31話
山脈に生まれた亀裂にロイとフレイは飲みこまれていく。ロイは先に落ちたフレイを救う為、自らその闇の中へと飛び込み、時には崖を蹴り加速し、どうにかして先に落下したフレイへと追いつく為にありとあらゆる手を尽くす。
風を切る轟音が聞こえる。砕けた岩が頬を霞め、痛みと共にロイの頬に赤い一線が入る。
「……んぎぎぎぎ、っ!」
どこまでこの闇が続いているのかは分からないが、ここで行動を止めるわけにはいかない。もしかしたら次の瞬間には大地に打ち付けられるのかもしれないが、ロイは決して行動を止めない。それにロイ自身は打ち付けられてもまだ平気だ、不退転の決意で何倍にも加算されたステータスがあるからだ。
「――!」
轟音と共にロイの身体が水に沈む。派手な水飛沫、そして全身を襲う強烈な痛みと冷たい水の感触。地底湖か! と慌てて水中で眼を見開き、先行して落ちただろうフレイの姿を探す。するとそう遠くない場所で、水中を漂う姿が見えたので、両手で水を掻き分けながら前へと進んでいく。
ロイ自身と同じ蒼穹の制服を着たフレイを掴むと、そのまま水面へと上がっていき、陸まで辿り着くと片手でフレイを放り投げ、自分自身も水中から上がる。
「っくそ、風が吹いてないからまだいいが、体温が……」
何気絶してやがんだ、とロイはフレイの脇腹に蹴りを叩き込んだ。低い呻き声を挙げながら意識を覚醒させたフレイが起き上がると、唐突にロイから投げ出された何かをフレイは片手で受け取った。そのまま自分の魔力を注ぎ込んで、受け取ったばかりの炎の魔晶石を起動すると、訪れた暖かい風に思わずほっと息を零す。
「気を失ってたみたいですね。づっ……」
左膝に激しい痛みを覚えたフレイは、立ち上がれず地面へ腰をつく。
「……戦場で虚を突かれて脱出不能な場所へと落ちていくわ、挙句の果て気も失うわ、お前ほんとにSランクかよ、あーん?」
「ぐっ……今回ばかりは感謝しますよ。す、すす、すいません……でした……!」
にやにやと痛いところを刺していくロイに、救われた事は事実であるため、何も言い返せないフレイ。日頃からクズクズといっている人間に頭を下げるのは癪であったが、精神力で捻じ伏せ、一応の感謝の言葉は告げる。最も、言葉はいかんともし難い気持ちでブレていたが。
だがまぁ、これでは終わらないよな、とロイは辺りに視線を回す。大きな空間だった。透き通った地底湖を中心とし、崖肌には幾つもの光り輝く結晶が点在している。――光水晶、蓄積された魔力が長い年月を通して岩に吸収され、光を持つようになった、ある程度は貴重な天然資源である。
脱出を考える前にまずはこれか――そうロイが考えた次の瞬間に、大きな土埃を立てながら何かが落下してきた。直ぐに突風が吹くと土埃は晴れ、その中からは黒の外套を羽織った二人組みが姿を現す。
「――さっきから思ってたんだが、お前らはなんなんだ? 蒼穹のメンバーや俺を殺すとか物騒にも程があるぜ」
歪な笑みを浮かべた黒の外套の少女は、言って良いのか、と男の方を見やる。頷いたのを見ると、ロイを指出しながら口を開いた。
「悪いが、お前らSランクギルドの連中が邪魔なもんでね。……悪鬼羅刹もいるとは思ったけど、ハズレだったみたいだし、つまんねー殺しになりそうなもんで呆れてるところ」
「……その、悪鬼羅刹ってのは?」
「あぁ、お前らの国じゃわかんねーか。少し前にあったらしい戦争で、あたし達――東国の兵器を一閃でブッ壊した化物をそう呼んでるだけ」
ぴくっと二つの意味でロイは反応する。
一つ目は東国という言葉。こいつらはどうやら東国のスパイか、暗殺者というところで間違い無さそうだった。そして二つ目、それは悪鬼羅刹。少し前がいつを差しているかは分からなかったが、二年ほど前であればロイがリーシャを救う為、不退転の決意と常在戦場で乗算されたステータスを持って、そんなことをした記憶があった。
「いやー傑作だったらしいぜ。最新鋭の歩兵隊も全部一刀で壊滅させられたらしいし、置き土産とばかりにマリョク? ってやつを残されたらしくて、計器類も全部破損! そんなことが出来る人間がいたら、あたしが軽々ぶっ殺してやりてーなって思ってるんだけど……あんたはハズれみたいだから、残念」
ざっと歪な笑みを深めた女が、黒の外套を投げ捨てた。黒のキャミソールに、黒革のショートパンツ。黒髪が風に揺れ、リーシャと同じような、赤い瞳がその輝きを増した。溜息を零しながら、隣の男がまるで嗜めるように口調で言葉を発する。
「……姉さん、悪鬼羅刹ではなくて、修羅悪鬼だ。わずか一撃で大群を壊滅させた羅刹のような所業から、悪鬼だと噂され、そうなった。物事はしっかりと覚えておくべきだ」
「うるせーなあ。どうせ死人に口出しだ、間違った事を覚えてもこいつらは死ぬんだから関係ないだろ?」
女の手に何かが生み出されていく。それは初めこそ歪な赤い稲妻であったが、瞬時に形を作り定着する。女の手には、無骨な黒を基調としてデザインされた大斧が握られている――ロイはソレを見て、頬を顰めた。東国のスパイであるならば魔術に精通しているのはおかしい。無から有を生み出す魔術は、神の如き所業だからだ。リーシャでさえ、武器の持ち運びは亜空間魔術の応用を重ねに重ねて、ようやく極少量のものを運べるに至ったのだ。ゼロから何かを生み出す魔術は、誰も成功したことがない。
最も、最近ではコーヒーとお菓子しか出てきたところを見たことが無いが。
「……死人に口なしっていうなら、教えて欲しいんだけどよ。お前、それどうやって生み出した?」
「あー? まぁいっか。これは――核分裂で出来たエネルギーをうんたら? らしいぞ!」
国家機密事項であったそれを簡単に話した、姉さんという存在に男は溜息を再び零す。もう少し頭にパラメータを触れなかったのか、という思いが外套の男の脳内で渦巻いたが、殺せば問題ないかという結論に達し、右手をロイへと向けた。
ロイはといえばロイで、核分裂だなんて言葉が出てきたことに驚愕を隠せなかった。先生と別れたからは各国を渡り歩いてきたロイだからこそ知っているが、核分裂とは半ば禁忌魔術のようなものである。ロイでこそ核分裂の詳細までは知らないが、原子レベルの物質を衝突させ、ねずみ講式に反応を爆発的に増やし、エネルギーを得ることだ。そこで僅か一個の原子でさえ多く反応してしまえば一瞬で制御できるキャパシティを超えてしまうとも知っている。
「……青ざめた顔をしていますね、ロイさん。なんですか、核分裂というのは」
「あー、万が一あの女や男の中でソレが起きていると仮定したらだな、SSSランクがあいつらの中で一生懸命エネルギー生成してるみたいなもんだ、それも何人もな」
はぁ、と顔を顰めたフレイ。ロイが言っていることの理解はできなかったが、この状況で座り込んでいるのは拙いので、痛む足を堪えて立ち上がって腰にぶら下がった愛剣を引き抜き、構える。
「かっこよく名乗りでも上げておくかね……俺はロイ・ローレライ。お前らは?」
敵の名前が欲しかったロイは、自身から名乗りを上げ、情報を得られないか試す。フレイはといえば、痛みを堪えるのに必死で話す余裕は余り無さそうだ。
「――残念ながら俺達に名前はない。しいて言うのであれば、俺はトゥー」
大きな斧を軽々と振り回し、黒の女は告げた。
「そしてあたしが、ワンだ。ほら、名乗りも上げたしもういいだろう、ロイ? 今ブッ殺してやるからな!」
狂気に顔を歪めた少女、その名はワン。
冷静にロイとフレイを眺める黒の外套の男はトゥー。
エレノア山脈の三合目付近に広がる地底湖で、混戦が幕を上げた。




