26話
「(ちょっと!? なんで現国王がこんな辺鄙な店にきてんのよ! あんた、今度は何やらかしたの!)」
「(知るかバーカ! 俺が逆に聞きてえよ!?)」
現国王、アルカディア・レイハート。彼が優雅にソファーに座り込み、国王の顔を知らぬが故に無邪気な笑みを浮かべながら手渡すハルを尻目にしながら、ロイとリーシャは廊下で作戦会議という名前の罵りあいをしていた。だがその時間も長くは続かず、ハルが二人を呼びに来たことにより、その時間は終わりを告げる。
戦々恐々とした心境ながらも、ロイはレイハートの対面に座る。リーシャも倣ったように、その隣へと座りこんだ。ハルはと言えば、ハーフアップに結った黒髪を揺らしつつ、お客さんが早々に来て嬉しいのだろうか、笑みを浮かべながら盆を両手で持ち、ロイの隣で立っている。
「……まさか、リーシャ君までいるとはね。蒼穹を追放されてから早すぎる出店だと思ってはいたが、君が手を貸したのか?」
「ええ、仰る通りです」
「何、固くなるな。ここは王城でも何でもないんだ。そうだよな、ロイよ」
「そうだな……王城の中じゃ知らんが、今この場じゃ現国王と同名の、ただの筋トレしたオッサンだよ」
こいつはなにを言っているんだ。思わず殴りそうになったがリーシャはぎりぎりとところで我慢した。不敵な笑みをロイは浮かべているが、頬が引き攣ったままなのは気のせいではない。
「……まぁ、そんなことはどうでもいいんだ。依頼の内容だが――」
すっとレイハートの瞳が細くなる。射抜かれるような視線、そして全身へ襲い掛かってくるのは謎の重圧感。これが希代の国王か、とロイは思わず感心してしまう。幾らか顔を合わせる機会はあったが、こうして対面で話す機械など無かった。実際にこの威圧感のようなものを浴びると、希代、とまで言われている理由が良く分かる。
「君達はもう知っているはずだ。蒼穹のメンバーが既にこの寒さの原因について調査をしに行っていることを」
「……あぁ、アイリスから依頼は受けてるぜ。帰還予定日を二十四時間超過した場合、助けてくれってな」
「その期間設定は誤っている。予想だとあと二日もすれば限界が来るはずだ」
断固とした口調。アイリスやハウエル達は、まだこの街を出て二日程度しか立っていない。異常気象の調査とは言え、出向いているのはSランクギルド、蒼穹のメンバー達だ。そんな簡単に限界なんて来るはずがない――そう言おうと、レイハートの瞳を見た瞬間、ロイはその鋭さに心中まで抉られた。
いや、違う。このおっさんは予想なんかじゃない、断定して言葉にしている。ロイはそう断定する。じゃあ何故、蒼穹のメンバー達の限界が訪れることが分かったのか、ロイは考える。レイハートの言葉が真実だと裏付けるもの、それを何も手掛かりがない五里霧中とも言える状況から掴み上げようと、一瞬にして思考の海へと潜り込む。
――誰かに指摘された。
違う。王よりも広い情報網を持つのは限られる。
そういうのは得てして失脚を狙うものだ、失敗しないよう指摘をするだなんて在り得ない。
――脅威を調査させた。
恐らくは違う。この男は抜け目がない。
そんなことをするなら初めから調べ尽くした上で、蒼穹のメンバー総出で行かせただろう。
――危機を初めから知っていた。
多分、これも違う。Sランクギルドのメンバーは国にとっても貴重な人材だ。
わざわざ危機に陥れ、他の人間に救わせるなど、この男は決して選ばない。
いくつもの可能性の海の中――諦めかけたロイの目の前に、一つの可能性の泡沫が溢れ出た。
躊躇いなくそれを掴み、ロイの口から言葉として生み出され、レイハートへと突き刺さる。
「――あんた、王道なんてアビリティを持っていたな。それか?」
レイハートは驚いた顔でロイを見据える。一瞬でそこまで辿り着くか、と。茶色い髪から覗くロイの瞳が、レイハートへ鳥肌を立たせる。やはり世間や統括大臣が付けた評価は当てにならないな、とロイの認識を良い方向へ一段階引き上げ、レイハートはロイのことを真正面から見据えた。
「よく気付いたね。あぁ、そうだ――私が保有する王道はその名の通り、王の道。国の繁栄を導くためのものだ。言葉にしては伝えにくいのだが、それが鳴いているんだ。この雪山で起きることが、この国のターニングポイントとなり得ると」
「それがわかっていて、なぜ蒼穹のメンバー総出で出さなかった?」
「万能と言う訳ではないからね、王道は。どうしても正せない程に道を逸れてから鳴く事もあれば、物凄く速いタイミングで鳴くこともある。……今回は遅かった、だからこうして君の元へと来たんだよ」
ハルが淹れたお茶で喉を湿らせたレイハートは、勢いよくそれをテーブルへと置いた。
「……王道が鳴かず、失敗を繰り返してしまった東国との戦争でも、君は僅か単身で取り残されたリーシャ君を救い上げた。その前はアイリス君を、他にも数えればあるだろう、君が殿に立ち、支えた場面は」
「何、ただのラッキーだよ……ロイさんのこと、過信しすぎじゃねーの?」
ふむ、とレイハートは一考する。
そして思いついたかのように、確認へ迫る提案をロイへと投げ込むのだった。
「ロイ君――君のアビリティは何なんだい?」
やってくれるね、とロイは内心で舌打ちした。この場はリーシャとハルしかいないので、最悪という訳ではないのだが、この質問はロイにとって鬼門であった。もう余計な荷物を、責務を背負いたくないロイにとって自身の保有するSSランクのアビリティを隠さなければいけないのは命題に近い。
「……ま、回答は不要だ。Sランクギルドのメンバーを助けに行くんだ……そうだな、依頼料は――これでいいか?」
懐からレイハートが小さな紙を取り出した。
その小切手――国や企業が利用する引き下ろし券のような物だ――へと、一緒に取り出したペンを用いて、さらさらと金額を書き込んでいく。ロイは書かれていくゼロを追っていく。
「成功報酬で五千万。足りんか?」
バッとレイハートの小切手が持たれた右手を両手で包み込むロイ。その表情には自信に満ちた笑みと、五千万という成功報酬に対する笑みが同居し、なんとも気持ちが悪いものになっていた。
「このロイ・ローレライ。然りとその依頼を達成してみせましょう……何、この私にかかれば! 蒼穹程度のメンバー救うことなど! 造作もあっっっりません!! うっひゃっひゃっひゃあ!」
さすがのレイハートも、これには苦笑を隠せない様だ。ロイはロイで金に目がくらみ、今しがたまで考えていたレイハートに対する疑念も何もかも吹き飛んでしまっている。隣でリーシャが、やっぱりこのクズ殺すか、と物騒なことを呟いているが、五千万に目が眩んだロイには、やはり届かない――。
「おい見たかよハル! 五千万だって五千万! 国王殿――じゃねぇ、筋トレしたおっさんすげぇなオイ!」
「さすがなのです! ロイさんはいつかでっけー山をブチ上げる男だと思ってましたです! ひゅー!」
これからパーティでもやるのか、と騒ぎ始めたロイとハルを見るレイハートの頬は引き攣っている。
選択肢を間違えたかな、そんな思いがレイハートの頭の中でぐるぐると回り始めていたのであった。




