28話
ロイは蒼穹のメンバーが調査へ向かった雪山へ向かう為、馬に乗って平原を掛ける。流石にリーシャには声をかけておけば良かったと後ろめたい思いも感じたが、自分とリーシャの相性は決して良くは無い為、これでいいと納得させ、風を斬り進んでいく。
相性が良くない、それはロイのアビリティである不退転の決意に関係する。リーシャは強すぎるのだ。それこそロイの助力など関係なく。故に不退転の決意の発動条件――自身が追い込まれることに影響してしまう。彼女が傍に居る限り、ロイは全力を出す事が出来ないのであった。
「あのオッサン、二日後とはいったが……以前にアビリティが鳴かないとか、遅すぎたとかって言ってたこともあった。多分、二日は正確な値じゃねー」
もう夜の帳は降りている。月明りを頼りにしては馬を飛ばし、時折僅かな休憩を挟んで、駆けていく。次第に天気は荒れ始め、冷たい雨が吹き付けるようになった。そしてそれは次第に、雪へと変化していく。ロイの想像以上にキツい変化であった。適当な露天で買った炎の魔導石を使い、体温を上げるが微々たるもので、直ぐに冷たさが襲ってくる。
「ないよりは、マシか……」
遂に馬の脚も止まった。休憩を挟んでいたとはいえ、酷使しすぎたのだ。その場に倒れた馬に、ロイは左手を当て――小さく呟いた。
「癒えろ――」
回復魔術だ。ヒーラーが扱う物とは違い直接的に傷を塞いだりするのではなく、細胞自体を活性化させ傷の治りを促進させ、無理やり脳に快楽物質を生み出し、一時的に疲れを忘れさせるもの。本職のヒーラーからすれば外道中の外道と言われるものであるが、戦場にて気を保ちながら生き抜かねばならなかったロイにとっては、必須の技術であった。
一時的に癒えた馬は、どうにか立ち上がり、そのまま元来た方向へと去っていく。
ロイは、蒼穹の制服の上に羽織った厚い羽毛の外套を、雪交じりの強風に羽搏かせながら足を進めていく。
大半が雪に埋もれて見えなかったが、麓にはキャンプの後らしきものが見えた。一体どれほど、ここの拠点が使われなくなって時間が経ったのか。そしてこの吹き荒れる暴風の中、雪山に何人のメンバーが取り残されているのか。手間な救出作業になるぜ、まったくと震える唇で愚痴を漏らして、ロイは歩みを進めていく。
先程、回復魔術を使用したせいで傷んでいた左腕も冷たさで麻痺してきた。吹き荒れる雪の所為で、視界も非常に悪い。一旦休むか――青い唇を震わせ、崖を伝い先へと進んでいく。次第に地面は山へと潜る様に沈んでいき、その先には吹雪が届かぬ洞窟があった。当たりか、と思わずぐっと拳を握るロイ。
体は非常に疲れていたが決して直ぐに腰を下ろすようなことはせず、辺りをじっくりと観察する。雪崩が起きた時にどうなるか、魔物は存在しているのか、その他外敵になりえるものはいるのかどうか。どうやらこの唐突な気候の変動による吹雪で魔物も生き物も全部逃げ出したか、凍ってしまったらしい。気配は何一つ、感じられなかった。
雪崩が起きてもこの場所は飲み込まれずに済みそうだ、多少は雪が入り込んでくるかもしれないが、生き埋めにされることはない。
「……ようやく、休める――」
地下洞窟らしきところへ続いているみたいだが、そこまで探索している余裕はない。全身の雪を払い落とすと、ロイはその場に腰を下ろし、胸に仕舞っていた炎の魔晶石を放り投げた。すると、薪がないのにもかかわらず、炎が大きく溢れ出て、その場でその大きさを維持する。詰め込まれた魔力で動くのが魔晶石。故に、こんな芸当が可能であった。
じんわりと感じる暖かさにほっとしたロイは、続いて大きさは控えめな背中のバッグを降ろし、中から干し肉を出した。次いで、鉄製の缶を取り出す。最近流行り始めたタイプの食品であり、缶で密封されている為、長期保存がきくという代物であった。行きがけに、買えるだけ買ったものである。
それを取り出したロイは、腰に差した三本の剣の内、二本を地面へ放り投げる。一本を鞘から抜き放つと、器用にもその切っ先で缶詰を開封していった。中から出てきたのは、水っぽいタレがたっぷりと掛けられた鶏肉。それを剣の先に乗せ、器用に炎で缶ごと炙っていく。
十分に炙ったらそれを冷ます為、火のあたらないところへと置いた。辺りをくるくると見渡すと、柔らかそうな地面の場所へと歩みより、剣で穴を掘っていく。引っ掛かった手ごたえを感じると、ロイはにやりと笑い、そのまま堀進め、木の根を切り取って入手する。それを炎で解けた水で洗い流すと、適当に剣で一口サイズに切って、軽く炙った後に缶詰の中に放り込むと、再度それを剣の上に載せて炎で炙る。
そろそろロイの活動時間は一日を越える。それでも眠気に抗えるのはアビリティ、不退転の決意と常在戦場が発動してきているからであった。それでも眠気がこないだけ、であって、疲労感は消えないのがロイにとってつらいところである。
「頂きますっと……あっち!」
缶詰を買い溜めした際に貰ってきた割り箸で、熱された肉と木の根を摘んでいく。時折柔らかい肉の外に、がりっとした嫌な感触が口内に広がったが、飢餓よりはマシだよなと溜息を零しながら嚥下していく。食料には限りがある。可能な限り食べられるもので量を増したのだ。
「……鬼が出るか蛇が出るか。都合よく全員生きてて、気を失っててくれれば適当に暴れられるからいいんだがな」
肉と根を食べ終えたロイは座り込んでしばしの間休息を取ると、地面へ放り投げた三本の剣を腰に戻し、新しい炎の魔晶石を出して胸へと仕舞いこんで、再び吹雪の中へと一歩を踏み出した。




