38話
「あいつらマジで人を殺す気か……」
魔術師ギルドのすぐ傍に植えられていた生垣に落ちたロイは、全身についた葉っぱを手で払いながらふらふらと道へと出て行った。無論、いきなり落ちてきてぐちぐち言いながら人が出てきたのだ。周りの人間は驚き、目を合わせないようにそそくさと通り過ぎていく。
「……とりあえず一旦家に帰るか。ハルにこれ渡してやんねーとな」
ロイが自身の店に辿り着いたのは夕方。オレンジ色に空が染まる頃だった。今日の営業は終了したようで、店の入り口には本日終了! と描かれたハルお手製の看板が置かれている。エプロンから鍵を取り出して玄関の鍵を開けると、ただいまーといいながらロイは家に入っていった。
「戻ったぞーハルー。……お、晩飯はカレーか、いいにおいがする」
「おかえりなさいー。カレーですよー……ってうわ! なんですかその格好……喧嘩でもしたんです?」
ハルが驚くのも無理はない。生垣に落ちたのだ、ところどころが土で汚れてたり、擦り傷もあったりする。気にするな気にするな、と苦笑いしつつ伝えると、ロイは軽くシャワーを浴びる為、浴室へと向かっていった。適当に汚れた身体を流すと、仕事着でもあるエプロン姿ではなく、動きやすそうな浴衣の様な服――甚平に袖を通し、リビングへと戻る。
ロイが上がるタイミングを見計らっていたのだろう、直ぐにテーブルの上へとカレーが置かれ、ロイの空腹を刺激する良い香りが立ち上る。食卓について、ロイとハルは二人そろえていただきます、と手を揃えてカレーに手をつけるのであった。
「……あ、そういやハル。今日リーシャから携帯もらったんだけど、お前の分もくれたんだよ。ほら、好きに使って良いとさ」
「え、ほんとです? 携帯ってまだお高いものなので、欲しくても手が伸ばせなかったんですよね……そんなもの貰ってしまっていいんですか?」
ロイの袖口から取り出された赤色の板――携帯を興味深そうに見つめるハル。触りたそうにしているので、ロイは遠慮しなくて良いそうだ、と伝えると、興味心が勝ったのだろうハルがポチポチと携帯を触り始めた。感嘆の声を上げながら触るその姿は、玩具とじゃれる子猫のようで、思わずほほえましい気持ちになりながらロイはそれを眺めていた。
「うわ、しかもこれ最新じゃないですか! つい先日出たばかりの!」
あーそういえば最新版だなんて言ってたな、とカレーをぱくぱく食べながらロイはそんなことを思い出した。あまり興味が無かったロイにとっては最新版でもなんでも使えれば関係ないものだ。
「らしいな。俺も貰ったし、なんかあいつにお返しでもしとくか……なぁ、ハルよ。女って何貰えば喜ぶもんなの、特にリーシャみたいなクソ真面目なやつ」
遊楽の女は金になりそうなものを上げてれば喜んでたな、と思い出すロイ。だが相手は魔術師ギルドの統括様だ、金になんて興味なさそうだしなーと考えを巡らせる。
「女の子、って括りだと人それぞれとしか言い様がありませんが……リーシャさんなら、なんでも喜ぶと思いますよーきっと」
「そういうもんかね? ……んー、明日の夕方くらいにまた出て、見繕うか。ハルからも何かお返しするか?」
「勿論です! リーシャさんは食事とか物凄く雑そうなので、お弁当とかご飯系でお返しできればなーと!」
お返しの方向性は決まったらしい。最新版の携帯が売られている金額には届かないだろうが、こういうのは気持ちが大事だよな気持ちが、納得したロイはカレーを食べ終わると、ハルが食べ終わるのを待ち、一緒にキッチンに並んで皿洗いをした後、自室のベッドに潜りこんだのであった。
柔らかい布団に包まれながら、暗い部屋でロイは一人、携帯をいじる。折角リーシャのところまで聞きに言って教えてもらったソーシャルゲーム、少しだけやっておくかと思った為だ。初めてのガチャで出たモブゥ――世紀末なモヒカン頭である――に初期武器を装備させ、クエストをこなしていく。
ターン制のバトルで、初心者でも分かりやすいバトル形式であった。自分のターンが始まったら、キャクターのアビリティを使用したりプレイヤーが持つバトルを有利に進める事ができる道具を使い、攻撃開始。それで一ターンが消化される。
キャラクターの中にはバトル開始時に状態異常を無効化する自動発動アビリティを持っていたりもする。無論、レアリティの低いキャラは自動発動するアビリティは持っていないが。
「……ってか、マジでこのモブゥってやつ弱いな」
ノーマルキャラは悲しくなるほどに弱かった。初めは敵をすぐ倒せても、ちょっとステージが進めば一回攻撃を貰うだけでライフポイントが半分近く持っていかれてしまう。武器、防具を装備することによってそれはある程度軽減されたが、一時間もしない内にソーシャルゲーム――パチモンGOの攻略は行き詰ってしまった。
通常ステージの攻略を諦めたロイは、イベントと表記されているボタンを押した。すると煌びやかなキャタクターと共に、実装一ヶ月限定イベント、などという文字列が表記され――見知ったような連中をデフォルメしたかのようなキャラクターが表示されていく。
「おいおいおい、これ蒼穹じゃねぇか!? なにやってんの!?」
そう、そこに表示されていたのは――期間限定! 蒼穹メンバーガチャの文字列。どうやらこのゲームのSSレアリティを誇るキャラクターは現実に存在する人間を元に精製されているらしい。キャラクター画面をスライドさせてみていけば、見知ったクソジジイ、ハウエルに始まりアイリスやフレイまでデフォルメされているではないか。
「……おいおい、スキルも完全一致じゃねーけど、似通った雰囲気出してるじゃん。国の外に漏れてもいいのかよ」
ロイの懸念も最もである。だが世の中の常識は――Sランクは天才。そしてSSランクは天災。要はSランクの情報が流れたとしても、対処なんて出来ようもないから漏れても問題ない。その認識が固定されてしまっていた。
現国王でもあるレイハートや、リーシャでもあればストップをかけそうなものでもあるが、レイハートは面白いから続けていいぞと許可を出し、リーシャともなればSSランクである為――大概の事には一人で対処できてしまうが故に問題ないと判断したのだった。
「しかもあの野郎、自分のキャラめっっっちゃ強くしてやがる……」
デフォルメされたリーシャ・フローレスというキャラクターの詳細情報をみたロイは思わずげんなりとした声を出した。現実準拠の為、SSランクであるリーシャのキャラが強いのは仕方が無いのだが、モヒカン頭のノーマルキャラ、モブゥのステータスを全部足してもリーシャのマジックポイントの半分にさえ及ばないこの格差は如何なものなのか。
「クソゲーってやつだな、これは。……って、俺もガチャ回せるじゃん。初回キャンペーン! 十回無料! ……ははーん、なるほどね? こうやってプレイヤーに旨みを覚えさせて、引きずり込むタイプのやつか」
無駄なところで研ぎ澄まされた感覚を披露したロイは、その十回無料ガチャのボタンを押した。ロイはこの瞬間、終わりがない、底がない泥沼へ落ちていくボタンを自ら押してしまったのだ。本人はそれに気付かず、退屈そうな目で幾何学的な模様から排出されていく、青色のクリスタルと緑色のクリスタルを眺めていたが。
「……渋い、渋いぞこれ。玉転がしてたほうが楽しいわ」
最高レアリティ――SSレアを引けなかったロイは、溜息を零し携帯を放り投げ、拗ねたように布団へと潜りこんだ。暫くしてとある事に気づいたのか、のそのそと布団から出ると放り投げた携帯を拾い、パチモンGOを起動すると設定画面を開く。
「やっぱり……もしかしてこのゲーム、初期化して繰り返し初回限定ガチャを引けば、いいのが当たるまで続けられるのか――」
この夜からロイのガチャ選別作業――初期化、つまりリセットを繰り返し当たりが出てくるまで走るという通称、リセマラ作業が幕を上げてしまったのである。一番最初のリセットの時こそ、僅かな間ではあったが冒険を共にしたモヒカン頭のモブゥを消す事に躊躇いを覚えたが、二回を越えるとそんな感慨すら忘れ、繰り返し引いていく作業に没頭するのであった。




