27話
「それじゃあ頼むよロイ君。……すまないがリーシャ君、サポートを願えるかな」
「お気持ちは重々察しております……可能な限り対処いたしましょう」
レイハートの一言は、この五千万という金額に舞い上がったロイを見て心配になったが故の一言だった。その当人はと言えば既にこの店からは消えている。パーティを開くぞー! と言って一人で買い出しに出かけてしまったからだ。出る間際の一言は、後よろしく! だった。もう現国王の相手がめんどくさくなったのだろう。
呆れたモノね、クズだわクズ。そう呟きながらリーシャは指を鳴らして、レイハートと自分の分のコーヒーを取り出した。取り出してから、そういえば現国王の前で魔術なんて使ってしまったわね、と内心で反省する。一瞬、この家を取り囲む気配がざわっとしたのは気のせいではないのだろう。
「失礼しました……私が挽いて淹れたコーヒーです。ご心配なら先に一口頂きましょうか?」
「気にするな。まさか私に毒を盛るほど君の信頼を得れていないのであれば、それこそ王として退去すべきだからな。それに私には妻もいる、まだまだ若い君と間接キスだなんてしたら、妻が怒って殴りかかってくるよ」
「以外とピュアなんですね、それとも奥様が怖いのか……とは聞きませんが」
はっはっは、と軽快にレイハートは笑う。まさかこの年でピュアと言われるだなんて思ってもいなかったのだ。痛快に笑い声を上げた後、神妙な顔をしてリーシャへと疑問を投げかける。
「話は変わるが……リーシャ君、君は彼……ロイ君と婚約、あるいは同姓でもしているのかね?」
「ブーッ!」
唐突な質問だった。意表を突かれたリーシャは思わずコーヒーを噴き出し、それがレイハートを直撃する。あづっ! と変な声を上げたレイハートは思わず顔を抑えて蹲った。リーシャはリーシャで驚天動地であり、国王に口に含んだコーヒーぶっかけたとか、婚約とはなんだそれとか、どこから手を付けていいか分からなくなってしまっている。
そのドタバタを見かねたハルが、手際よく御絞を用意し、レイハートの元へと駆け付けた。慣れた手付きで、大丈夫ですかーと言いながら滴る茶色の雫を拭き取っていく。
「すまない……感謝する」
一通り拭き終えたレイハートはため息を一つ零すと、ソファーへと座り直し、自分のコーヒーに口を付けた。
その頃にはリーシャも落ち着きを取り戻し、深く頭を下げる。
「し、失礼いたしました……聊か、唐突すぎる内容でしたので」
「気にするな、何も毒を吹きかけた訳でもあるまい」
香る豊かな風味を味わいつつ、レイハートはコーヒーカップをテーブルへと置いた。
レイハートの服には染み一つ滲んでいない。魔術による保護であった。
「君は無口だった。有り余る才能が故に、それ以下を切り捨て、ただ孤独に一段一段階段を上り続けるだけだった」
その言葉を聞いてリーシャは口を一文字に引き結ぶ。これでもかと的を得ていたからだ。上り続けて、上り続けて、そして最後には過信して、自身を取り囲む世界に落胆して、生を投げ捨てたところをロイに拾われた。
失敗すれば責められる。その才能が故、下手な成功を幾らも積み重ねてしまったが故、周りは一回の失敗さえ許容しようとはしない。君なら出来て当然だ、そう言われ永遠に次を求める。足を止めることは許されない。
「……ところがだ、君は二年前の東国との大戦でロイに救われて以降、どこか憑き物が落ちた様な顔をしていた」
「そうでしょうか?」
「ああ、そうだ。回数は少ないが、各ギルド同士の会合に私も参加しているだろう。全員をよく見てるから分かるんだよ、私はね」
思わず自分の頬を触るリーシャ。
そういうところだ、とレイハートが笑うも、リーシャ本人は意味が解らず首を傾げる。
「以前の君であれば、そうですか、とだけ言って終わりさ。そんな感情表現はしない」
「……そう言われると、そんな気がしてきました。なんだか変な気分ですね」
他愛もない雑談だった。現国王と話す機会だなんてそうそう得られないものであり、せっかく煩いロイがいないのだ、知見を得ようと思ったリーシャは次々に問を掛ける。レイハートは嫌な顔一つせず、今の政策の目的や方針などを丁寧に、かいつまんで話していく。婚約の下りの話は出てこなかった。あまり突っ込んで藪蛇になるのをレイハートが避けた為である。
ハルはその傍ら、興味深そうにその話へ耳を傾けていた。
そして正午の鐘がなった。ロイが出ておおよそ一時間ほどか。未だに彼は帰らない。何やってんのよあのバカ、とリーシャが眉を顰めたと当時に、来客を告げる電子音が響く。戻ったか、と怒り心頭でリーシャが玄関へと向かい、扉を開けると、そこに立っていたのはロイではなく、作業着を着た青年であった。
「……あ、あれ。ここロイさんとこだよな、なんで魔術師ギルドのリーシャ様が」
日焼けしたように肌黒い青年の顔が、驚きに歪んだ。
リーシャはそれを気にも留めず、玄関先から外を覗き込み首を右に左に向けた。ロイの姿はどこにもない。
振り向くと、青年からの質問に回答する。
「ええ、あのクズの場所であってるわよ。私は所用でいるだけ。どうしたの、ツケの請求にでも来たの?」
「ツケというか、最近あの蒼穹を追放されたロイさんが支払えるのか気になって、ちょっと来てみたんですよ。街中では噂になってて店の場所は分かったんで」
まーたどこかに借金してたのか、あいつは。懲罰室に一か月くらい突っ込んで、無理やりにでも性根を叩きなおさないとダメかしら、とリーシャは嘆く。
「あのクズが迷惑掛けたわね。で、どの酒場のツケ?」
「え、酒場? ……あぁ! 俺が請求しにきたのは違いますよ、馬一頭分です!」
――馬一頭分。何故、とリーシャは思った。
ここ最近で監視用の鳥を介して見ていたが、馬を借りたタイミングなんて無い筈だ。
「……ねぇ。それ、いつの話?」
「あー、半刻程前ですかね? 少し慌てた様子だったんで、後払いで貸しちゃって。不安になって確認しに来たんですよ」
――リーシャは一瞬、呼吸が止まるような錯覚を覚えた。
そうだ。あれはそういう人間だ。誰よりも護ることを優先してしまう人間だった。
ロイは雪山へ先に行ってしまったのだ。リーシャを置いて。どうしてか、胸に湧き上がる苛立ちや焦燥を覚えながら、リーシャは慌てて自分の雪山へと向かう準備をし始める。
「ごめんね、後で必ず払うわ、もう一匹馬を用意して!」
「へ? え? わ、わかりましたけど、少し時間かかるっすよ!?」
「……最速でよろしく!」
慌てて応接間へと戻ると、事を察したのかレイハートは既に立ち上がり出る準備を整えていた。ハルは神妙な顔で、コーヒーカップの後片付けをしている。焦ったようなリーシャの顔を一瞥すると、レイハートは頼んだぞ、とだけ零して廊下を渡り外へと出ていった。何やら周りが騒ぎ始めたが、今のリーシャの気にするところではない。
「いい、ハル。ちょっと先に出ていったバカを連れ戻してくるわ、蒼穹のメンバーも一緒に。で、あんたは連れてけないから、ここを護っててくれる?」
「……リーシャさん、私だってそこまで馬鹿なわけじゃないです。しっかり守ってるんで、戻ってきてくださいね、ロイさんと一緒に!」




