25話
「詳しい事情を聞きたい? なんだよ、お前って意外と細かいこと気にするタイプ?」
「あんたが適当すぎるだけでしょうが……」
馬鹿の世界から戻ってきたロイとハルがリーシャに叱責される。それも当然だ、今月の給与の捻出元さえない状態で人を雇ったのだから。ロイははぁとため息をつくと、おもむろにリーシャの隣の席に移動し、若干肘を立てるのには低いテーブルに両肘を突き、普段よりも低い声でハルへと問いかけるのだった。
「えー、ではハル殿。これより、我が何でも屋に務める上での面接を始めます。我がビジネスはこれまでにないイノベーションを生み出し、この王国でイニシアチブを握るため、とても厳しく辛い業務になることが予想されます。それに置いて、ハル殿がどんな貢献ができるのが具体的に教えていただければ、と」
なんか始まったわこのクズ、と頭を押さえるリーシャ。
もはや突っ込みすら投げ出してしまう呆れ具合だ。
「ではまず初めに。ハル殿、あなたが弊社に提供できる価値を教えてください」
「はいっ! 美味しいご飯とお茶を淹れられる看板娘になれます!」
「ンンンンッ! 採っっ用っブッホホホ!?」
意味がわからないがシャキッとしたポーズをとるロイに、間髪入れずリーシャがどついた。脳天を捉えた一撃で、ロイは思わず悲鳴を上げる。不満と怒りを混ぜた表情で、リーシャはロイへ文句の言葉を飛ばした。
「ふざけんな! 何が採用だよ、ただの家政婦じゃないの!?」
「納得しろよ頭でっかちが!? ごほん、えー、では次の質問です」
どつかれた頭をさすりながら、ロイはめげずに次の質問を出すようだった。ぎろり、とリーシャは変な質問したらまた殴るわよ、とでも言いたげに睨みつける。だがそんな牽制も、ロイには届かないのだった。
「ではハル殿の長所と短所を教えてください!」
「長所はロイさんを好きなところ、短所はロイさんを好きすぎることです!」
「はい採用っっ! もう採用っ! 内定十個!!」
「よっしゃああ! 採用待ったなしですね!」
もうリーシャは突っ込むことを止めたらしい。頭を押さえてうーんと唸っていた。しばらく唸っていたが、とても大きなため息をつくと、諦観の表情でわかったわよ、と呟く。
「もういいわ、採用で……。でもあたしからも質問させてもらっていい?」
ぴくんとハルが反応する。どこか驚いたような表情だった。ロイはそれを見て、まぁ魔術師ギルド統括だなんてお偉いさんだしな、と納得しつつ、茶化したらそろそろ魔術で吹き飛ばされそうなので口を閉じた。唐突に訪れた静寂の中、ハルを見つめながらリーシャは真剣な表情で、ハルへと質問を飛ばす。
「……やるからには成功するまで続けてもらうわよ、その覚悟はいいわよね?」
「勿論です! ロイさんのやりたいことが私のやりたいことなので、諦めたりはしませんよ!」
「そ、ならいいわ。……あたしも協力してあげる」
ひゅう、と軽い口笛を吹くロイ。リーシャが自ら進んで他人に協力をするのは珍しいことだった。今回のような何でも屋を立ち上げるに至る依頼だとか、そういうった頼みごとについてはなぁなぁで知恵を貸したりしてくれるが、今のようにーー何も頼まれていないところから、進んで手を貸そうとしているのは初めてだった。
リーシャの心境としては、そもそもロイが連れてきたのだからそれなりの事情があるのだろうということと、何でも屋という店の特性上、荒事にも巻き込まれる可能性があるのを考慮してのことであった。それに加えて、単純にこのハルという娘が真っ直ぐなのに惹かれた、というのもあったのだが。
「え、いいんですか? 私の認識だと、統括様という立場の人の手は大金を出さないと借りれないと……」
「気にするんじゃないわよ、あんたはあたしより年下でしょ。……少しは魔術も覚えてもらうつもりだから、辛いのは覚悟しなさい」
わざわざそこまでするのね、と言葉には出さずロイは感心した。この国唯一の魔術系アビリティでSS保有者、そして統括という立場のリーシャの個人指導など、狙って受けれるものでもない。このことを知ったら、魔術学校の教授でも頭を下げて教えを請いにくることであろう。
なんだかんだ気に入られてよかったな、とロイはハルの頭をテーブル越しに撫でる。キラキラとした瞳でバンザーイと喜びを表現したハルは、リーシャの胸元へと飛び込んでくるのであった。当人は慌てたようで、何よ! と騒いでいるが、側か見たら微笑ましい光景でしかない。
ニマニマとその光景を見つめているロイの耳に、ピンポーンという電子音が響く。どうやら来客を知らせるチャイムのようだ。なんだよ、こっちがいい雰囲気になってるのにと文句を吐きながら、見てくるわーとリーシャ達に告げて、ロイは席を立つ。
そのまま廊下へ出て玄関の引き戸を開けた。
「へーい、どちら様かね。まだ準備中の看板かけてっと思う……ううううううぅぅんですわ!?」
唐突に響き渡ったロイの意味不明な悲鳴に、何事だとリーシャとハルが応接間から首を出す。ハルはぽかーんとした表情でどちら様です? とリーシャに聞いているが、リーシャはリーシャで驚愕に目を見開き、珍しく大口を開けていた。
「……突然の来訪、失礼するよロイ君。お店の運営は順調かい? 何、かしこまらなくていい。今は一人の民としてこの場に来ているのだ」
アルカディア・レイハート。そっくりさんだとか影武者だとか、そんなものではない。筋骨隆々とした逞しい身体つき、そして蓄えた白ひげに、漂う謎の威圧感。まさに当人そのもの、この国、中央王国の、現国王ご本人であった。
「……っ、これはレイハート殿下。こんなちっぽけな街の片隅の何でも屋さんに、お仕事の依頼ですかね?」
平然とした表情で対応するよう心がけているロイだが、残念なことにそれは隠せていない。頬は引きつり、無理矢理にも笑おうとした影響か、片眉だけ妙に釣りあがってしまっている。
「まぁそうだね、少し急過ぎたかな。……護衛は下がらせろ、この者達は元蒼穹のギルドメンバー、そしてその者達の信頼を得た者だ。礼を弁えんか」
レイハートがそう言うと、不意にいくつもの背後が消え去ったのをロイとリーシャは感じた。敵意を感じさせもしない護衛、相当の者達だとリーシャは認識する。さすがは現国王の護衛である、とリーシャは警戒のレベルを一段階引き上げた。
何せ、唐突な偉い人の訪問はだいたいが悪い知らせなのだ。ロイやハルこそそんな認識は全くないが、リーシャは混乱した頭のままいくつも考えを巡らせていた。何かが不満を買ったか、差し押さえられるのか、何でも屋の停止届けを求められるのか。それに対する対応策を、規則の穴を抜けていくつも瞬時にリストアップしていく。
「……つまり、今のあんたは一般市民、ただのレイハートさんって訳か。いいぜ、そう扱ってやらぁ……おいハル! 初仕事だぞ、一番いいお茶を淹れてくれ!」
「は、はいっ! 任せてください!」
微笑ましげにその光景を見ていたレイハートは、玄関の敷居をくぐり抜け、ロイだけ聞こえるよう一言。
「さすがはロイ君だね。いい対応だ、私が玉座に座っていないような、懐かしい気分になるよ。……ではお邪魔するとしようか」
「靴はそこな。とりあえず応接間まで来てもらっていいかい?」
「ああ、承知した」
ロイは大胆不敵にも現国王相手に毅然とした対応で望んでいる。遠目で見ていたリーシャは、その胆力をここで出すなら普段から酒やパチンコの自制に使いなさいよ、と思っていたが。
「(……っヤッベェ!? 俺こんな口聞いていいんかオイ!? このクソ王アポイントも無しに来訪しやがって、少しは自分の立場を弁えろよ! こんなんで無礼罪でーす処刑! なんて言われたらマジでこの国呪ってやるからな!)」
レイハートが望んだように対応している下で、心中では小さいことをぶつくさと喚き散らしているのであった。




