
元々、ハルは奴隷としてこの国へ来た。人を物と扱わぬ残忍な人間の手に渡る前に、遊楽である桜の店主レンが救い上げ、それをロイが救い上げた。この禁忌が何かを探る為には、グレイセスの家系、起きた事件、ハルが奴隷になった理由を探さなくてはいけない。
「……どうしたのですか、ロイさん?」
気付けばハルの瞳がまっすぐロイの瞳を見抜いていた。
どこか不安そうな表情に、明るく、されどどこか悔しそうにロイは返答する。
「いや、俺が徹夜でSSRを三枚抜いたのに、ハルが一撃で五枚も抜いてくから驚いちまってよ。すげえ幸運もってんな!」
「そりゃそうですよ、何せ――ロイさん、レンさんに拾われたこの身ですから!」
ちりんとハルの髪飾りについた金色の鈴の音が鳴った。
柔らかな笑みを浮かべているハルであるが――一切、グレイセスの家名に触れようとはしない。
それはロイとハルが交わした大事な大事な約束でもあるのだから。
「(互いの過去には一切干渉しない――、今だけはその約束、破り捨てたいぜマジで)」
ステータスカードを返すと、ハルはそれを消し、空いた食器を片付ける為動き始める。それに習うようにロイも寝起きの身体をリフレッシュする為、シャワーを浴びにリビングを出た。無論、その頭の中では禁忌の二文字がぐるぐると回っていたが。
……
初めてだった。ステータスカードを見せてくれとロイさんに言われたのは。自分の家名が出てしまう――思わず嫌な感情が表に出てしまいそうになったが、いつも通り、笑顔で対応できたと私は思う。久しぶりに見てしまった家名にここまで悪感情が沸いてしまうなんて、根は思っているよりも深いのかもしれない。
それに気になったこともあった。一瞬だけ――ロイさんの瞳が赤く輝いたのだ。きっとあれは魔術で、私には言えない何かを見たんだと、そう思う。不器用な人だからな、隠すのも下手糞で、嘘を付くときはほんの一瞬だけ視線が右上を向くんだ。でもロイさんは何も言わなかったからきっと私は知らなくていいこと。
洗い終えた食器を拭いて棚へ戻すと、ロイさんはまだシャワーを浴びているようで、リビングには戻ってきていなかった。急須を取って、お茶の準備だけする為に、私はお湯を沸かす。
私はこの今が好きだ。過去を何も聞かず受け入れてくれたロイさんが好きだ。
だからこそ今の象徴でもあるロイさんの日常になる為に何でもしたいと思う。
出来れば特別な関係になりたいとも思うけど、アピールしてもロイさんは興味無さそうだしなぁ、と思わず一人で苦笑してしまった。
「……過去が、追いかけてきませんように」
私一人だけのリビングが、今はとても寂しいように思えた。




