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Sランクギルドを追放されたクズは何でも屋を営むそうです  作者: 398
1章/無職のクズは秒速で一億円を稼ぎたい
32/143

32話

 エレノア山脈、五合目。


「……これが、SSランク――」


 アイリスは思わず、ぽつりと言葉を漏らす。それにはある種の諦観が込められていた。目の前で繰り広げられていたのは、人知を越えているのではないかと錯覚するほど高度な魔術の応酬。セルシウスと名乗った氷の精霊は幾つもの氷槍を宙へ展開し、それをリーシャへと向かって射出する。既に数えることは止めた。同時に展開されている本数は、五百を越えていることだろう。

 機関銃の様に轟音を立て迫るそれを、リーシャは僅か一本の漏れすらなく打ち壊す。アイリスには何の魔術を使っているか理解できなかったが、それは風の魔術の応用であった。幾つもの風を生み出し擬似的に衝撃を作り出し、槍を粉砕しているのだった。


「おい、アイリス……悔しいがここは引くぞ、わしらがおってもどうにも出来ん!」


「わかりました……この吹雪に囲まれた空間の、ぎりぎりまで退避しておきましょう……!」


 そうして離れていくハウエルとアイリスを横目に見たリーシャは、大きく伸びをすると、セルシウスを赤き瞳で睨み付けた。刺す様な鋭さのそれに、セルシウスは思わず一歩後ずさる。その心中はなぜ人間がこのような力を持っているのか、という疑念で満ちていた。


「……さて、そろそろ本気で行くわよ。原初の精霊様なんだから、ちょっとはいいところ見せてよね?」


「小癪な……」


 セルシウスが距離を詰める。常軌を逸した脚力は足元の雪を吹きとばし、一瞬でリーシャの懐へと潜りこむ。相手がただの魔術師であれば、セルシウスの拳が一撃でも掠めれば終わりだろう。その拳圧は皮膚を抉り、骨を砕き、人間程度の存在など戦闘不能――いや、死に至らしめる程度の力は込められているのだから。


「幾ら魔術が上手でも、ただの暴威が相手ならばどうだ人間――?」


「よく勘違いしているバカが多いから、あんたにも教えてあげるわ、セルシウス……魔術師が近接戦に弱いだなんて、大きな間違いよ」


 大砲のような爆発音と共に至近距離で撃ち出されたセルシウスの拳。リーシャはソレに対して一歩も引かない。僅か一瞬の判断の誤りが自身の死へ繋がると知っていても動じない。地獄はもう見たからだ。そしてリーシャはそこからロイに救い上げられ、捨てるくらいなら貰うとまで言われていた。

 ならば勝手に死ぬわけにはいかないだろう。そう、勝手には死ねないのだ。決してロイに告げることはない心中の思いは、呪いの様にリーシャを生へと縛り付ける。直撃をすれば死ぬ、というならば、直撃をさせなければいいだけの話だ。


 迫るセルシウスの拳に添えられたリーシャの右手が暴威を受け流す。リーシャの手には魔力が込められていた。それが僅かな衝撃さえも残さず、流れる水のように後方へと全ての衝撃を流していった。その衝撃波を受け、リーシャの後方で大きな破裂音と共に雪の幕が空へと下りていく。


「ちっ……!」


 驚愕に思考を忘れたのも束の間、セルシウスは続けて逆手による掴み、膝による痛烈な一撃を当てようと常人には視ることさえ出来ない速度での連打を繰り返すが、悉くそれらはリーシャの流しによって外される。まるで心中さえ読んでいるかのような赤い瞳の輝きに、セルシウスは恐れを抱いた。


 無論、心中を読んでいるわけではない。ただ自分の目で見て流しているだけだ。全属性の魔術を納めているリーシャは全ての属性複合魔術を試行している。何度も何度も失敗を重ね続けても、僅か数パーセントでもその先が見える限り、リーシャは決して諦めるということをしなかった。

 そして辿り着いた境地が全属性複合魔術。リーシャ本人が納得のいく完成度に達していない為、公表こそしていないが、それを一度聞いた人間は――神の如き所業だ、と言うだろう。二属性でも難易度が高く人を選ぶのだ。それなのに八属性全て。火、水、土、風、そして難易度が一段階上がる、雷、氷、闇、光。それらを同時に扱うのだ。難易度など青天井、現存する魔術師の殆どが挑みさえしなかった回答不能の問題といってもいい。


 今、リーシャの瞳には全てがスローモーションで映されている。例えセルシウスの拳がどれだけの速度で撃ち出されようとも、リーシャにとっては受け流す為に手の平を添える程度、簡単なのだ。無論、その自分だけが高速で思考し、世界よりも早く動く為には裏で幾つもの魔術が動いている。

 思考速度を加速させる為、全身の血液、そして臓器の循環を炎、水、風、雷属性を用いて何倍にも引き上げていた。破損は強制的に光魔術で修復し、倍速で生み出されていく老廃物は闇属性で体外へ排出。

 細胞分裂には限界がある。ただ高速で傷ついていく身体を治せば寿命は減るが――リーシャはそれさえも克服した。光魔術で細胞さえも生み出しているのだ。無論、その分魔力の消費は半端なものではないが、SSにまで到ったリーシャの魔力総量を持ってすれば、維持は難しくない。


「実験、検証、そして修正のフローは大事よね。原初の精霊に通じるかどうかは分からないけど、どう?」


 リーシャが手を振った。轟音と共に生み出されのは漆黒の稲妻。先程の雷とは違うそれは、雪を消滅させながらセルシウス目掛けて奔る。セルシウスはそれを初めこそただの雷だと思っていた。何かしらの属性が付与された、高度な魔術だと思った。

 だがそれは違った。そもそも、魔術と言う考え方が違ったのだ。セルシウス自身の魔術耐性は極めて高い。それを利用し、手傷を負ってでも一撃をリーシャへ叩き込もうとしたのが、セルシウスの過ちだった。その黒い稲妻はセルシウスの受け流そうと前に出した右手を捉えるなり、あらゆる魔術的な保護要素を致命的に破壊し、根こそぎセルシウスの右手を捥ぎ取った。肘から先が消失したセルシウスが、驚愕の瞳でそれを見る。


「……魔術的要素の破壊か。魔力体を構築する魔素を破壊、無に返す一撃」


「正確には違うわね。存在を構成している要素である原子、そして魔力体を構成している魔素、それら二つの繋がりを全て破壊してるの。要素を破壊した後はそれを吹き飛ばしてるだけ……どうかしら、痛烈?」


「あぁ――こんなものを見せられては、な」


 セルシウスは欠けた右手を胸に抱いて、空を見上げた。その胸にあるのはどんな思いなのかリーシャには分からない。ただ現実にあるのは、リーシャはセルシウスに勝った、それだけの事実であった。死を覚悟した相手に情けは無用ね、とばかりに再度リーシャがセルシウスに右手を向けた。


「……なぁ、教えてくれないか。何故お前たちは私の山を汚した? なぜ私の庇護下にある命を奪おうとした? 何度も何度も執拗に、自然を汚すのだ?」


「説明は具体的にして。感情論は嫌いよ」


「――ここ一年の間、ずっとだ。自然では解消できない汚れをお前たち人間はこの山へ振りまいた。それに汚染された水を飲んで、動物は死んだ。それに自然も死んでいった。まだ目立ってはいないが、その内大地も枯れるだろう。だから私は凍らせた、そして愚かなお前たち人間を殺そうとした」


 ――話がおかしいと感じたリーシャは右手を下ろす。思考の倍速化まだ展開している、強襲されても対応できる準備は整ったままだ。


「私たちはそこの……馬車で一日程度かしらね、中央王国出身の人間よ。で、その国では原則だけど廃棄物に関しては指定された処分をしないと駄目な決まりなの。わざわざここまで、汚れを運ぶだなんてことはしないと思うけど」


 まぁ汚れの種類にもよるが、とリーシャは大げさに溜息を付く。主に中央王国で出される廃棄物のうち、自然に帰らず致命的な死をもたらすだなんてものは殆ど無い。あるにはあるが、王国が厳重に管理し、魔術的な方法で処分するのが一般的だ。


「それに、廃棄物が外に出るかは人間の門での監視に加えて、あんたの右腕を捥ぎ取った魔術師である私が監視してるわ。漏れは無いはずよ」


「ふざけるな! では、これはなんだというのだ!?」


 怒りに満ちた表情でセルシウスが氷の塊をリーシャへと投げつける。足元に落とされたそれをリーシャが視ると、中には黒い何かが入った状態だった。一瞬で氷を溶かすと、黒い液体が雪の上に染み渡っていく。それを人差し指に付け、自分の鼻元へと持っていった。――鼻に突き刺さるような刺激臭。僅かにアルコールのような、つんとしたものも混じっている。


「――廃油」


「それだけじゃない、植物が枯れる似たような液体もいくつもバラまかれた! それでも、お前たちは、枯れていく木を! 死んでいった動物達の亡骸を見ても! この山を汚し続けた!」


 そういうことか、とリーシャは理解する。こんな廃棄物、魔術で栄えた中央王国では出ようが無い。勿論、ある程度は出るが外に運び出され、この山まで捨てに来るということは不可能だ、リーシャが監視しているから。ならば推測される答えは一つ。


「……セルシウス。あんた、山を護りたいのよね」


「あぁ、そうだ。私はこの山を護りたい。だがそれを、お前たちが邪魔し――」


「いいわよ、その代わりあたしからの条件を飲みなさい」


 セルシウスの顔が怪訝に歪む。雪まで伸びた銀の髪が、風に揺らいだ。


「あたしと契約しなさい。下位精霊とかじゃなく、原初の精霊のあんたが。恐らくだけど、この汚染は全て東国っていうあたしたちとは別の国の連中が原因。要は手を貸せ、ってこと」


 リーシャはセルシウスへと右手を向けた。今度は魔術を放つように手のひらを向けるのではなく、友好的に、握手でもするかのように。まだ疑念は消えていないのだろう。セルシウスはその場から一歩たりとも動けずに居た。


 曲がりなりにも彼女は一度死を受け入れたのだ。リーシャの前に死を受け入れてしまった。だからこそ戸惑うのだ。唐突に差し伸べられたその救いのような手に。セルシウスの行動理念はこの山を、そして自然を護ること。それが達成されればどんな問題もないのだ。だが、信じていいのかが分からなかった。


「……あんた、さっき命を捨てたわよね、そして諦観の如く空を見上げた。ならその命、あたしが貰うわ。それにこの山も綺麗にしてあげる、あたしが約束する。ほら、手を貸しなさい――セルシウス」


 疑念は消えない。真実も分からない。だが原初の精霊でもある自身を殺せるだけの力を持った女が、こうして手を差し伸べている。そして山も護ると約束までした。ならば――いいだろう、力を預けるのも。そうセルシウスは思いリーシャの手を握る。この人間を選んた自身の選択が失敗であったのであれば、その時は自ら滅びよう――そんな思いも同時に抱いて。

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