3話
「はーっはっは、今日の俺は完璧ィ! こんな制服ひっさびさに着たからな、ちっと息苦しいが仕方ない。まずは見た目からいくぜ」
白の制服――Sランクギルド、蒼穹で提供されているものを着込むとネクタイまできっちりと締め、意気揚々と宿を出る。蒼穹で配布されている制服自体、ギルドに一度でも属したことがあればどこに着ていくのも自由なのだ。例えその人間が追放された身であろうとも。
ロイの手荷物などカバン一つに詰め込む程度しかない。軽々と鞄を担ぐと、んじゃなーと宿のマスターへ手を振って木製の扉を潜り抜けた。
……
同刻、中央大国とも呼ばれている国、その王城内部。壮言たる光景が拡がるのは、国の重鎮達が集まり言葉を交わす厳粛なる場。配置された家具はどれも超一流、部屋の四隅に凛とした表情で立つメイド――その中央にあるのは大きな円卓。座しているのはSランクギルドである蒼穹のマスターに、全てのギルドを管理するギルド統括大臣、そして現国王の三名。
「……蒼穹のマスター、ハウエル殿よ。あの問題児、ロイはしかと追放したのか?」
「ええ、然りと……しかし彼は仮にも無敗であった人間だ。性根を直したら戻ってこいと、言葉に含め追い出しはしましたが」
「左様か、問題ない」
書類を軽く叩くと大臣は黒髪を撫でつけ、皺の刻まれた顔に笑みを浮かべる。全てのギルドを統括する、そんな大臣でさえもロイの行動には呆れ果てていたのだ。丁度いい薬だ、と溜息を零して、大臣は話を進めた。
「それで、ハウエル殿にここまで来ていただいたのは――この前例にない気温の低さについて。このままでは作物にも影響がでる、原因を突き止めてはくれんか」
「……大臣はこの気温の低さに原因があると?」
「ええ、流石に前年よりも五度以上平均が低い。まるで冬が続いているかのようだ……ここは中央王国、些細な異常でさえも潰しておきたい」
大臣がテーブルの上に資料を広げていく。そこには十年以上を遡り平均気温を記載し、グラフ化したものが詳細まで書き込まれていた。闘うものが集うギルドの他にも商業ギルドや研究ギルドなど、様々な大小のギルドが存在するこの国だからこそ、ここまで詳細に調査して記録し、このような異常が発生した場合にデータとして出せるのだ。
一言も言葉を発さなかった国王が浅く息を吐く。そんな些細な仕草だけでも、蒼穹のギルドマスター――ハウエル、そして統括大臣が身を強張らせる。この筋骨隆々とした身体、伸びた白髪、着込んだのは煌びやかな赤いコート。その男、国王が一言、公式の場で発言するだけでSランクギルドの蒼穹でさえも危うい立場になる。蒼穹の行く末を担うハウエルにとって、些細な仕草でも気になって仕方が無いものだった。
「……我が国では勿論、農業も推している。ある程度の自給率も得ている。――だが、自給率が百パーセントと言うわけではない。ただ大きくて栄えている、それだけで周りの国からしたら敵になるものなのだ、今のこの世はな」
奪えるものは奪え。武力を行使してでも奪え。
自国の発展の為に――それがこの世界の主流であった。
「故に、食料と言う大事な補給線が関わるかもしれない異常な出来事は、早急に手を打たねばな。頼んだぞ、ハウエルよ。期待をしている」
「仰せのままに。さし当たっては陛下、他のギルドへの要請もさせて頂きたいのですが、この件は内密にした方がよろしいのでしょうか?」
どこかぎこちなさそうに、ハウエルは国王へと問う。元々ハウエルは脳味噌が筋肉で出来ているんじゃないか、とまで言われていた戦場にいるべき人間だった。このような場は今でも慣れず、どこかそわそわとしてしまうし、落ち着かない。
「――研究ギルドに声を掛けておく。それ以外は口外しないよう頼むぞ」
「承知しました。調査の報告は統括大臣へと」
「構わん、励め」
それだけを言い残すと、国王は立ち上がり、部屋の外へと向かい歩き始めた。大臣は机の上に散らばった資料を纏めると、ハウエルへと手渡し、一礼をして王の背へと続き退出する。目上の人間二人がこの部屋からいなくなったことにより、ハウエルは思わず大きく息を吐き、深く椅子へと腰掛けたのだった。
「……現国王、アルカディア。神に愛された男は、流石に格が違うわ」
ハウエルは自身のステータスを思い返す。
遠い昔、ハウエルが子供の頃より剣や斧を振り回してきた成果が如実に出ているステータスであった。
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ハウエル・ドルゲスター
筋力S、耐久S、魔力F、幸運C
アビリティ
・先読A
・一番槍S
・鉄心の心得S
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恐らくこれ以上のステータスは望めないだろう、そんな直感がハウエルにはあった。だがアルカディア国王は齢六十を越えてもステータスを伸ばし続けている。年に一度、秋の大収穫際が行われるタイミングで奇怪にも――この国の国王、アルカディアは自身のステータスを開示しているのだ。本人曰く、戦争が切り出され無い為の盾と公言しているが、その実は盾ではなく剣。あからさまな牽制である。
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アルカディア・レイハート
筋力A、耐久S、魔力B、幸運A
アビリティ
・覇道S
・王道S
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あの歳であのステータスは化物に近かった。年齢を重ねれば重ねるほど、個々のステータスは落ちていく。全盛期と比べると、明確に下がって行ってしまうのだ。そして現状、未だに重複したことが無い本物のユニークなアビリティ、覇道。そして王道。その詳細までは開示されていなかったが、アルカディアが玉座を得てから誰一人として同様のアビリティ持ちが現れていないのだ。それ相応の効果があるには違いなかった。
「……世界は広のうて。だがしかし、ロイのやつのアビリティはなんじゃったんだろうか。あの死地からも必ず帰還するしぶとさ、生命の加護とかかの?」
――ハウエルは知らない。ロイはアルカディア国王でさえも越えるSSランクのアビリティ持ちだと。的外れの想像をしながら、ハウエルはテーブルに出された紅茶を飲み干し、鞄へと資料を仕舞いこんでこの場を後にするのであった。
……
一方その頃、ロイは青い顔をして町の片隅にあるカフェのテラスで項垂れていた。テーブルの中央に差されたパラソルがロイへと影を落とし、より深く青い顔を彩っている。
察するとおりロイはこの町の学校の教員となる為、様々な学校を巡ったのだが――初めはSランクギルドである蒼穹の制服の効果で受け入れられるのだが、ロイだと気付かれると手のひらを返したように面接はキャンセル、そして追い出されるように背中を押され、今後のご活躍をお祈りされたのだ。それも何度も何度も、冒険者ギルドや商業ギルド、差し当たっては研究ギルドすらからも。
昼間から酒を飲み、女を侍らせ、パチンコなんぞに勤しむ男を、どこの学校が職員として受け入れるのだろうか――。
「……あー、コーヒーがいつもより苦い。現実と同じ位苦い。ていうか何で昨日の今日で俺が追放なんてされたこと皆知ってるんだよ、可笑しいだろ!?」
バン、と木製のテーブルを叩いて怒りをめらめらと燃やすが、それ以上は当たる先も無く、重く深い溜息を零して再度机と項垂れるのであった。ふと、そんなロイの姿を見つけたのだろう、やばいやつがいるとざわざわし始めた群衆の中から――ロイと同じ、蒼穹のギルドの制服を着込んだ女が歩み寄り、ロイの目の前の席へと座り込んだ。
「ロイ様こんにちわ、昨日ぶりですわね……貴方のアイリス、ご不満の声を聞きとげ今ここに参りました!」
にっこりと極上の笑顔で笑うのは、ロイと同じ蒼穹に所属している女性。名前はアイリス・レイジア、蒼穹ではマスターであるミハエルと共に前線を支える最上の回復役であった。伸びた砂金の様な髪は美しく風に揺れてきらきらと輝き、小ぶりな唇は薄い桃色でとても柔らかそうに笑みの形になっている。
「……あ、アイリスか、驚かせんなよ、もう」
無類の女好きでもあるロイが思わず一歩、身を引いた。こんなにも美しい女性なのに何故か――それは直ぐに、よく分かる形で目の前に現れる。ロイが自身の目の前から逃げようとしたのだろうとアイリスは思い、直情的に――ガッと目の前にあったパラソルの柱を掴んだのだ。まるで威嚇する肉食獣のように。
「うふふ、そんな逃げないで下さいな……貴方のアイリスですよアイリス。かつて戦場で命を救われた私は身も心も貴方のものなのに――それなのに、逃げるなんてしませんよ、ね?」
鉄で出来ている筈のパラソルの柱が、いともあっさりと暗い瞳をしたアイリスによって握り潰される。揶揄ではなく、アイリスが握った位置がめりめりと異様な音を立てて、圧縮され――最後には捻じ切ったかのように千切れ落ちた。
「(ヤベーよやっぱこいつヤベーよ! なんでこんなゴリラヒーラーを民間人が歩いている街中に野放しにしてんだよクソマスター、なんかの罪に問われるんじゃないかよソレ!? この街を動物園の檻の中かと勘違いでもしてんのか!?)」
「さて、なんでいきなり蒼穹を脱退したのか――聞かせてもらいましょうか、ロイ様?」
「え、うん……かいつまんで離すから、あんまり手を向けないで……」
前かがみで眼前へと迫るアイリス。制服に包まれた大きな胸がたゆんと揺れたが、ロイはそれを見る余裕さえも無く――たった片手で捩じ切られたパラソルの柱を、先程よりも真っ青な顔で見つめていた。